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徳島県石井町で「手ぶらでタクシーに乗れる」と高齢者から好評な、顔認証によるデジタルチケット。その裏側には、最新技術による高度なセキュリティと運用の工夫があった。運用実証で見えた手応えと、広域連携でめざす「地域交通DX」の未来とは。
徳島県石井町と日立製作所(以下、日立)による、顔認証を使ったタクシー助成券のデジタルチケット化。前編では、従来の「紙の助成券」の運用がピークに達していた中、高齢者の負担を増やさない形でどのようにデジタル化へ踏み出したのか、その背景を追った。浮き彫りになったのは、紙の助成券を発行して回収し、集計して精算するというアナログ運用の課題だ。では、石井町は「紙の限界」をどう超えようとしているのか。
後編では、日立との協創で導入した顔認証によるデジタルチケットがどのような仕組みで運用されているかを整理し、本人確認の確実性と「手ぶら」を両立させる設計思想の要点を掘り下げる。

(前編) 高齢者の移動をどう守る? 「紙の助成券」の限界を超える、石井町×日立の顔認証デジタルチケットはこちら>

顔をかざすだけで使える利便性と、PBIが担う安全性

2025年10月1日にスタートした運用実証は、石井町が配布しているバスとタクシー移動助成券のうち、タクシーを対象にした。

運用面の急激な変化を避けるため、従来の紙のちぎり券と同様に窓口での対面手続きを基本に据えた。利用申請や顔写真の登録は役場の職員がサポートする運用にして、住民が戸惑うことなく移行できるように配慮したという。

乗車時は、顔認証による本人確認を通じて手ぶらでデジタルチケットを利用できる仕組みだ。助成額の範囲内であれば現金のやりとりは不要で、乗車時に助成券の残額が不足した分は現金で支払える。利用者はタクシー内のタブレットやWebでチケット残数を確認できる他、メールアドレスを登録すると利用後に利用履歴が送付される。

画像: 日立 平塚 竜基(日立製作所 金融デジタルイノベーション本部 第三部)

日立 平塚 竜基(日立製作所 金融デジタルイノベーション本部 第三部)

このシンプルな利用体験を支えているのが、日立の生体認証統合基盤サービスだ。日立の平塚 竜基は、「このサービスはパナソニックコネクトさんの顔認証技術に日立の特許技術『PBI』(PublicBiometrics Infrastructure:公開型生体認証基盤)を融合させることで、確実で安全な本人確認を実現しています」と説明する。

技術的なポイントはPBIにあり、サービスにおけるセキュリティの鍵になっている。一般的な顔認証とは異なり、登録時には生体情報を「一方向変換」して、復元できない「公開鍵」という形で登録する。そして認証時のみに、本人の顔から「秘密鍵」を都度生成して照合する仕組みだという。

顔画像そのものや、生体情報を復元できる情報はシステムに保管しない。そのため、データが漏えいしても生体情報を復元されることはない。この「情報を持たない」安全な設計こそが、行政サービスとしての信頼性を担保している。

利用者の顔自体が暗号鍵となるため、高齢者はスマートフォンやICカードを持ち歩く必要がなく、紛失や管理のリスクから解放される。クラウドベースのためタクシー事業者は高価な専用端末を導入せずに済み、市販のタブレットのみで運用できる。

石井町が重視した「利便性」「安全性」の両立。PBIは、この2つの課題を同時に解決し、理想を現実に変えるための技術的な「答え」だった。

画像: デジタルチケット利用時は、タクシー車内の端末に顔をかざして、暗証番号を入力するだけ。手ぶらで出掛けられる手軽さが支持されている

デジタルチケット利用時は、タクシー車内の端末に顔をかざして、暗証番号を入力するだけ。手ぶらで出掛けられる手軽さが支持されている

画像: 徳島県石井町が示す「地域交通の未来」
“顔パス”移動支援はなぜ成功したのか 石井町×日立の顔認証デジタルチケットが描く地域交通DXの次の一手(後編)

利用者からもタクシー事業者からも高評価

運用実証は2025年10月1日から2026年2月16日まで実施した。利用者からは、「手ぶらで出掛けられるので気楽になった」「財布から券を探す手間がなくなった」という声が上がっているという。石井町役場の龍門 奈都氏は「私の祖母も登録していて『今までは紙の助成券を忘れないように注意していたが、何も持たずに出掛けられるようになったのはすごく便利だ』と喜んでいます」と、身近な利用者の声を明かす。同じく、石井町役場の佐野 千里氏も「普段はスマホを持ち歩かない私の母も日常的に利用しています」と述べ、端末操作を前提にしない設計が高齢者の利用促進につながっていると笑顔を見せる。

画像: 石井町役場 佐野 千里氏(石井町 長寿社会課 課長)

石井町役場 佐野 千里氏(石井町 長寿社会課 課長)

乗車時にタブレットで残数を確認できる点も好評だ。佐野氏は「地元の喫茶店にコーヒーチケットを預けているような感覚」と表現し、利用者が紙の券を探したり、枚数を数えたりする負担を減らせている手応えを語る。

タクシー事業者からは、券の受け渡しミスや紛失の心配がなくなった他、「集計作業や役場への持ち込みが不要になり、業務が大幅に楽になった」という声が寄せられている。石井町としても、利用実績をデジタルデータで把握できる意義は大きい。精算業務の効率化に加えて、データの分析を通じて実態に即した交通政策につなげられるためだ。

佐野氏は「利用者、タクシー事業者、そして自治体にとって『Win-Win』な関係が築けるのではないかと感じています」と口にする。

タクシーは第一歩 登録の裾野を広げて広域MaaSへつなげる構想も

石井町役場の藤本 洋一郎氏は、今後の展望について「この顔認証の仕組みをデマンド交通や路線バスなど、他の移動手段にも広げたい」と意欲を見せる。

拡張の鍵となるのは、登録の裾野をどう広げるかだ。その見通しについて龍門氏は、自身が実際に高齢者施設へ出向いて実施した「出張登録」の詳細をこう語る。

画像: 石井町役場 龍門 奈都氏(石井町 まちづくり推進室 主事)

石井町役場 龍門 奈都氏(石井町 まちづくり推進室 主事)

「施設に伺って10人ほどの方を登録しました。タブレットで写真を撮り、情報を入力するだけで済んだため予想以上にスムーズに手続きできました。これなら役場まで来られない方に対しても、こちらから出向いて登録を広げていけると期待しています」

こうした手応えを得て、石井町は高齢者施設などに出向いてその場で登録する運用を本格化し、少しずつ登録者を増やす考えだ。新年度からは、デジタルチケット利用者を対象にしたインセンティブの付与や、年度更新の手続きを不要にする自動更新の導入も検討している。

藤本氏は、近隣自治体との連携を見据え次のように明かす。

「日立さんと共に近隣自治体を回って技術説明をしています。近隣自治体のDX担当者からは『技術的に注目していました』といった反応もありました。紙の助成券を運用している自治体は多いため、それらを共通のデジタル基盤に置き換えて共同利用できる環境を作れれば、住民にとっても自治体にとっても非常に効果が大きいはずです」

石井町が最終的にめざすのは、町内に閉じない広域的なMaaSの実現だ。生体認証統合基盤サービスは認証基盤がクラウドにあるため、圏域を越えた対応も可能になる。「行政区域を越えてシームレスに移動できる環境を整えることで、“交通空白地帯”をなくす。その結果、高齢になって免許を返納しても、誰もが自由に行きたい場所に行ける──そんな“生涯現役で暮らせる地域”を、デジタル基盤を活用して創生したいです」(藤本氏)

画像: 石井町役場 藤本 洋一郎氏(石井町 まちづくり推進室 室長)

石井町役場 藤本 洋一郎氏(石井町 まちづくり推進室 室長)

平塚は、今回の運用実証について「石井町が持っていた課題は全国の自治体に共通しています。今回の運用実証で得られた知見を整理しながら、全国の自治体に本取り組みの価値を知ってもらうことをめざします」と話す。

日立は顔認証をキーにさまざまな展開を構想している。平塚は「それぞれの自治体のニーズに応じて柔軟にカスタマイズしてサポートを強化したいですね。そこで得られた知見を、また石井町さんにフィードバックして仕組みをアップデートする。そんな良い循環を作りたいと考えています」と意気込む。

「高齢者だからこそデジタルで負担を減らす」発想の転換が次の一歩に

藤本氏は、今回の運用実証で得た学びについて「『高齢者にデジタルは使えない』というのは、私たちの思い込みに過ぎなかったと知りました。今回の取り組みを通じて、高齢者のデジタル活用を阻む『見えないハードル』を一つ越えられたと考えています」と語る。佐野氏も「少子高齢化が進む今、デジタルへの順応は避けて通れません。この仕組みが、住民にとっての『最初の一歩』になれば」と前を向く。

データ活用にも期待が集まる。移動データが蓄積されれば、住民の動線把握を通じて道路行政などの施策立案(EBPM)に役立てられる他、顔認証による迅速な本人確認は災害時の避難所受け付けといった防災分野への応用が期待できる。

龍門氏は「今回は高齢者のタクシー助成での活用でしたが、もし他の自治体が同じ基盤を使って別の新しい取り組みをしているなら、私たちも積極的に取り入れたいと考えています。自治体間で連携し、互いの良いアイデアを共有できるといいですね」と期待を示す。

住民の足を守ることは、地域の命と活力を守ることでもある。紙の移動助成券の運用に限界を感じている自治体にとって、石井町の試みはその使命を果たすための現実的な選択肢になるだろう。

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