前編では、世界を代表する鉄鋼メーカーであるJFEスチールが直面した「モノ売りからコト売りへ」の挑戦における課題と、日立製作所(以下、日立)が提示した「Lumada*1の外販」という協創の全体像を見てきた。では日立が提示した変革の設計図は、なぜ「理想論」で終わらないのか。
後編となる本稿では、日立が伴走者として選ばれる理由と、この協創が日本の製造業全体にもたらす価値を掘り下げる。IT×OT×プロダクトを実現した日立ならではの強み、そして製造業の未来への思いとは。
*1:Lumada(ルマーダ):日立
なぜ、企業DX支援における日立のフレームワークは「根付くのか」
企業DXを成功に導くためのフレームワークは数多く存在するが、その実践は容易ではない。フレームワークが「机上の空論」と受け止められ、現場に根付かないケースもある。日立のフレームワークは何が違うのか。
前編で見てきた通り、JFEスチールが直面したのは技術的な課題ではなかった。長年モノづくりで成功を収めてきたからこそ生まれた強固な「組織と仕組み」は、必ずしもコト売りには適しておらず、挑戦を阻む要因となることもあった。それに対して日立が提示した解決策はITシステムではない。自らが経営危機を乗り越えた「生々しい実践知」そのものだった。
Lumadaが保有する協創アプローチの1つ「Lumada Solution Hub」(以下、LSH)を管掌している日立の斎藤岳氏は、日立が「メーカー」である意義を語る。
「日立の優位性は、日立自身がメーカーとしてさまざまな成功や失敗、苦労などを体感してきた点にあります。ITサービスだけで完結する世界と異なり、当社には社会インフラを支える鉄道や自社の製造ラインといったフィジカルなプロダクトがあります。鉄道事業で言えば、車両を納めて終わりではなく30年にわたる保守、運用まで含めてお客さまの事業全体を支える。ソリューション、サービス、プロダクトの提供を通してお客さまのカスタマーサクセス全体に伴走する――こういった日立の経験が、Lumadaを通じて提供できるノウハウの土台となっています」

斎藤岳氏(日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット アプリケーションサービス事業部 LSH適用推進部 部長 兼 AICoE Asset&Scaling AIアセットアクセラレーション部長)
何より大きい特徴は、「工場をはじめとする事業の現場を『生きた実験場』にして、ユースケースを社内で産み出せること」(斎藤氏)だ。その代表例に、社会インフラ向けの情報制御システムなどを手掛ける大みか事業所(茨城県日立市)がある。顧客に提供する前に、自社の現場でノウハウをデータとして蓄積して分析し、どのようにすれば使いこなせるのか、データを価値に変えられるのかを徹底的に検証できることは日立ならではの強みと言える。
斎藤氏が口にする「生きた実験場」、これは日立が苦闘してきたIT、OT、プロダクトという文化も言葉も異なる3つの領域を融合させる「格闘の場」そのものだ。「Lumada Innovation Hub Tokyo」の責任者(Director)を務める福島真一郎氏は、その融合がいかに困難な道のりであったかを振り返る。
「Lumadaを立ち上げた当初、この3つをつなげるのは本当に難しい作業でした。ITとOTは、さまざまな面で考え方が異なります。IT領域はスピードが重要視される世界で、実際にクイックに動けます。一方、日立が扱う社会インフラといったOT領域は万が一稼働が停止すると多くの人々に多大な影響を与えるケースもあるため、基本はスピードよりも絶対的な安全性と信頼性が最初に求められます。ITとOTの現場は『別の国』と表現できるほどのカルチャーの違いがあります。それを擦り合わせ、Lumadaとして形にするには本当に苦労しました」
IT企業は一般的に、OTやプロダクトの知見を持っていない。逆に製造業の多くはITの知見が足りない傾向にある。日立はその両方を持ち、融合させてきたまれな存在と言える。「だからこそ理想論ではなく、実際にぶつかった壁や乗り越えた方法を生々しく共有できます」と福島氏は語り、それこそが企業DX支援における日立のフレームワークが「根付く」理由だと強調する。

福島真一郎氏(日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 経営戦略統括本部 Lumada & AI戦略本部 Lumada Collaboration LIHT Director 日立認定デザインシンキング・イニシアティブ(プラチナ))
この実践知は、日立のDNAとしてどのように受け継がれ、顧客への価値提供につながっているのか。その答えは、変革を具体的に支える「仕組み」と「実行力」にある。
「One Hitachi」を体現する、ナレッジ共有の仕組みと実行力
IT×OT×プロダクトという複雑な融合から得た実践知を全社で共有し、顧客に届けるための仕組み――その象徴が、日立が社内で運用するナレッジ共有プラットフォームであるLSHだ。
LSHには1000件を超えるLumadaのユースケースに加え、プログラムや提案書、設計メモといったあらゆる粒度のノウハウが蓄積されている。LSHは全世界の日立グループからアクセス可能な、まさに「One Hitachi」の思想を体現した存在だ。その構築は平たんな道のりではなかったと斎藤氏は補足する。
「『ユースケースとは何か』『ソリューションとは何か』といったナレッジの定義や体系整理には、今も苦労しています。また、ノウハウを共有するには知的財産をどう守り、どう活用するかの線引きも必要です。専門部隊と議論を重ねて、泥くさく作り上げてきたのが今のLSHなのです」
LSHは今、AIによってさらなる進化を遂げようとしている。「AIが活躍するのは、既存アセットからの発見やリコメンドだけではありません。要件整理や初期実装、そして人間がフィードバックしながら改善する(Human in the Loop)といったプロセス――それらの中で生まれた、熟練者の暗黙知や日々の業務のノウハウまでもが自動でLSHに蓄積され、必要とする人にレコメンドされるようになる。将来的には、そんな『ナレッジが自律的に循環する世界』の実現をめざしています」(斎藤氏)
実行力についてはどうか。営業担当としてJFEスチールの支援に当たっている橋本純氏は、こう説明する。

橋本純氏(日立製作所 産業・流通営業統括本部 第一営業本部 鉄鋼ソリューション営業部 主任)
「JFEスチールさまは、ソリューションビジネス『JFE Resolus(レゾラス)』をグローバルで展開することを構想しています。当社は海外でのシステム開発や保守を得意とするグループ会社を多数持ち、システム構築から保守までOne Hitachiで実行する体制があるため、実行面でも継続支援ができると考えています」
Lumadaで培ってきた実践知、LSHという強力な仕組み、グローバルでそれを支える実行力。日立が伴走者として選ばれる理由は、これらを兼ね備えた総合力にあるようだ。
協創が日本の製造業を強くする
日立が自社の成功の核とも言える変革ノウハウを市場に公開する理由――それは、個社の利益を超えてさまざまな企業の進化に貢献したいという強い意志だ。
「日立は社会イノベーション事業を掲げています。社会課題の解決に当社の企業DXのノウハウが生きるのであれば、どんどん提供すべきです。Lumadaを外販するというアプローチは、『社会に貢献する』という日立らしさそのものです」(斎藤氏)
この理念は、製造業全体の変革を加速させるという価値につながる。DXコンサルタントとしてJFEスチールの挑戦を間近で見てきた日立の田中宏基氏は「コト売りに転換するには、技術や人財だけでなく組織全体が顧客課題を起点に動ける仕組みが必要です。より多くの企業が日立の実践知を参考にすることでその検討をスピードアップできれば、日本のモノづくりから新しい価値を創出できるはずです」と、Lumadaの波及効果を指摘する。

田中宏基氏(日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット デジタル事業開発統括本部 技師)
Lumadaを通して多くの企業とつながることは、日立の発展にも不可欠だ。橋本氏は、JFEスチールとの未来をこう見据えている。
「JFEスチールさまの技術やノウハウは宝の山です。将来的にはそれらと日立のアセットを組み合わせることで、より高いシナジーを生み出せると考えています。今回の協創で築いた信頼関係を基盤に、さらに一歩進んだ価値創造をご一緒したいですね」
この協創の先に、福島氏は日本の製造業が生き残るための新たなモデルを見ている。AIによって事業モデルの変革が加速する時代、一社で全てを抱えるのではなく各社が自社の「勝ち筋」にリソースを集中させ、それ以外はパートナーとの協創で補う。そうしたエコシステムを構築することこそが、産業全体の競争力を高めるという考え方だ。
「日本はモノづくりに特化し、きめ細かいサービスなど世界に誇れるものをたくさん持っています。重要なのは、単にプロダクトを売るのではなく、JFEスチールさまのように顧客の困り事を起点に価値を創造しようとすることです。
その上で、それぞれの企業が本当に強みを発揮できるところに集中する。そのために日立の変革ノウハウを使っていただけるなら、これほどうれしいことはありません。各社のノウハウをオープンに共有し、互いの強みを掛け合わせる。この協創が示すのは、閉じた競争から開かれた協調へという、日本の製造業が進むべき未来の姿なのです」
変革の設計図は、全ての挑戦者のために
最後に、斎藤氏は「日立は企業DXに挑戦して苦労を重ねてきたが、お客さまが同じ苦労を経験する必要はない」と話し、続ける。
「Lumadaで提供できるノウハウを生かせる先は、製造業に限りません。企業の変革を阻む壁が、技術ではなく組織や文化にもあるという本質と、強みを生かす自社のアセット利活用の課題はどの業界でも同じだからです。業種を問わず、お客さま自身がめざすDXを支援したい。それが日立の思いです」
JFEスチールと日立の協創が示したのは、日立が描いた設計図が企業DXの壁を乗り越えるための処方箋となり得るという事実だ。顧客課題を起点としたビジネスへの変革に挑む全ての企業にとって、Lumadaの軌跡は確かな道しるべになりそうだ。
(前編) なぜ日立は自社の「変革の設計図」を公開するのか JFEスチールと協創する企業DXの最前線 はこちらから>
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