日立市と日立の共創プロジェクトは、地域医療の現場をどう変えるのか。「デジタルを活用した多職種情報連携」や「ひたち小児オンライン医療サービス」など、デジタル技術を活用した施策の成果と「住めば健康になるまち」の実現に向けたデータ活用の未来展望を追う。
前編に引き続き、日立総合病院の永井 恵氏、日立市の蛭田 直美氏、日立の松永 権介と加納 秀弥の4人に話を聞いた。
「【前編】企業立病院と市が共創して、医療で地域を支える」から読む >
「訪問診療」や「医療機関間の連携」にまつわる課題の解消
日立総合病院の永井氏は、5年前に赴任した当初、日立市における地域医療の状況について次のような印象を抱いたと振り返る。
永井氏
日立総合病院は優秀な専門医が多く所属する素晴らしい病院だと感じました。その半面、診療科が細分化されているが故に複数の疾患を抱える患者さんがどの科にかかればいいか分からない、いわゆる”医療難民”の状態になりがちでした。また、手術やカテーテル、集中治療など高度な医療を行った後、自宅生活が困難となった高齢者を地域で受け入れる体制についても、もう少し充実できないかと感じました。

こうした課題を解決するには、地域の小規模な病院やクリニック、二次救急病院などでより多くの患者をカバーする、体が不自由な患者の自宅を訪問して医療を提供する訪問診療を充実させるなどの必要がある。日立総合病院として地域医療充実に向けた貢献は欠かせないものの、進行する高齢化や人口減少に伴う医療従事者の不足を考慮すると、病院単独の取り組みだけではカバーし切れない課題も依然として残ると永井氏は語る。
永井氏
こうした中で、2022年に市内のクリニックから移管するかたちで日立総合病院内に「訪問看護ステーション」を設立しました。この活動を通じ、在宅ケアの領域において、市内の訪問診療を取り巻く課題の解決に一定の貢献ができていると感じます。今後は、こうしたサービスを地域全体でカバーすることによりに充実させ、より良い医療を提供できる環境を整える必要があります。
地域の医療機関、介護事業者、家族の間の情報連携をデジタルでサポート
「次世代未来都市共創プロジェクト」においても、地域にあるこうした「医療と介護の多職種連携」や「医療機関間の連携」にまつわる課題の解決をめざし、幾つかの施策を推進している。その一つが地域包括ケアシステム*1をデジタルで支える情報連携基盤の構築だ。現在、日立市と日立が共同で実証実験を実施している。
*1 重度な要介護状態となっても、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けられるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される仕組み。
これは、日立市内に点在する医療機関や介護事業所、薬局、患者の家族などをデジタル技術で密接につなぐ仕組みだ。患者に関する情報をセキュアな環境下でリアルタイムに共有、連携可能にして複数の施設にまたがる治療やケアをよりスムーズかつきめ細かなものにする。日立総合病院も全面的に協力しており、前述の訪問看護ステーションとも連携して実証している。日立の松永はこの取り組みの意義について、次のように強調する。
松永
要介護者に関する情報を病院や介護事業者、在宅介護する家族の間でリアルタイムに共有できれば、きめ細かな医療や介護サービスをより効率的に提供可能になります。そのための情報連携のシステムを用意し、2024年度は14人の患者さんと25の事業者に参加いただいた実証事業を行い、2025年度も引き続き実証を継続しています。その結果、電話やメールに頼っていた日々のケア情報や気付き事項の共有に加え、入退院や転院時の情報連携といったユースケースにおいても有用性を確認できました。
永井氏も臨床現場で働く医師としての立場から、こうした施策について大きな期待を寄せる。
永井氏
これまでは患者情報の引き継ぎや紹介状のやりとりに際し、電話やFAXによる確認作業などで現場にかなりの負荷がかかっていました。これがデジタル化されてスムーズな情報連携が可能になれば、医療現場の負担は大幅に軽減されるはずです。
日立市の蛭田氏も、「介護人財の確保」という観点から、こうしたデジタルを活用した施策の価値を高く評価する。
蛭田氏
現在多くの自治体が介護人財の不足に悩まされており、日立市も例外ではありません。限られた人員で業務を遂行しなければならない中、これまで電話やFAXで対応していた連絡調整をデジタル化できれば、業務は効率化されます。それは患者さんがより充実したケアを受けられることにもつながります。
子育てを医療で支える 子どもを夜間・休日に診るオンラインサービス
実証実験ではなく、正式な市民サービスとして提供されている「ひたち小児オンライン医療サービス」もある。これは、夜間・休日にスマートフォンやパソコンを通じて小児科医によるオンライン診療を受けられるサービスだ。
このサービスの提供に至った背景には、「地域の小児医療リソースの不足」という切迫した事情があったと松永は話す。
松永
現在市内で小児救急などを担える医療機関は実質的に日立総合病院のみという状況にあります。そこで小児医療体制が手薄にならないように、夜間・休日に限って市内在住の中学生以下の子どもがいる家庭は、利用料の負担なくオンライン診療を受けられる仕組みを整えていただきました。市がこうしたサービスを導入し、対象となる市民が利用料の負担なくオンライン医療サービスを受けられる例は全国的にも珍しく、日立市は本当に子育てに手厚いと思います。

2026年1月31日時点で、子どもの家族なども含む4,102人がすでに同サービスに登録しており、そのうち0歳から15歳の子どもは2,414人に上る。これは市内の同年齢層の約15.1%に相当し、今後も登録数の増加が見込まれている。松永によると、利用者からは「夜間に診てもらえて安心できた」「子どもの急病でも会社を休まずに済んだ」といった感謝の声が多く寄せられているという。
蛭田氏も、自身の経験を踏まえて本施策の意義を強調する。
蛭田氏
このサービスをご利用いただくと、ワンオペ育児をしている保護者は病気のお子さんと元気なお子さんを夜間に病院に連れて行かなければならないという負担から解放されます。結果として、保護者とお子さん双方の負担軽減につながります。私自身の子育て経験を振り返ってみても、このような制度があればどれほど助かったかと感じます。

本サービスは、夜間・休日における救急医療のリソース不足を回避する面でも大きな期待が寄せられている。日立によるデータ分析の結果、サービス開始以降、日立総合病院における夜間・休日の救急外来に来院する小児軽症患者数は減少傾向にあるといい、医療現場の負担軽減に貢献していると考えられている。
日立市に居住している日立の加納は、自身の体験を通じて救急現場の課題を目の当たりにしたと話す。
加納
私自身、夜間に比較的軽い交通事故に遭い、念のため頭部を打っていないか確認する必要があったことから、日立総合病院の救急外来を受診したことがあります。
夜遅い時間帯でしたが、待合室には私と同じように不安を感じて受診された方や、体調を心配して来院された親子連れの姿が多く見られました。
多くの市民が安心を求めて救急外来を利用すること自体は当然である一方、こうした利用が集中する状況が続けば、一刻を争う重症患者への対応に影響を及ぼすおそれもあります。救急医療の負担を適切に軽減するためにも、夜間にオンライン診療を提供する意義は非常に大きいと考えます。

社会課題解決と共に持続可能なビジネスモデルの確立をめざして
この他にも、地域の医療機関と日立総合病院の間で高度医療機器を利用する検査の予約や検査結果をオンライン上で確認できる仕組みを構築し、すでに運用を開始している。
地域の医療機関を受診した患者が日立総合病院での精密検査を必要とする場合、従来は電話やFAXで予約の調整をしており、確定するまでに丸一日を要することもあった。しかし、Webで検査機器の空き状況を確認・予約できる仕組みを導入したことで、所要時間は約30分に短縮され、検査結果はセキュアなWeb環境で検査後すぐに確認できるようになった。これまで検査結果はCD-Rなどの媒体に記録し郵送していたため、この取り組みはペーパーレス化や廃棄物削減にも寄与している。
蛭田氏は、今後も日立と密接に連携してデジタルによる課題解決を推進したいと意気込みを語る。
蛭田氏
今後ますます人口減少と高齢化が進む局面において、デジタル活用による業務効率化は多様な分野で欠かせなくなります。「次世代未来都市共創プロジェクト」には大きな期待が寄せられていますし、市民からも高い注目を集めています。日立市には日立の従業員や退職された方が多く暮らしており、そうした方々が積極的にボランティア活動などにも協力してくださっているので、本当に心強い存在です。
松永と加納も、現状に満足することなく施策を進化・深化させることで日立市の『住めば健康になるまち』の実現に貢献したいと決意を新たにする。
加納
『住めば健康になるまち』を実現するためには、単にデジタルの仕組みを提供するだけでなく、市民の皆さま一人ひとりの健康意識を高める取り組みが不可欠です。今後は、こうした仕掛けをさらに充実させるとともに、蓄積されるデータを適切に利活用することで、日立として持続可能なビジネスモデルの確立をめざしていきたいです。
松永
「次世代未来都市共創プロジェクト」発足からの2年間は、とにかくできることからがむしゃらに取り組んできました。今後は、日立市の課題解決に貢献しつつビジネスとして成立する分野も見い出す必要があると考えています。個人的には、人財不足を解消する上で生成AIやロボティクスの技術に大きな可能性を感じているので、そうした技術も積極的に活用して持続可能性を探りたいですね。
「日立市×日立 次世代未来都市共創プロジェクト」の記事一覧はこちら>

永井 恵(ながい けい)
日立総合病院
主任医長 兼 筑波大学附属病院日立社会連携教育研究センター 准教授
日本内科学会総合内科専門医、日本腎臓学会専門医、日本透析医学会指導医。日本透析医学会Green Dialysisワーキンググループ リーダー。国立環境研究所資源循環領域客員研究員。2018年より医療のライフサイクルアセスメントを開始。2019年に総合内科医としてへき地医療を経験して以来、ヒト・モノが限られた地方都市での持続可能な腎臓医療の構築をアカデミックな視点からめざしている。

蛭田 直美(ひるた なおみ)
日立市
共創プロジェクト推進本部 課長(健康・医療・介護担当)
1990年に日立市役所に入所。窓口業務、高齢者福祉に携わった後、2025年より現職。

松永 権介(まつなが けんすけ)
株式会社日立製作所
社会イノベーション事業統括本部 ウェルビーイングソサエティ事業創生本部 ウェルビーイングソサエティ第一部 部長
兼 ひたち協創プロジェクト推進本部 デジタル医療・介護推進センタ 副センタ長
2000年日立製作所入社。産業系IT営業を担当後、2007年にグループ公募で省エネエンジニアに社内転職。社会イノベーション事業推進や新規事業開発を経て、2020年から2年間大阪万博協会に出向。2022年復職後から現職。

加納 秀弥(かのう しゅうや)
株式会社日立製作所
社会イノベーション事業統括本部 ウェルビーイングソサエティ事業創生本部 ウェルビーイングソサエティ第一部
兼 ひたち協創プロジェクト推進本部 デジタル医療・介護推進センタ 市役所常駐者
2023年日立製作所入社。産業系のアカウント営業を担当。2024年より現職。




