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JFEスチールが進める「モノ売り」から「コト売り」への挑戦。それを支える日立製作所が提示した、自らの変革ノウハウを体系化した「Lumadaの外販」という前例のないアプローチとは?
日立製作所(以下、日立)の事業モデル「Lumada」*1の本質に迫る本シリーズ。第三弾となる本稿で取り上げるのは、日立が自社の変革のノウハウをパートナーに提供する「Lumadaの外販」という新たなアプローチだ。
最初のパートナーとなったのは、JFEスチールだ。同社が「モノ売り」から「コト売り」へ挑戦する中で直面した、技術力だけでは越えられない壁とは何か。同じ製造業として変革の道を歩んできた日立は、どのような「変革の設計図」を提示したのか。現場を率いる日立のキーパーソンの言葉から、企業DXの新たな協創の形を探る。
*1:Lumada(ルマーダ):日立

JFEスチールはどのような壁を越えようとしたか

JFEスチールは、世界を代表する鉄鋼メーカーの一社だ。高品質の鉄を安定的に生産する製造技術、長年蓄積された操業ノウハウ――同社の強みは「モノづくり」そのものにある。

しかし技術の成熟や市場の変化を受け、その強みだけをよりどころとするのは難しい時代が訪れた。量から質への転換、高収益事業へのシフトが求められる中、同社が経営課題として掲げたのはモノ売りからコト売りへの挑戦だ。その旗印として、ソリューションビジネス「JFE Resolus(レゾラス)」が誕生した。

JFE Resolusは、自社の鉄鋼製造で培ってきた技術やノウハウ、データ分析の手法をソリューションとして体系化して外販する。ターゲットは国内外の鉄鋼メーカーに加え、化学や石油といった製造業全般だ。

JFE Resolusの具体例の一つに、鉄鋼製造の根幹である高炉操業の課題を解決する「高炉サイバーフィジカルソリューション」がある。JFEスチールは、熟練者の暗黙知に頼りがちで技術継承が課題だった領域にデータ技術を適用。炉の状態を予測し、最適な操業ガイダンスを提示する仕組みを構築した。

画像: 橋本純氏(日立製作所 産業・流通営業統括本部 第一営業本部 鉄鋼ソリューション営業部 主任)

橋本純氏(日立製作所 産業・流通営業統括本部 第一営業本部 鉄鋼ソリューション営業部 主任)

JFEスチールの営業担当をしてきた日立の橋本純氏は、「新興国を中心とした海外企業の中には、成熟した製造技術を持っていない企業も多い」と話す。故にJFEスチールのノウハウの需要は大きく、JFE Resolusのポテンシャルは高いという。

技術力だけでは越えられない「組織と仕組み」の壁

しかし、モノ売りからコト売りへの転換には「多くの企業が想定できていない壁がある」というのが日立の考えだ。技術はある。ノウハウもある。それでもソリューションビジネスは思うように拡大しない。なぜだろうか。

JFEスチールが直面したのは、組織と仕組みの壁だった。その要因は、豊富な技術やノウハウが各部門や担当者の暗黙知として個々に蓄積されていたことにあった。同社の開発部門は、もともと自社の技術開発を担う役割を中心としてきた。これらの知見を体系化して商品化へつなげる仕組みや、外販を推進するための体制強化は“今後”に期待されていた領域だったのだという。DXコンサルタントとしてJFEスチールを支援する日立の田中宏基氏は、次のように補足する。

画像: 田中宏基氏(日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット デジタル事業開発統括本部 技師)

田中宏基氏(日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット デジタル事業開発統括本部 技師)

「モノ売りからコト売りへの転換に向けては、営業や開発部門がより一体となり推進できるよう、意思決定プロセスやKPI設計などの仕組みを整備、強化していくことが重要です。JFEスチールさまの場合は、顧客の課題を起点とした提案活動をより一層推進するためにプロセス標準化や組織的な知見の体系化に取り組まれている段階だと捉えています」

モノ売りとコト売りは、営業担当者に求められるスキルも根本的に異なる。橋本氏はこう説明する。

「形のある製品には決まった仕様があり、勝負の軸はスペックや価格、数量です。しかしソリューションになると実態がない。顧客が何を求めているのか、それに対して自分たちの持っているものがマッチするのか。営業担当者のアプローチが全く異なるのです」

こうした事業転換の難しさは、多くの日本企業が直面する共通の課題だ。本シリーズでナビゲーターを務める「Lumada Innovation Hub Tokyo」責任者(Director)の福島真一郎氏は、その核心を次のように解説する。

「モノ売りからコト売りへの転換は、今までのやり方を180度変える大変な挑戦です。トップが改革を宣言しても、部門問わず組織全体が同じ方向を向いていなければうまくいきません」

画像: 福島真一郎氏(日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 経営戦略統括本部 Lumada & AI戦略本部 Lumada Collaboration LIHT Director 日立認定デザインシンキング・イニシアティブ(プラチナ))

福島真一郎氏(日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 経営戦略統括本部 Lumada & AI戦略本部 Lumada Collaboration LIHT Director 日立認定デザインシンキング・イニシアティブ(プラチナ))

既存の技術や知見をどうやって価値に変えるか。そしてそれらの価値を、顧客の課題に合わせてどう選定して届けるか――これにはプロセスに関わる全ての部門の連携が不可欠だが、その実現は容易ではない。ソリューションビジネスを成功させるための連携プロセス、それを支えるKPI設計や意思決定の仕組みに関する知見こそ、JFEスチールが求めていたものだった。

挑戦を支えるパートナーの条件「なぜ、日立だったのか」

JFEスチールと日立の関係は古い。何十年も前から、日立は鉄を作るための生産設備や制御システムを提供してきた。「長年の取引で培われた信頼関係、鉄鋼製造に対する高い理解力が、今回の協創の土台となった」と橋本氏は振り返る。

従来の設備納入という関係から、挑戦を支援するパートナーへ。その関係性の深化には地道な積み重ねがあった。

「個別商品の開発支援や販売支援を進める中で、『日立はコト売りを拡大してきた知見を有しているのではないか』と評価していただきました。その知見を生かして、事業拡大を支える組織の仕組みや業務プロセスの構築検討段階からご支援させていただく流れになったのです」(田中氏)

日立が提供したのは、単なるコンサルティングサービスではない。自社がリーマンショックによる経営危機を乗り越えた過程で体系化した、生々しい実践知そのものだった(第一弾参照)。福島氏は、その違いを「実行まで責任を持つこと」だと強調する。

「日立の上流部隊は、システムを作る現場と話しながらどう実現できるかを確認します。自分たちがやってきたことだからこそ、JFEスチールさまをはじめとする製造業の苦しみが分かる。机上の理論ではなく、どう進めればうまくいくかを一緒に考える。そこを信頼していただけたのだと思います」

変革の設計図を示す Lumadaは「どのように提供されたか」

では、日立がJFEスチールに提供した「Lumadaの外販」とは何を意味するのか。Lumadaが保有する協創アプローチの1つ「Lumada Solution Hub」(以下、LSH。詳細は後編で解説)を管掌している日立の斎藤岳氏は、全体像を説明する。

「日立はLumada事業の拡大を通じて、まさに自社の企業DXを実現してきた――私はそう考えています。日立は、製造業として強みを持つOTにITを掛け合わせることでサイバーとフィジカルを融合した新たなユースケースを創出し、改革を推進してきました。そしてこれらの取り組みのフレームワークや方法論を体系化し、Lumadaという形に整理してきたのです」

画像: 斎藤岳氏(日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット アプリケーションサービス事業部 LSH適用推進部 部長 兼 AICoE Asset&Scaling AIアセットアクセラレーション部長)

斎藤岳氏(日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット アプリケーションサービス事業部 LSH適用推進部 部長 兼 AICoE Asset&Scaling AIアセットアクセラレーション部長)

日立が自らの変革で築き上げたノウハウやアセットを、他社が活用できる形で提供する――これが「Lumadaの外販」というアプローチの本質だ。

人口減少が進む中で、企業は有識者や熟練技術者、フロントラインワーカーが持つ暗黙知の継承という課題に直面している。こうした環境下で内製化の機運が高まり、自社ナレッジをいかに蓄積し、流通させ、次世代に渡すかが各社の重要課題となっていると斎藤氏は語り、続ける。

「Lumada事業は2016年の開始以来、サービスソリューションビジネスベースの事業展開と、顧客・パートナーとの協創を通じて拡大し、今や1000件以上のユースケースを有しています。その過程で整備した制度設計やプラットフォーム、運用の仕組みは日立自身のDX活動そのものでもあります。つまり、Lumadaは単なる製品群ではなく、企業DXを実現するための実装知(ノウハウ)とアセットの集積なのです。

私たちは、このアセットとコンセプト自体に大きな価値があると考えています。暗黙知の継承や、自社アセットの価値最大化をめざす企業にとって、Lumadaで得たユースケース、整備した制度やプラットフォーム、運用知は改革を加速する強力な土台となり得ます」

こうした考えの基、3年ほど前から構想してきたのが「Lumadaの外販」だ。斎藤氏は「私たちが積み上げた『企業DXのアセット』を共有することで、改革を志す皆さまのナレッジの蓄積・循環・継承の実現に貢献したいと考えています」と力強く語る。

JFEスチールに提供されたLumadaのノウハウは3つの要素に分けられる。

1つ目はJFEスチールの状況に合わせた業務プロセスの再設計だ。ソリューションビジネスを拡大するには、JFEスチール自身がデジタル組織に変わる必要がある。そこで日立の経験を基に、研究部門と事業部門の連携、営業の動き方、上流エンジニアの役割といったプロセスを共同で検討した。

2つ目は組織目標と評価の見直しだ。日立がLumadaの売り上げをKPIに設定し、「チーフLumadaビジネスオフィサー」という事業責任者を置いて組織を動かしてきた経験を参考に、単なる掛け声で終わらない、KPIと業績評価を連動させた設計を提示した。

3つ目は将来的なナレッジ共有の構想。日立がLSHで実践しているように、ノウハウやユースケースを全社で共有して活用するプラットフォームの重要性とその考え方を提示した。今回の協創はまず業務プロセスと組織目標の部分に注力したが、このナレッジ共有の構想も今後の重要なテーマとして設置した。

斎藤氏は、変革はトップダウンだけでは決して成功しないと強調する。

「何かを推進させる際は、それらを実現するための制度を設計することと、評価制度を設けることが大事です。新しいソリューションビジネスやその推進のための仕組みづくりも並行して適切に評価、構築し、ボトムアップで実績が上がるようにすることが大切なのです。教育面やサポートコンテンツなどもそろえて、人財育成と事業を連動させることも必要だという点は、JFEスチールさまにもお伝えしました」

「完璧ではない」からこそ響く 現場に根を下ろし始めた設計図

協創は2025年5月から始まった。数カ月しかたっていないが、JFEスチールには確かな意識変化が生まれている。田中氏は手応えを語る。

「業務プロセスや制度設計、情報共有の仕組みづくりといった当社のノウハウを高く評価していただきました。JFEスチールさまの中にも(ソリューションビジネスに生かせる)良い技術、知見、ノウハウが豊富にあります。それを横展開する重要性を、より強く意識していただけるようになったのではないかと思います」

JFEスチールが頼りにしたのは、日立の「完璧さ」ではない。むしろ、完璧ではないからこそ得られる説得力だ。橋本氏は「Lumadaは、まだ道半ばです。だからこそ理想論だけではなく、日立が描いているto-be像と、現実のas-isとのギャップも含めてお客さまに提示できる。同じ製造業として地に足のついた取り組みを紹介できているからこそ、共感を得ているのだと思います」と笑顔を見せる。

田中氏は、JFEスチールを支援するに当たって「日立のフレームワークをそのまま適用したわけではない」と語り、続ける。

「当社の手法だけを伝えるのではなく、お客さまの課題を第一に考えて認識を合わせるところから入りました。その上で、『日立はこうやっている。ではお客さまの環境だったらどういう形にできそうか』という初手から検討する。やみくもに手法を押し付けるのではなく、どう翻訳するかを意識しました」

日立が提示した変革の設計図は、この翻訳という伴走支援を通じて確かに現場に根を下ろし始めている。では、その設計図の源泉にある日立ならではの優位性とは何か。構想だけでなく、実行まで支える伴走者としての強みはどこにあるのか。そして、この協創が日本の製造業全体にもたらす価値とは――。後編でさらに深く掘り下げる。

(後編) 企業DXの「壁」を越える実践知と伴走者の条件 日立の「変革の設計図」が理想論で終わらないワケはこちら>

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