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「DXを加速するアジャイル ~変化を味方にしたチームづくり~」 第5回は、スクラムによって組織を改革し、大きな成果を上げている事例について解説していただきます。

「第1回:DXがアジャイルを必要とする理由」はこちら>
「第2回:アジャイルとの出合いから現在まで」はこちら>
「第3回:スクラムの原点は、日本発のひとつの論文」はこちら>
「第4回:アジャイル開発の実際」はこちら>

組織の成長を支えるScrum@Scale(スクラム・アット・スケール)

顧客獲得を強化する営業マーケティングツールの製造・開発を行っているある企業は、4年間で社員が5倍になるという急成長を遂げています。この成長の中で組織をマネジメントするために、ソフトウェア開発部門だけでなく企画・営業部門やバックオフィス部門まで、すべての部門を5~7人のスクラムチームで構成し、組織全体をアジャイルで運用しています。

画像: Scrum@Scaleの構造

Scrum@Scaleの構造

「スクラム」を大きな組織にスケールするためには、さまざまなフレームワークがありますが、「スクラム」を共同開発したジェフ・サザーランドらによるScrum@Scaleという方法を紹介します。ここでは、スクラムチームが対象とする活動はソフトウェア開発にとどまりません。マーケティングチームや人事チームなど、さまざまな活動がこの手法にのっとって行われています。

Scrum@Scaleでは、図のように通常のスクラムチームを最小単位とし、戦略を機能に落とし込むプロダクトオーナーと、チーム内の問題や障害を取り除く役割のスクラムマスターが中心となって活動を回します。

その上位にはプロダクト・サービスレベルの階層があります。ここでは複数のスクラムチームのオーナーを、プロダクトの責任者であるチーフプロダクトオーナーが戦略をバックログに落として行きます。同時に、チームでは解決できないレベルの障害を取り除くスクラムオブスクラムマスターが全体の課題解決を行います。さらにその上の事業レベルには、事業全体を統括するチーフ・チーフ・プロダクトオーナーとスクラム・オブ・スクラム・オブ・スクラムマスターが存在します。このように、フラクタルに組織を構成していきます。

スクラムチームは優先順位のついたタスクを、スプリントと呼ばれる短い期間で作り、そのフィードバックを次に生かすというループを全員で回します。そして現在の進捗や今日やること、直近の課題などを、毎日行うデイリースクラム(朝会)と言われる短時間のミーティングで共有します。この朝会の情報は、各チームからプロダクト・サービスレベルの朝会で共有され、それは最終的に事業レベルのEAT(エグゼクティブ・アクション・チーム)で共有されます。Scrum@Scaleではこの数珠つなぎの朝会を毎日繰り返していきます。

これにより、チームから事業レベルまで組織内の状況を半日で共有することができ、ビジョンの変更などにも素早く対応することができます。このように、組織全体が有機的に、高い自律性をもって実現できるのです。「スクラム」は、従来の縦割りの組織とは違うレジリエンス(しなやかさ)を持った組織づくりにも有効だということです。

日本では、この手法(Scrum@Scale)の実践と普及活動を Scrum Inc. Japan が積極的に行っています。

1年半で500人の組織をスクラムに

建材・住宅設備機器の製造・販売を行っているある大手企業では、デジタル部門の500人の組織をスクラムに改革しました。この企業も、方法はやはりScrum@Scaleです。彼らは、まず幹部向けにスクラムの導入支援を行うScrum Inc,Japanに依頼して、幹部向けのワークショップを行いました。ワークショップの最後には、幹部の意志でスクラムを実際に導入するプロジェクトを選定し、パイロットチームをつくりますが、このパイロットチームが確かな成果を出し、500人の組織全体に広がっていきました。

さらに、EATがスクラムによる組織改革のリーダーとなります。そして、チームでは解決できない課題や組織で取り組むべき障害を、各チームのスクラムマスターと協力しながら迅速に解決するという役割を果たしています。EATは、スクラムをスケールする時の要となるポジションです。

1時間で4,096人をスケールするサーブ社のスクラム

最後に海外の事例を紹介します。アメリカには1976年に製造が始まったF-16、愛称ファイティング・ファルコンという戦闘機があります。わずか3人で設計された古い戦闘機ですが、その優秀さはまだ多くの国が現役で使っていることからも理解できます。

そして2016年、F35ライトニングⅡという新しい戦闘機が開発されます。そのプロジェクトコストはなんと1兆4500億ドル(※)と言われています。けた外れに高い戦闘機になった理由は、この戦闘機が「巨大なウォーターフォール」で作られたからです。

※ 2012年3月28日、米国政府は次世代型戦闘機F-35について、開発などに総額1兆4500億ドルがかかると試算していることが明らかに。(2012年 ロイター/Michael Spooneybarger)

一方で2017年にスウェーデンのサーブ社が開発したSAAB 39、愛称グリペンという戦闘機は、プロジェクトコストが140億ドルです。F-35の100分の1で、世界でもっともコストパフォーマンスの高い戦闘機と言われています。なぜ、サーブ社は、これを実現できたのか。答えは、グリペンが「スクラム」で開発されたからです。

グリペンは、「エンジン」「コックピット」「機体」「兵器」に分けて開発されているのですが、3週間が1スプリントになっていて、各部門の3週間の成果を必ず戦闘機に組み入れてテスト飛行するそうです。その結果を受けて、毎回改善を重ねながら各パートの機能を熟成させていくという、まさにアジャイルな方法で開発されている。

しかもさらに驚きなのが、各チームが毎日7:30から15分の朝会をやり、チームのオーナーがひとつ上の段階の朝会に出て報告をする。これも15分という時間で行われ、それが終わるとこの段階のオーナーがさらにもうひとつ上の段階の朝会に出て15分で報告する。この数珠つなぎの朝会で、8:30にはエグゼクティブに全チームの進捗や課題が上がるという仕組みが出来上がっていて、1時間で4,096人にスケールすることができると言われています。このように、スクラムは、アジャイルな組織づくりの手法でもあるのです。

「第6回:心理的安全性と幸福度」はこちら>

画像1: DXを加速するアジャイル ~変化を味方にしたチームづくり~
【第5回】 スクラムによる組織改革事例

平鍋 健児(ひらなべ けんじ)

株式会社 永和システムマネジメント 代表取締役社長、株式会社チェンジビジョン 代表取締役CTO、Scrum Inc.Japan 取締役。1989年東京大学工学部卒業後、UMLエディタastah*の開発などを経て、現在は、アジャイル開発の場、Agile Studio にて顧客と共創の環境づくりを実践する経営者。 初代アジャイルジャパン実行委員長、著書『アジャイル開発とスクラム 第2版』(野中郁次郎、及部敬雄と共著) 他に翻訳書多数。

画像2: DXを加速するアジャイル ~変化を味方にしたチームづくり~
【第5回】 スクラムによる組織改革事例

『アジャイル開発とスクラム 第2版』

著:平鍋健児 野中郁次郎 及部敬雄
発行:翔泳社(2021年)

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