日立の「Lumada」は、2026年に10周年を迎える。2027年3月期をめどにした中期経営計画で日立の成長戦略の要として位置付けられるまでになったLumadaは、深刻な経営危機を乗り越える成功方程式にもなった、同社の変革の歴史そのものと言えるだろう。
その誕生背景と日立復活の軌跡について迫った前編に続く本稿では、AIと共に進化するLumadaの現在地と、グローバルで成長を加速させる原動力であるGlobalLogicの強みを探る。インタビュイーは、「Lumada Innovation Hub Tokyo」(以下、LIHT)のセンター長(Director)を務める福島真一郎氏。
データという“宝の山”が新しい価値の源泉に
Lumadaの最大の特徴は、「協創」によるビジネスの推進にある。顧客が直面する課題を企画の初期段階から対話によって浮き彫りにし、共に解決する事業スタイルで、次々とプロジェクトを成功に導いている。特に日立の強みであるIT、OT、プロダクトを横断したアプローチによって、旧来の開発スタイルでは対応が困難な大型プロジェクトでこそ真価を発揮する。単に顧客が求める仕様の製品やサービスを開発して納品するというスタイルとは一線を画す点が魅力だ。
協創を成功に導くために欠かせない、もう一つのキーワードに「One Hitachi」がある。顧客の課題に日立グループ全体のリソースを投入し、他社では実現が難しい価値を創出する。One Hitachiによって日立自身の組織の壁を壊して変革に挑み、顧客の体制にも化学変化を引き起こすことが狙いだ。
協創、伴走といった言葉は昨今、ビジネスでよく聞かれるようになった。しかし、言葉の響きの良さだけで成果が伴わなければ意味がない。日立は、この「成果を伴う価値創造」を実践するためのエンジンとして、IT、OT、プロダクトのデータをLumada上で統合して新たな価値を生み出すことに注力している。
IoTデータをつなぐプラットフォームとしてスタートしたLumadaは、日立が得意とする大規模なインフラ事業の末端からデータを収集して、障害時の迅速な復旧やメンテナンスのコスト削減などインフラの維持改善に役立てられてきた。
「企業にとってデータは“宝の山”です。ハードウェア、ソフトウェア問わずインフラの各所からさまざまなデータが生み出されます。機械が故障する前兆となるデータを検知すれば、致命的なエラーが発生する前に部品を交換し、事業の停滞を未然に防げます。これは、データを活用したシステムの維持・コスト削減という価値です」
しかし、Lumadaの真価はその先にある。維持や改善のために集めたデータをさらに分析・活用すれば、新しいサービスやビジネスといった“新たな価値”を生み出せる。福島氏は、「データこそ、新しい価値を生み出す源泉です」と力強く説く。
福島真一郎氏(日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 経営戦略統括本部 Lumada & AI戦略本部 LumadaCollaboration LIHT Director 日立認定デザインシンキング・イニシアティブ(プラチナ))
AIで進化する次代のLumada
強力なパートナーの力を借りて顧客と協創する体制を整えたLumada事業。福島氏は、その次なるステップとして、多くの日本企業が直面する、より深刻な課題に挑む必要があると語る。
「これまで現場を支えてきた熟練者が退職しようとしている今、膨大なノウハウ――すなわち“ドメインナレッジ”が失われつつあります。この見えざる資産をいかにして継承し、未来の価値に変えるか。この課題に対する当社の答えが、AIの活用を前面に押し出した『Lumada 3.0』の始動です」
日立は、IoTプラットフォームによって顧客のデータを一元化してデータドリブンでビジネスを進化させる変革を「Lumada 1.0」、それをバリューチェーン全体で連携させる価値創造を「Lumada2.0」と呼んできた。そしてLumada 3.0は、AIを活用してそれらをさらに大きく進化させる。日立が各事業領域で培ったノウハウをデータ化してAIに学習させ、個人の暗黙知を誰もが使える形式知へと変換するなど、顧客のビジネスだけでなく社会インフラ自体を進化させることをめざしている。
しかし、ベテランのノウハウを引き出すのは言うほど簡単ではない。「ノウハウを教えてください」と聞いても、「分からない」と返されてしまうだろう。そこで威力を発揮するのが、前編でも説明した「デザインシンキング」だ。
「LIHTのスペシャリストには、ナレッジを引き出すスキルを習得した『デザインシンカー』という専門家や、データやAIを高度に扱うトップクラスの『データサイエンティスト』がいます。これらのメンバーが中心になって、暗黙知を形式知に変え、AIに学習させていきます」
Lumada 3.0の土台となるのは、現場に眠る膨大なドメインナレッジのデータだ。しかし、その抽出と体系化を担うトップクラスのデザインシンカーやリサーチャー、データサイエンティストの数は限られている。そこで日立は、専門家の思考プロセスやノウハウを学習した「AIエージェント」を開発している。AIエージェントが経験の浅い担当者をサポートし、ナレッジの抽出作業を補助する。これにより、専門家の暗黙知を形式知へと効率的に変換し、スケールさせることを狙っているのだという。
ナレッジを提供する従業員側へのサポートも重要だ。自分の経験値を喜んで開示する人ばかりではないのは事実だと福島氏も認める。
「ノウハウこそが自分の生業であり、存在価値だと考えている人は少なくありません。自分が築いてきた価値をデータとして残し、未来に生かす重要性について理解してもらうコミュニケーションも大切にしています」
ドメインナレッジとデータ基盤が融合したLumada 3.0の実装例として象徴的な成果が、鉄道システムを担う海外のグループ会社である日立レールが開発した鉄道事業者向けソリューション「HMAX」だ。日立の鉄道事業で培ったドメインナレッジを活用したAIで、車両や信号などから得られるリアルタイムのデータを分析して稼働状況や異常兆候を可視化する。このサービスを利用すれば最大で保守コストは15%低減、列車遅延は20%削減できるという。
「当社には事業別に積み上げてきた最適化、効率化の技術やノウハウがあります。LumadaにAIが実装されたことで、それらを他の領域に展開することが容易になりました。実際に、HMAXを実現している基本アーキテクチャは汎用性が高く、エネルギーインフラや工場の設備最適化などさまざまな事業分野に応用できると考えています」
Lumada成長の「不可欠なピース」 GlobalLogic買収の背景
日立の事業領域の垣根を越えて成長するLumadaにとって、グローバル展開は避けて通れないテーマだった。だが、それを自社の人財だけで実行するにはリソースが不足していたと、福島氏は語る。
「かつてのプロダクト中心のビジネスは、モノを作れば世界に展開できました。しかし、当社が強みを持つインフラサービスは『渡して終わり』というわけにいかず、現地のお客さまの課題を深く理解し、共に解決策を探る必要があります。高度な専門性を持つ人財による支援が不可欠ですが、2010年代の後半以降、DXへの注目が世界的に高まる中でそうした人財の獲得競争は激化していました」
日立は世界各地にLumadaの支援拠点を作り、ネットワークの強化を計画していた。しかし、日本から専門家を派遣するだけではグローバルで急速に増え続けるニーズに到底応えられない。この構造的な課題を解決し、日立に欠けていたピースを埋める一手として2021年に実行されたのが、米国企業であるGlobalLogicの買収だった。
「GlobalLogicは世界屈指のデジタルエンジニアリング企業であり、上流のデザインシンキングをお客さまと行う協創の拠点を世界各地に設置していました。技術の実装からシステム導入後のデータ収集と分析までエンド・ツー・エンドで実行する能力を備えています。日立がこれまでグローバルで築いてきたIT、OT、プロダクトの価値をさらに引き出そうとするとき、うってつけの技術集団でした。Lumadaのグローバル展開にとって必要だった“ミッシングピース”が、ついに埋まった瞬間でした」
2022年4月には、GlobalLogic Japanを設立。オフィスはLIHT内に設けられた。福島氏は買収後の連携プロセスについて、「GlobalLogic Japanと日立の連携は、まず私たち日立のデジタルサービス部門から始めました。Lumadaをグローバル展開するためにGlobalLogicに当社のインフラ事業などの中身を理解してもらい、同時にわれわれはGlobalLogicのデジタルエンジニアリングの強みを学ぶことで彼らのアジャイルなスタイルを採り入れようとしました」と語る。
もちろん、カルチャーが異なる両社の融合は平たんな道ではなかったという。しかし、GlobalLogicの強みであるアジャイルでスピーディーな開発スタイルと日立が長年培ってきた鉄道やエネルギーといった社会インフラへの深い知見――これら両社の強みを掛け合わせることで、これまで日立だけでは踏み込めなかった領域での成果が次々と生まれ始めている。
では、日立とGlobalLogicの協創は企業にどのような影響をもたらすのか。次回、日立のグループ企業である日立ハイテクとGlobalLogicの変革事例を、キーパーソンへのインタビューで明らかにする。
「日立の復活をけん引した「Lumada」は、いかにして生まれ、どう発展してきたのか」はこちら>
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