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絶対の信頼性が求められる社会インフラで、AIの「暴走」をどう防ぐのか。後編では、核心技術「物理ベースAI」のメカニズムと、それを支えるAIインフラ「Hitachi iQ」の秘密に迫る。先行する米国の事例が、“5年遅れ”の日本の電力危機に示唆する価値とは?

(前編) Lumada Business Award特別インタビュー AIデータセンター急増で米国の電力網がパンク寸前? 危機を救ったOne Hitachiの結束はこちら>

前編では、AIデータセンターの急増が米国の電力危機をいかに深刻化させたか、そして系統連系プロセスの遅延による「接続待ち」問題がどのように悪化しているかを解説した。この難題に対して日立グループは、総力を結集した「One Hitachi」のチームを結成。Southwest Power Pool*¹(以下、SPP)と協創しながら解析時間を大幅に短縮し、インフラの“目詰まり”を解消したこの取り組みは、日立製作所(以下、日立)の社内表彰「Lumada Business Award」で最優秀賞を受賞。社会的インパクトと技術力を高く評価されている。
*1 米国中部の地域送電機関。

後編では、その核心となる「物理ベースAI(Physics-based AI)」(または物理駆動型AI)のメカニズムと、それを支えるAIインフラ「Hitachi iQ」、この米国での先行事例が日本のエネルギー問題に示唆する価値について探る。

ブレークスルーを生み出した物理ベースAIとは?

SPPのプロジェクトの鍵に物理ベースAIがある。昨今、世の中では生成AIが話題だが、Lumada Innovation Hub Senior Principalの加治慶光は「それらは時に『もっともらしい“うそ”』(ハルシネーション)をつくリスクが指摘されている」とコメント。続けて「電力網という社会インフラの世界では、一つのミスも許されません。絶対に間違ってはいけない領域で、どうやってAIの信頼性を担保したのでしょうか」と問いかけた。それに対し、物理ベースAIの開発を指揮した日立アメリカのボー・ヤン(Bo Yang)氏は既存のAIとの違いをこう話す。

画像: Bo Yang氏(日立アメリカ Vice President Energy Solution Lab R&D Division)

Bo Yang氏(日立アメリカ Vice President Energy Solution Lab R&D Division)

「一般的な『データ駆動型AI』は過去のデータを学習して推論するだけです。対して私たちが導入した物理ベースAIは、数学や物理といった科学の法則を直接アルゴリズムに組み込んでいる点が特徴です」

電気回路の世界では「キルヒホッフの法則」が知られている。物理ベースAIのアルゴリズムには、こうした物理原則がルールとして実装されている。一般的なLLM(大規模言語モデル)にあるような確率的な“解釈”だけに頼るのではなく、物理原則という事実に基づいた計算と、データ駆動型AIのような統計的推論を組み合わせ、ハイブリッドなアプローチで制御するという。

ヤン氏はこの仕組みを「AIに『手綱』を付ける」と表現する。

「純粋なデータ駆動型AIは、学習していない未知の異常事態に直面すると統計的に“ありそう”な答えを捏造(ねつぞう)するリスクがあります。しかし、物理ベースAIには『物理法則』という絶対に逸脱できないルールが手綱として設定されています。これにより、過去のデータにない事象が起きても暴走することなく、物理的に正しい解を導き出せるのです」

ここで一つ、明確にしておくべきことがある。昨今、ロボット工学の分野などで「フィジカルAI」という言葉を耳にする機会が増えたが、フィジカルAIと物理ベースAIは似て非なるものだという点だ。

加治が「日本では『フィジカルAI』がバズワードになりつつありますが、ヤンさんは『物理ベースAI』との定義の違いに厳格ですね。世間で言うフィジカルAIと物理ベースAIは別物と考えていいのでしょうか」と問うとモンロー氏はうなずき、こう語った。

画像: Shawn Monroe氏(日立ヴァンタラ Principal Strategist for AI in Energy)

Shawn Monroe氏(日立ヴァンタラ Principal Strategist for AI in Energy)

「その2つは意味が異なります。前者は、ロボット工学の世界で現実世界のデータを学習してロボット制御に生かすといった、物理的動作の伴った推論の実行を想定したものが中心です。対して物理ベースAIは、あくまで物理法則というルールに基づいてAIの思考プロセスを制御することに論点があります。必ずしも現実の物理的な動作には結び付いていませんが、数学や物理といった『事実』に基づいて計算する点が特徴です」

こうして物理ベースAIを導入した結果として、AIと高度なシミュレーションの組み合わせによって膨大なパターンが存在する系統連系解析の精度が上がり、作業時間が短縮している(詳細は前編参照)。開発を指揮したヤン氏や日立の知見が結実した形と言える。

独自技術でAIを高速動作させるHitachi iQ

生成AIの学習済みモデルは、高機能なほど巨大化(容量を多く占有)する。全てを高速なDRAMに展開するのが理想だが容量的に難しく、処理速度は劣るが大容量ストレージを利用してAI処理せざるを得ない。

物理ベースAIもまた、極めて複雑な計算処理を要するだけでなく膨大なシミュレーションデータを高速に読み込む必要があるためインフラへの負荷が非常に高い。そこで登場するのがHitachi iQだ。「Hitachi iQは、いわばあなたにとって『ベイビー(わが子)』のような存在ですよね」。加治がそう聞くと、モンロー氏は笑顔で「Yes」と肯定する。

通常のコンピュータシステムは、ストレージの読み書きにCPUとその上で動作するOSカーネルを経由するため、この部分がオーバーヘッドとなって速度が低下してしまう。

Hitachi iQはNVIDIAとの協業により開発されたレファレンスデザインを採用することで、カーネルをバイパスしてストレージからGPUへ、データを「直通」させてCPUの処理待ちを解消した。モンロー氏は、その技術的な優位性について熱を込めてこう語る。

「従来の通信プロトコルはI/Oごとに処理が直列化されるため、CPUの動作速度の構造上どうしても毎秒1.6Gbps程度しかデータを送れませんでした。しかしHitachi iQは、800Gbpsの超高速接続を複数束ねてデータを直接GPUに流し込みます。日立が長年培ってきた大規模データレイク技術を組み合わせ、いかにGPUの待機時間をつくらずに大量のデータを供給し続けるか――この思想に基づいて設計されたHitachi iQこそが、物理ベースAIを実行するための強固なインフラとして機能しているのです」

ストレージ技術に定評のある日立だが、勝因はハードウェアだけではない。GPUの特性に合わせてソフトウェアまで徹底的に最適化したことが、一般的に必要とされるリソースの半分以下で処理速度を大幅に引き上げるパフォーマンスにつながったという。

得られた知見を日本の将来に生かす

日立グループが2025年4月の中期経営計画「Inspire 2027」で掲げた「Lumada 3.0」。これは、日立が長年培ってきたドメインナレッジ(現場の知見)とAIを掛け合わせ、社会インフラの変革に取り組むものだ。その実現をめざし顧客協創を推進する「Lumada Innovation Hub Tokyo」*²では、加治がシニアプリンシパルを務めている。
*2 Lumada事業推進のため、部門の壁を越えて顧客と深く対話するための物理的な「場」。所在地は東京・丸の内。

画像: 加治 慶光(日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal)

加治 慶光(日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal)

このコンセプトに基づいて日立グループで毎年開催されている社内表彰制度がLumada Business Awardであり、前述の通りSPPのプロジェクトは最優秀賞に輝いた。電力危機という世界的な直近の課題に対し、この分野の知見とAIを組み合わせて社会的意義を持って解決に当たっている点で高い評価を得た。

加治が「Lumadaの基本哲学は、データで社会問題を解決することです。今回のプロジェクトにおいて、その点についてどうお考えですか?」とあらためて問いかけると、モンロー氏は「私たちはまさに、その理念に深く共感して進めてきました」と応じ、「その成果が認められたことは、非常に大きな名誉です」と続けた。

プロジェクトをリードしたモンロー氏とヤン氏は、単なる技術導入にとどまらず、7つの事業体の知見と技術を融合させてOne Hitachiによる問題解決に結び付けた(詳細は前編参照)という点で互いのチームの貢献をたたえ合っている。

本プロジェクトは、SPPが推進する77億ドル(約1.1兆円)規模の歴史的な送電網強化計画を支える重要プロジェクトであり、同計画に含まれる「解析時間の80%削減」は、SPPと日立の協業によって一層促進される見込みだという。

SPPのプロジェクトは、AIデータセンターが集中する米国での先進事例であり、内外へのアピール効果も大きい。日立グループとしても今後、このソリューションを日本を含む全世界のエネルギー市場に展開する計画を抱いている。

画像1: Lumada Business Award特別インタビュー(後編)
AIに「物理法則の手綱」を付ける 電力網の危機を救う日立の「物理ベースAI」とインフラの全貌
画像2: Lumada Business Award特別インタビュー(後編)
AIに「物理法則の手綱」を付ける 電力網の危機を救う日立の「物理ベースAI」とインフラの全貌

Lumada Business Awardで表彰されるモンロー氏とヤン氏。授賞式でモンロー氏は「一社単独では成し得ない課題解決に“One Hitachi”で挑戦できたことをうれしく思います。その挑戦が評価され、今回の受賞に至ったことを誇りに思います」とコメント。ヤン氏も「研究開発部門として、日立のビジネスに具体的な価値を提供し、その成果が受賞という形で認められたことを大変光栄に感じています」とコメントして喜びを示した

取材の最後に、加治は自身の経験を交えてこう警鐘を鳴らす。「私の感覚では、日本は米国から5年ほど遅れています。私自身、かつてEVの立ち上げに携わった際にインフラの変化にはタイムラグがあることを痛感しました。日本でも遠からず、同様のエネルギー需要の爆発が起きるでしょう。米国で起きていることは、決して対岸の火事ではないのです」

ヤン氏が、日本市場と米国市場の違いについて「日本の電力網は50Hzと60Hzが混在するなど非常にユニークですが、技術そのものは普遍的に適用可能です」と話すように、SPPのプロジェクトの知見は日本の特殊な電力事情でも十分に通用するはずだ。

SPPのプロジェクトにおいて、日立がOneHitachiによるEnd to Endのアプローチで実証したのは、単なるシステムの導入ではなく送電網からサーバラックまで全体最適化をめざすことが日本の将来的な電力不足解消につながるという事実だ。来るべき危機に向け、日本がSPPの事例に学べることは多いだろう。

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