日立製作所(以下、日立)が全社の総力を結集する思想「One Hitachi」、そして「Lumada」(ルマーダ)*¹の本質に迫る本シリーズでは、第一弾で「Lumada Innovation Hub Tokyo」の責任者(Director)を務める福島真一郎氏に、日立が「協創」を軸に経営危機を乗り越えて変革を成し遂げた軌跡を聞いた。そこで、日立の協創を次のステージへと進化させる不可欠なパートナーとして名前が挙がったのがGlobalLogicだ。
第二弾となる本稿では、その協創のリアルに迫るべく、日立のグループ会社である日立ハイテクとGlobalLogicの変革事例を、キーパーソンへのインタビューで明らかにする。
*1:Lumada(ルマーダ):日立
世界的に高いシェア それでも訪れた「変革の必要性」
半導体製造・検査装置などを製造・販売する日立ハイテクは、グローバルに高いシェアを持つ製品を複数開発している。特に半導体の心臓部であるトランジスタの形状を検査する装置は、独自の検査装置である走査型電子顕微鏡の一種「CD-SEM」で四半世紀以上、世界7割超のシェアを握る。「CD-SEMは水素原子1個の直径に相当する計測精度を持ち、世界の半導体メーカーに支持されています」と、日立ハイテクの磯口透氏は語る。
だが、クラウドやAIの急速な進化に伴い半導体業界にも変化が訪れている。回路の微細化や3次元化で製造難易度は高まり、開発サイクルの高速化も求められるようになった。半導体製造には多くの電力が必要なため、プロセス全体の省電力化も課題になっている。
半導体メーカーはこうした要請に応えるため製造プロセスをエンド・ツー・エンドで管理し、自動化、効率化、省エネルギー化を追求する「製造DX」に本腰を入れている。その支援のカギを握るのが、データプラットフォームだという。IoTを駆使して製造装置や検査装置から出力されるデータを分析し、製造の効率化を実現するためだ。
問題は、従来のプラットフォームが各製造装置メーカー内で閉じていた点にある。これでは、半導体メーカーが各社のデータを統合する仕組みを自作するしかない。
日立ハイテクはこの問題に気付き、自らプラットフォーマーになって他の装置メーカーのデータも含めたプラットフォームを顧客に提供するサービスを用意する必要があると考えた。これは、装置メーカーである日立ハイテクにとって自社のビジネス構造の変革を意味する。日立ハイテクの取り組みを興味深く見守ってきた福島氏はこう語る。
「当社の新経営計画『Inspire 2027』では、データプラットフォームなどのデジタライズドアセットを活用してサービス事業を生み出すフェーズに入ることを目標にしています。これはグループ全体にとって大きな挑戦です。その中で、日立ハイテクがお客さまのデータを活用するプラットフォームを構築することはグループ全体の変革の大きなヒントになると感じていました」
だが、製造業のデータは門外不出とされてきた歴史を持つ。日立ハイテクは、どうやって顧客のデータをプラットフォームと連携しようとしたのか。
磯口透氏(日立ハイテク 理事 兼 ナノテクノロジーソリューション事業統括本部 副統括本部長 兼 事業戦略本部 本部長)
「かつて半導体製造のデータは半導体メーカーのもので、装置メーカーが知ることはありませんでした。しかし昨今の製造高度化や環境対策のニーズから、お客さま単独では解決困難なスマートマニュファクチャリングの実現が必須になっています。だからこそ、最も近い位置にいる装置メーカーが課題解決のパートナーとして認識されるようになったと理解しています」(磯口氏)
課題解決の鍵は「パートナー」 なぜGlobalLogicだったのか
次世代プラットフォームの開発は2023年にスタートした。目標は大きく2つ。「他社装置のデータも共有できる柔軟性」と「顧客の生産拡大に即座に対応できる拡張性」だ。日立ハイテクが従来から顧客に提供していたプラットフォーム「ExTOPE-NT」は、アプリケーションが特定サーバに縛られデータも分離独立していた。そのため装置やアプリケーションを増設するたびにサーバも増やす必要があり、柔軟性や拡張性に乏しかった。
これらは小手先の改修で解決できない課題であり、強力な開発パートナーが必要になる――そう考えた日立ハイテクが白羽の矢を立てたのがGlobalLogicだった。2021年に日立グループ入りした同社は製造業や半導体業界における支援経験が豊富で、グローバルな企業のDXパートナーとして多くの実績を持っていたことから、Lumadaのドライバーとして期待が高まっていた。

Yuliia Shtukaturova氏(GlobalLogic SeniorVice President & Head of EMEA)
同社の欧州事業を率いるYuliia Shtukaturova(ユリア・シュトゥカトゥロワ)氏は、半導体業界の現状をこう捉えていた。
「生成AIなどのテクノロジーの伸長で半導体需要は拡大しており、各社はいかにスピーディーに成長するか、そして成長をスケールさせるかの課題に直面しています。生産性を極限まで高めて少ないリソースで多くの製品を製造するとともに、生産システムの安定化を図るという難しい挑戦も求められています。半導体装置を作る日立ハイテクは、半導体メーカーのこうした課題に応えることで大きな成長をつかめるだろうと見ていました」
この課題観は、日立ハイテクの認識と完全に一致していた。「当社の次世代プラットフォームの構想は、まず現状よりも柔軟で拡張性に優れたプラットフォームを構築すること。そして将来的には、他社装置を含む半導体製造全体にソリューションを提供するビジョンがあり、その実現にはGlobalLogicの能力が必要でした」(磯口氏)。こうして、日立ハイテクはGlobalLogicをパートナーに迎え、次世代プラットフォーム構築に向けた協創の道を歩むことになる。
協創を成功に導く、GlobalLogic「3つの強み」
協創の開始に当たり、GlobalLogicはどのようなことに注意を払ったのか。シュトゥカトゥロワ氏は、企業のDXの支援に当たりGlobalLogicには3つの強みがあると話す。
1つ目は「Design for Desirability(望ましさのためのデザイン)」。まず顧客と対話し、エンドユーザーは製品やサービスをどのように使うのか、行動様式を徹底的に理解する。「仕様書からスタートするのでなく、何を構築すべきか、コンセプトの段階から腹落ちするまで、お客さまと議論を繰り返します。これが当社の『デザイン思考』の出発点です」(シュトゥカトゥロワ氏)
コンセプトが定まって、初めてプロダクトを構築する。これが2つ目の強み「Engineering for Excellence(卓越性のためのエンジニアリング)」に該当する。ここで用いるのが「アジャイルアプローチ」だ。仮説と検証を繰り返しながら状況変化に迅速に反応し、最適なプロダクトを作り上げる。
3つ目は「Create for Intelligence(インテリジェンスのための創造)」。単にソフトウェアを開発して顧客に納めるだけでは、十分な価値を生み出さない。GlobalLogicは、顧客が持つデータを理解して新しいサービス戦略を構築、提案する。この3つの強みを生かし切ることで、最終的に顧客がデータ駆動型ビジネスを生み出すまで伴走支援する。
「日立ハイテクのサービス開発チームは、GlobalLogicのアプローチに大きな関心を寄せ、『一緒にやりたい』と言ってくださいました。新しいことにオープンで、自らを変えていきたいという姿勢に当社も共感し、持てるリソースを総動員してプロジェクトがスタートしました」(シュトゥカトゥロワ氏)
最大の壁は「品質」の定義 2つの文化が衝突した日
福島氏は、今回の日立ハイテクとGlobalLogicの協創プロジェクトに期待を寄せつつ、日立ハイテクのカルチャー変革がどのように進められたのかに興味を持っていたと話す。
福島真一郎氏(日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 経営戦略統括本部 Lumada & AI戦略本部 Lumada Collaboration LIHT Director 日立認定デザインシンキング・イニシアティブ(プラチナ))
「日立は、IT、OT、プロダクトの強みを組み合わせた価値提供をめざしています。しかし、特にOTや製品製造の領域は、品質を保証するための『堅さ』が、時に変革への反発にもつながります。その現場の壁をどう乗り越えたのか、非常に気になっていました」
福島氏の問いに対して磯口氏は、GlobalLogicが顧客の真の課題をとことん理解する姿勢でいることと同様に、日立ハイテクもGlobalLogicの考え方を理解することが重要だったと話す。
「私を含めた開発チームは、ポーランドにあるGlobalLogicの拠点に出向きました。プロジェクトがスタートして1年ほど過ぎ、いよいよ開発を開始するかどうかの判断を下す会議を、ユリアさんを含む現地のメンバーと実施するためです。その場で、GlobalLogicから品質保証についての説明を受けたのですが、日立ハイテク側は誰もその意味を理解できませんでした。何度ディスカッションしても、分からなかったのです」
そこで磯口氏は、GlobalLogicと日立ハイテクの品質に対する考え方を書き出し、見比べることを提案する。
「書いてみて初めて分かったのですが、日立ハイテクの品質保証は『安全』や『お客さまと約束した性能・機能』を満たした製品を出荷し保証するための基準でした。対してGlobalLogicが追求していた品質保証は、真の意味で製品の品質を良くする活動でした。この大きな違いを知り、ようやくGlobalLogicがめざしているプロダクトの本質を理解できました」(磯口氏)
両社の品質に対する考え方の違いは、どちらが正しいという問題ではない。24時間365日、仕様通りに稼働し続けることが絶対的な使命であるOTや製造の世界。常に変化する顧客ニーズに応え、進化し続けることが宿命であるDXの世界。両者は、品質に求められる要素が根本的に異なっていた。日立ハイテクの開発チームは、ポーランドでの議論を通じて「従来の日立ハイテクの品質の考え方をそのままDX分野に適用することはできない」という、GlobalLogicの主張の裏にある本質に気付けたということだろう。
開発チームは腹落ちできたものの、帰国後に日立ハイテクの品質保証部門に説明しても、予想通り最初は全く話が噛み合わなかった。
だが磯口氏のチームは諦めなかった。自分たちがそうであったように、どうすれば分かってもらえるかを考え、繰り返し説明し、経営トップとディスカッションの場も設けた。また、日立製作所がGlobalLogicの開発の考え方に準拠したデジタル開発の品質基準を持っており、それも参照しながら今回のプロジェクトに生かそうとした。
これらの努力によって、互いに歩み寄りつつ、最終的に現場の品質保証部門もプロジェクトに正式参加する。「まだ、現場の懸念が100%解消したわけではありません。しかし、考え方を変革するためには、少しずつでも理解を得ようと図ることが大事だと分かりました」(磯口氏)
福島氏は「課題を可視化して徹底的に議論して、本質を突き止める。それが真の協創です」と語り、続ける。
「日立の中でも、これができているチームは多くありません。この話を聞いて、GlobalLogicがグループに加わったことで日立が推進する協創は新しい段階に入ったことを実感しました」
こうして、日立ハイテクとGlobalLogicによる次世代プラットフォーム開発プロジェクトは開発を本格化する。後編では、開発におけるもう一つの重要なキーワード「アジャイル型開発」の導入プロセスと、構築したサービスの概要、今後の展望などについて明らかにする。
「GlobalLogicとの協創は、日立ハイテクに何をもたらしたか アジャイルで挑んだ組織変革のリアル」はこちら>
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