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デザイン思考とは
平鍋
では最後の質問になります。みなさんはサービスデザイン、プロダクトデザインはどのようにやっていますか?これは、杉原さんにぜひ聞いてみたいです。
杉原
私がGlobalLogic Japanとともに顧客協創活動をはじめたのが2022年の4月で、それまでエンジニアだった私ははじめて「デザイン思考」に出合いました。その時受けた感銘を、今日は少しでもお伝えできたらうれしいです。
今回はDXがテーマでもありますので、今までの業務改革の進め方と比較してみたいと思います。従来の問題解決手法は、まず市場リサーチなどを含めた問題定義を行い、それを解決するための策をみんなで考え、解決策がまとまったら実際に作って実施する、ざっとそんな流れで行われていました。
デザイン思考では、プロセスのはじまりに「共感」というものがきます。「共感」というのは、例えばエンドユーザーの方が今のシステムや製品、サービスをどう感じているのか、どこに課題を感じているのかを洗い出し、みんなでそれを共有するということです。そこから「問題定義」で解決すべき問題を決め、アイデアを出しあって解決策を「創造」し、次にそれをプロトタイプにしていきます。プロトタイプといっても、モックアップのようなしっかりしたものではなく、最初の段階では紙芝居のようなストーリーを書いていきます。そしてある程度進んだプロトタイプができたら、実際のユーザーに検証してもらう「テスト」を行います。
「テスト」の結果、ユーザーから「アイデアに対して価値が感じられない」というフィードバックがあれば、「創造」に戻ってアイデア出しからやり直します。「ここはとてもいいけれど、ここはもう少しでした」といった意見が出てくれば、それを反映した「プロトタイプ」を再度作り、「テスト」を繰り返しながらブラッシュアップしていく。これがデザイン思考のやり方です。
ただしユーザーも、自分が欲しいものが何かは知りません。自動車を量産化したアメリカの起業家であり経営者のヘンリーフォードは、「もし顧客に彼らが望むものを聞いていたら、彼らはもっと速い馬が欲しいと答えただろう」という名言を残しています。馬車の時代のユーザーには、自動車というアイデアはなかった。しかし「もっとスピードがでる馬が欲しい」とか、「疲労しない馬が欲しい」といったニーズは持っていた。このニーズを見つけ出すことが、新しい価値の創造やイノベーションには必要であり、それを考える手法がデザイン思考です。
デザイン思考の実践
杉原
デザイン思考の各プロセスに関して、もう少し実践的にお話しします。最初の「共感」は、ユーザーに潜在するニーズを見つけ出すために、直接話を聞くインタビューやその人の業務を徹底して観察するエスノグラフィー調査を行います。
そこで得られたユーザーの行動や気持ち、課題などの状態は「カスタマージャーニー・マップ」にまとめて、ユーザーがどんな時にどういう行動をとって何を思っているのかを、見える化してメンバー全員で共有します。そうすると、ユーザーが不快に思うタイミングや原因などが分かってくるので、そこを機会領域と見なしてアイデア出しを行っていきます。アイデアをみんなで検証し、もっとこんな機能やサービスがあるといいといった意見も柔軟に取り入れながら、先ほどお話したような簡単なモックアップを作ってはユーザーにテストしてもらうという工程を繰り返します。そして机上のアイデアだったものの本当の価値が見えてきたら、そこからはPoC(概念実証)などの本格的な実証のフェーズに入っていきます。
私は昨年からデザイン思考に取り組むようになってさまざまな発見がありましたが、それまでやってきたアジャイル開発と考え方や方法で共通する部分がとても多いことに気づきました。技術ではなく人間中心という考え方であったり、計画より変化を大切にするところなど、アジャイル開発とデザイン思考というのは非常に親和性が高いというのが率直な印象です。
向坂(さきさか)
私もそう思います。実際のプロジェクトの中でも、「カスタマージャーニー・マップ」にプロダクトバックログをひも付けて開発を進める場合があるのですが、ユーザーの視点をエンジニアも自然に持つことができて、スムーズにプロジェクトを動かす力になります。
杉原
そうなんです。「その機能がこうなっているのは、このユーザーがこういう気持ちになっているからですね」。そんな背景も「カスタマージャーニー・マップ」があると分かりますし、一番大切なユーザーという視点をみんなで共有することができるのです。
平鍋
よく分かります。僕は国内や海外のアジャイルのカンファレンスに数多く参加してきましたが、2008年ぐらいからデザイン思考のセッションがすごく増えてきました。今ではもう、デザイン思考の中にアジャイルのエッセンスは入っていて、どちらもユーザーの視点から発想することは共通です。どちらも「病院のベッドの課題を解決するなら、まずは一度入院を経験しましょう」ということなんです。ユーザーの経験を抜きにしたDXはありえないわけで、それが今アジャイル開発やデザイン思考が注目されている要因だと思います。
といったところで、そろそろ終わりの時間が近づいてきました。今日は皆さんとお話しできて、僕は楽しくて有意義な時間を過ごすことができました。何より皆さん、アジャイルに楽しんで取り組まれていることが素晴らしい。僕がアジャイルを知る前にウォーターフォールの世界で仕事をしていたときは、正直あまり楽しくありませんでした。楽しくないし、しんどかった。当時もお客さまのことを考えて真剣に仕事をしていたのですが、最後は調整事でもめてこじれて疲弊していくのです。そんな時にアジャイルに出合って、それを広めたいと20年以上も活動してきた人間としては、こうして皆さんが人間を中心に対話しながらいきいきと働いていることが本当にうれしいです。
今日はこういう機会をいただき、ありがとうございました。これにてアジャイル大喜利は終了したいと思います。
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平鍋 健児(ひらなべ けんじ)
株式会社 永和システムマネジメント 代表取締役社長、株式会社チェンジビジョン 代表取締役CTO、Scrum Inc.Japan 取締役。1989年東京大学工学部卒業後、UMLエディタastah*の開発などを経て、現在は、アジャイル開発の場、Agile Studio にて顧客と共創の環境づくりを実践する経営者。 初代アジャイルジャパン実行委員長、著書『アジャイル開発とスクラム 第2版』(野中郁次郎、及部敬雄と共著) 他に翻訳書多数。
向坂 太郎(さきさか たろう)
株式会社 日立製作所 アプリケーションサービス事業部 主任技師(アジャイルコーチ)
1999年、株式会社 日立製作所入社。金融系システム開発のプロジェクトに従事。その後、社内の開発フレームワークや開発標準の整備など、ソフトウェア生産技術の開発・展開に従事。その知見と経験を生かし、2019年からアジャイル開発コンサルティングサービスを立ち上げ、コンサルタントとしてユーザー企業さまのアジャイル開発プロジェクト、人財育成、社内標準化など、さまざまな課題解決を支援。
杉原 優子(すぎはら ゆうこ)
株式会社 日立製作所 アプリケーションサービス事業部 主任技師(アジャイルコーチ)
2008年 株式会社 日立製作所入社。生産技術本部にて社内の開発フレームワークや開発標準の整備など、ソフトウェア生産技術の開発・展開に従事。2019年から2021年にかけてアジャイル教育講師・コーチとして活動。2022年よりGlobalLogic Japanビジネス推進本部に席を置き、GlobalLogicとともに顧客協創活動に従事、現在に至る。
大畑 聡(おおはた さとし)
株式会社 日立製作所 金融第二システム事業部 技師(スクラムマスター)
2007年 株式会社 日立製作所入社。政府系金融機関のシステム開発に従事。2021年から証券会社のシステム開発に従事。
『アジャイル開発とスクラム 第2版』
著:平鍋健児 野中郁次郎 及部敬雄
発行:翔泳社(2021年)