今、AIの活用拡大に伴って各地でデータセンターの建設ラッシュが起きている。しかしその裏で、急増する需要に電力インフラの整備が追い付かない深刻な「電力不足」が懸念されている。この課題が顕在化しているのが米国だ。
同国で特に深刻化しているのが、系統連系プロセスの遅延による「接続待ち」という構造的な問題。発電設備自体はあるのに、送電網への接続承認などが障壁となって必要な電力を供給できないという。このボトルネックを解消しているのが、日立グループが総力を結集した「One Hitachi」のチームだ。
日立製作所(以下、日立)には、グループ一丸となってグローバルでのLumada事業拡大をめざす優れた取り組みを表彰する「Lumada Business Award」がある。本稿では、その社会的インパクトと技術力が評価され、同アワードの最優秀賞に輝いたSouthwest Power Pool*の事例を取材。Lumada Innovation Hub Senior Principalの加治慶光が同プロジェクトのキーパーソンたちと語り合い、日本のエネルギー問題の解決にも通じるOne Hitachiの可能性を探った。
*米国中部の地域送電機関。
「AI導入を急げ」の裏で、なぜ電力網がパンクするのか?
米国では近年、全体のインフレ率を上回る電気料金の上昇に見舞われている。1年で2割以上の上昇が報告されている地域もあるが、その主要因として挙げられているのが老朽化した設備のアップグレード費用とAIブームで建設ラッシュに沸くデータセンター需要だ。AIデータセンターは、従来型のデータセンターに比べて単位面積当たりの消費電力密度が高いとされている。
加治 慶光(日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal)
こうした世界的な潮流を踏まえて「日本でもデータセンター建設ラッシュが進んでいるが、先行する米国ではどのような状況なのか」――そう加治が問うと、AI分野のプリンシパル・ストラテジストを務める日立ヴァンタラのショーン・モンロー(Shawn Monroe)氏は、電力需要の増加について次のように話す。
「米国の電力需要は過去100年間、年率1~3%程度の緩やかな成長でした。ところが2025年は33~35%、2026年は40%近い需要増が予測されています。わずか3年でインフラへの負荷が300%増加する。これは、50年以上使えるように設計された従来のインフラに対してあまりに急激な変化です」
この波が直撃しているのが、米国の広域送電網を管理し、発電所やデータセンターの接続審査を担う「RTO」(Regional Transmission Organization:地域送電機関)だ。RTOは現在、インフラの増強課題に向き合って効率化に追われているという。
発電設備接続の解析問題を解決するEnd to Endのソリューション
Lumada Business Award最優秀賞を受賞した事例の舞台、Southwest Power Pool(以下、SPP)は、米連邦エネルギー規制委員会認可のRTOの一つだ。全米で14州にまたがる広大な電力網を管理しており、業界2位の規模を誇る。
モンロー氏はその役割を「発電事業者からの接続申請に対する審査」だと説明。事業者が「この場所に発電機を設置したい」と手を挙げたとき、RTOは送電網への負荷影響をシミュレーションして、設備増強が必要な箇所を特定し回答する義務があるという。
Shawn Monroe氏(日立ヴァンタラ Principal Strategist for AI in Energy)
しかし、SPPにおける新規発電設備への対応(膨大な送電網の全容を調査して、解析レポートを発電事業者に渡す)期間は27.5カ月を要していた。大規模な発電プロジェクトになると、建設や試運転、相互接続といった工程が加算されて稼働開始まで5年以上かかる場合もある。
相互接続時は、膨大な調査やシミュレーション、複雑なエンジニアリング処理といった系統連系解析が不可欠だ。だが、このプロセスが遅れることで発電準備ができているエネルギー源が存在しているのに送電できない「待機状態」が発生する。待機中も、新規のデータセンターは続々と電力網へと接続される。需要に先を越されないように、いかに効率化するか。SPPはこの点でジレンマに陥っていた。
SPPの試算によると、このまま接続承認が滞れば発電予備率は現在の24%から、2029年には危険水準である5%に急落する恐れがある。まさに待ったなしの状況だ。
この課題解決に当たり、日立グループは7つの事業体の総力を結集したOne Hitachiのチームを編成し、上流構想からAIインフラまでEnd to Endでソリューションを提供した。
日立ヴァンタラがプロジェクト全体および関係性のマネジメントを主導し、日立エナジーがエネルギーポートフォリオ管理におけるアセットモデリングソリューションを提供。Methodが戦略的アドバイザリやプロセスの再設計、データ活用を担い、MethodとGlobalLogicがソフトウェアエンジニアリングを担当した。
AIの活用においては、日立ヴァンタラがAIインフラ「Hitachi iQ」を提供し、日立アメリカのR&D部門が独自の「物理ベースAI(Physics-based AI)」(または物理駆動型AI。詳細は後編参照)アルゴリズムを実装、さらにMethodがプロセスを迅速化するための新たなAIツールを開発した。
この強固な布陣が導き出している成果は大きい。当初のSPPの目標は「解析時間の80%削減」だったが、それを上回る結果が見込まれている。ある解析プロセスにおいては、従来3週間近くかかっていた作業を1時間未満に短縮できたという。
SPPのプロジェクトは、時期による増減はあるもののOne Hitachi全体でおよそ50人が関わっている。その技術的な中心人物の1人が、日立アメリカでR&D部門のメンバーを率いているボー・ヤン(Bo Yang)氏だ。同氏は物理ベースAIの開発をリードした人物であり、電気工学の博士号を持つエネルギー分野のプロフェッショナルでもある。
Bo Yang氏(日立アメリカ Vice President Energy Solution Lab R&D Division)
ヤン氏の博士論文は「電力網に過度の負荷がかかった緊急時に、障害箇所を安全に切り離してシステム全体のダウンを防ぐ手法」がテーマであり、まさにSPPのプロジェクトの根幹に通じる研究に携わってきた。
「One Hitachi」だからこそ解決できた、SPPの課題
なぜ、伝統的な大手電力企業やAIベンダーではなく、日立がOne HitachiでSPPの課題を解決できたのか。ヤン氏はその理由として、「End to Endのアプローチ」「ITとOT(制御、運用技術)の融合」「業務プロセスへの深い踏み込み」の3点を挙げる。
「重要なのは『特定の部品を改善する提案』などではなく、『解析プロセス全体のボトルネック解消』という視点です。一般的なAIベンダーや伝統的な大手電力企業が提案するAI技術は過去の統計データに依存しがちですが、常に変化するミッションクリティカルな電力網では未知のデータに直面した際に精度が大幅に低下し、実稼働に耐えられません」
そこで日立は、One Hitachiによってデザイン思考による業務プロセスの再設計まで踏み込み、過去のOTでの知見を基に現実の電力網でも安全かつ高精度に動作する物理ベースAIを実現した。
このアプローチについて、加治が「単に新しいツールを導入するだけでなく、『デザイン思考』を用いて顧客の業務プロセスそのものに深くメスを入れる――これが、解決の鍵だったわけですね」と確認すると、ヤン氏は力強くこう返す。「その通りです。これこそが、ITとOT、さらにはAIの分野に深い知見を持つ日立ならではの強みです」
AIからエンジニアリングまで幅広いノウハウを生かし、個別提案ではなく全体最適化をめざすアプローチが差別化ポイントになっているというわけだ。
AI解析の高速化を実現したHitachi iQの存在も欠かせない。AIによる解析処理は膨大なデータがバックエンドでやりとりされるため、データの転送部分でボトルネックが発生しやすい。日立はNVIDIAのソリューションパートナーであり、同社のGPUに高速アクセスするための技術を熟知している。日立ヴァンタラのストレージ技術を組み合わせて、CPUを介さずにストレージからGPUに直接データを転送する仕組みを構築することで一般的なAI処理よりも大幅な高速化を実現した。
このGPUとストレージを統合したAIインフラこそがHitachi iQであり、NVIDIAとの強力なパートナーシップを現場レベルでリードし、技術をプロジェクトに適用させたキーパーソンがモンロー氏だ。同氏は日立グループに14年間在籍し、テクノロジー分野の深い知見を生かしてキャリアを積み上げた。その原動力は、個人的な探究心に裏打ちされている。
「私はテクノロジーが大好きな『ギーク』なんです(笑)。自宅にラボを持っていて、2019年ごろから独学でNVIDIA Jetson(組み込みAIコンピュータ)を使ってAIを自作していました。そうした経験を通じてNVIDIAの技術を深く理解していたことが、今回のHitachi iQの立ち上げや、エンジニアリングチームとの連携にも生きています」
この言葉に加治は深くうなずき、「単なるビジネス上の契約を超えた企業間の相互リスペクトと深い信頼関係を感じます」と応じる。「モンロー氏のようなキーパーソンがハブ(結節点)にいるからこそ、NVIDIAも日立を信頼して強固なパートナーシップが築けたのではないでしょうか」
ハードウェアとソフトウェアを知り尽くした彼らのHitachi iQは、高いパフォーマンスをたたき出した。モンロー氏によると「私たちのレファレンスアーキテクチャは、競合他社の構成と比較して半分のハードウェア量で処理性能を50%向上させることが可能」だという。
同氏がエネルギー業界に関わり始めたのは、SPP案件が始まった約2年前からだ。そこから専門知識を急速に深め、日立エナジーやR&D部門の専門家と渡り合う存在となった。異なる専門性を持つ人財が融合し、社会課題を解決する。モンロー氏の存在は、まさにOne Hitachiの成功を象徴していると言える。
こうしたチーム編成について、加治は映画『荒野の七人』を例に出し、「各分野のスペシャリストを適材適所で集めた見事なプロセス」と分析する。「競合他社では組織の『サイロ化(縦割り)』が壁になりがちですが、日立にはそれがない。だからこそ、組織の枠を超えたOne Hitachiの結束が可能だったのでしょう」
では、One Hitachiのチームはどのような技術を用いて解析時間を短縮しているのか。後編では、その核心技術である物理ベースAIのメカニズムと、それを支えるHitachi iQの詳細、そしてこの事例が日本の電力課題にもたらす価値に迫る。
(後編) Lumada Business Award特別インタビュー AIに「物理法則の手綱」を付ける 電力網の危機を救う日立の「物理ベースAI」とインフラの全貌はこちら>
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