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「第2回:アジャイルとの出合いから現在まで」はこちら>
「第3回:スクラムの原点は、日本発のひとつの論文」はこちら>
「第4回:アジャイル開発の実際」はこちら>
「第5回:スクラムによる組織改革事例」はこちら>
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「 朝会(デイリースクラム)」は15分を厳守
「スクラム」の流れについて第7回でお話ししました。全体の流れと構成がこの図でしたが、今回はその中でも特に重要なミーティングの注意点について具体的にさらに掘り下げたいと思います。1週間のスプリントの中で、毎朝行われる朝会(デイリースクラム)は、毎日行うことに意味があるのでその目的と意味はしっかりと理解しておく必要があります。
まず朝会のやり方で、守っていただきたい鉄則があります。
その1、朝会は毎朝同じ時刻に同じ場所で行うこと。これは1日のスタートに顔を合わせることでチームのメンバーの状況を確認し、1週間のスプリントにリズムを作り出すものなので、場所や時間が変わると安定したリズムになりません。黙っていても、朝の決まった時間にその場所に行くことを習慣づけることが大切です。
その2、スタンドアップで時間は15分。これは毎日のことなので、長引かせないことが継続のコツです。議論が長引きそうな時には、15分で朝会を一度締めて二次会という形で議論してもらうようにしてください。朝会が長くなると、その日の仕事に差し支えるようになり、それが続くと「時間がとれないので参加できない」という本末転倒になっていきます。ですから朝会は、立ったままの15分集中型で毎日行ってください。(オンラインの Teamsや Zoom でも立って行うことを推奨します!)
その3、「タスクかんばん」などのチームの状況を見ながら行うこと。例えば「タスクかんばん」を見ながら議論をすることで、みんなで同じ方向を向き、「あなた対私」という関係ではなく「問題対私たち」として状況と向き合うためです。
その4、今日やる作業を、アサイン(割り当て)ではなくサインアップ(自己申請)で決めること。「タスクかんばん」のTo Doを見ながら「私はこれをやります」といって手を上げるのです。これは一人である必要はなくて、「はじめての作業なのでBさんとペアでやらせてください」でもOKです。プロジェクトマネージャーが担当者をアサインして、「これ、いつまでに仕上げてね」ではないところがアジャイルなのです。
その5、話す内容は基本的にはゴールに対してうまくいっているか、の確認です。「昨日やったこと」「今日やること」「今の問題点」の3つを共有するのが典型です。スプリントプランニングで1週間の計画はできていますから、その計画からはずれるようなことが起きていないかを全員で確認して、15分で終わらせます。
朝会の役割は、作業の見える化とチームの透明化です。「タスクかんばん」を見ることで、このスプリントは何をめざしていて自分は何をするのかを全員が共有する。顔を合わせてそれを行うことで、チーム内を透明化する。潜在した問題を見逃がさないために、朝会は5つの鉄則を守って毎朝開催してください。
心理的安全性を高めるための「ふりかえり」
1週間のチームのやり方について全員で議論するミーティングのことを、「スクラム」の用語では「スプリントレトロスペクティブ」とか「レトロ」と呼びますが、僕は「ふりかえり」と呼びます。「ふりかえり」で僕も良く使っているのがKPTというやり方です。ホワイトボードや大きな紙にKeep(良い点)、Problem(悪い点)、Try(試したい点)に分けて現状を整理するのが「ふりかえり」のひとつフォーマットです。ここにさらにAction(行動を起こす)を加えてKPTAとして整理する流儀もありますし、Fun/Done/Learn(楽しかったこと、やったこと、学んだこと)などさまざまなフォーマットがあります。
1週間という節目にチーム全員で現状を確認するという「ふりかえり」は、チームの一体感ややる気を高めるためにプロセスや職種を問わず使える方法だと思います。例えばウォーターフォールの一週間でも使えますし、営業活動の一週間でも使えます。ただし、旧来のやり方に慣れた人たちはこれを課題解決リストにしてしまいがちです。こうなると誰も口を開かなくなり、課題と思っていることが逆に出なくなるのです。
こうなってしまっては本末転倒で、ポイントは来週までに自分たちで解決にむけてトライできることを、全員で考えアイデア出しをすることです。そして例えば予算のことや作業スペースのことなど、自分たちで解決できないことはスクラムマスターに調整してもらいます。
強いマネジャーが入っていたりすると、「それはあなたがこういうことをしたから起きたことじゃないか」とか、「これができていないのは、誰々の作業スピードの問題でしょう」と上から結論を押し付けてしまうことがあります。これでは、みんな怖くなって意見を言うこともできなくなり、改善どころか「ふりかえり」そのものが形骸化してしまいます。
KPTという順番にも意味があって、最初はまず自分たちをほめようというモードでKeepのうまくいっている話しをして盛り上がったところで、「それじゃうまくいっていないことも話しておこうか」とProblemに入り、最後にTryしたいことを前向きに話し合って終わる。「ふりかえり」も「朝会」も、チームの透明性を高めて不安な要素をなくし、どんなことでも話し合える心理的安全性を強化するためのものなのです。
自然に助け合いが起きる「バーンダウンチャート」
もうひとつ紹介しておきたいのが、この「バーンダウンチャート」です。これは「タスクかんばん」と連動していて、現在の進捗状況をみんなに見えるようにするツールです。横軸が1週間の時間で、縦軸が1週間分の残作業です。青の線が理想を描いた線で、朝会の時に赤で現状を描き込んでいきます。タスクかんばんがチームのその日の状況を示すのに対して、バーンダウンチャートはタスクの進み具合のトレンドやスピードがわかりますし、今週末の進捗状況に関して共通理解が一瞬で出来上がります。全員の共通理解が一瞬で出来上がります。これをパソコン画面のExcelやスプレッドシート共有でやっても、ほとんど意味がありません。自分事だと思わないし、ピンとこないので誰も自分から動こうとしませんから、ぜひともアナログ方式でわいわいと描き込んでください。
「タスクかんばん」「ふりかえり」「バーンダウンチャート」、こういった手書きのツールはすべてチームの心理的安全性を高めるためのものです。相手の顔色を見るとか、誰かが言いだすまでは様子を見るとか、そういう駆け引きみたいなものはなくして、全員が同じものを見て、全員が同じ問題に取り組めるようにしたい。その工夫なのです。透明性の中でチームが同じものを見ることで、「問題対私たち」というチームになるのです。
こうしたツールを使ってスプリントを繰り返していくと、自然に助け合いが起きます。「苦手ですけど、私、今日これもやってみます」「誰々さんがちょっと大変そうなので、私手伝ってもいいですか」というように、自然に手を上げる人が出てきます。これは、プロジェクトマネジャーによる計画とタスクのアサインでは絶対に起こらないことです。誰が遅れているとか進んでいるではなく、チームが遅れているか進んでいるかをアナログツールで共有するから起きることなのです。
現在、アフターコロナで働き方に変化が起き、リモートワークが進むと、アナログツールが使えなくなります。その場合でも場づくりの基本は同じです。これら見える化手法のデジタル活用例についても、後半に登場しますので期待してください。
Hiranabe’s Point
★ 「朝会」はスタンドアップで制限時間15分、ゴールの確認と「昨日やったこと」「今日やること」「今の問題点」の3つに絞って報告する。
★ 「ふりかえり」は課題リストを作るためではなく、チームの透明性と心理的安全性を高めるためのもの。
★ アサインではなくサインアップだから、助け合いが起きる。
平鍋 健児(ひらなべ けんじ)
株式会社 永和システムマネジメント 代表取締役社長、株式会社チェンジビジョン 代表取締役CTO、Scrum Inc.Japan 取締役。1989年東京大学工学部卒業後、UMLエディタastah*の開発などを経て、現在は、アジャイル開発の場、Agile Studio にて顧客と共創の環境づくりを実践する経営者。 初代アジャイルジャパン実行委員長、著書『アジャイル開発とスクラム 第2版』(野中郁次郎、及部敬雄と共著) 他に翻訳書多数。
『アジャイル開発とスクラム 第2版』
著:平鍋健児 野中郁次郎 及部敬雄
発行:翔泳社(2021年)