高齢化率が約35%と全国平均を上回るスピードで進行する茨城県日立市。地域医療の“最後の砦”である日立の企業立病院、日立総合病院もまた、軽症患者の来院による夜間救急外来のひっ迫危機に直面していた。透析治療と就業の両立支援から、予防医療への意識改革まで――行政によるきめ細かなサポートと日立が持つデジタルの技術、ノウハウを掛け合わせて、医療現場の課題解決と地域の健康増進をめざす両者の取り組みとは。
現場で変革を主導する日立総合病院の永井 恵氏、日立市の蛭田 直美氏、日立の松永 権介と加納 秀弥に挑戦の現在地を聞いた。
地域医療の課題解決に情熱を傾ける永井医師
日立総合病院で腎臓内科医として勤務する永井氏は、地域医療の課題解決に長年情熱を注いできた。医療過疎地である茨城県神栖市での勤務を経て、2021年に日立総合病院に赴任した。同院は日立が運営する企業立病院であり、地域の中核医療機関として三次救急*1も担う“最後の砦”だ。この場所で、永井氏は自身の理想とする医療の実現に挑んでいる。
*1 一次救急は「入院不要の軽症」、二次救急は「入院・手術を要する重症」、三次救急は「生命に関わる重篤患者」に対応する救急医療体制をさす。
永井氏
筑波大学を卒業後、4年間の臨床キャリアを経て大学で基礎医学と疫学の研究をしました。一般的に大学に所属する医師は大学病院の外に出ることはあまりないのですが、私は早くから医療過疎地域での勤務を経験したこともあり、2021年に日立市に来たときには「何とかこの地域の医療を持続可能なものにしたい」という思いが込み上げてきました。

同氏が腎臓内科の専門医として注力するのが、人工透析*2を取り巻く課題の解決だ。透析治療には患者1人当たり年間約380万円もの医療費がかかるとの試算があり、その大半を国と自治体が負担するため社会保障費を圧迫する要因の一つとされている。患者本人や家族が治療のために仕事を休まざるを得ず、経済的な機会損失も見過ごせない問題だという。
*2 腎臓の機能が著しく低下した際に、人工的に血液中の老廃物や余分な水分を取り除く治療法。
腎不全患者の治療と社会生活を両立
こうした課題を解決するため、同氏が普及に注力しているのが「腹膜透析」という手法だ。通院を要する一般的な「血液透析」とは異なり、腹膜透析は自宅で患者自身が処置できるため、通常の社会生活を営みながら治療を継続できる。
腹膜透析は血液透析よりも老廃物の除去能力などがやや劣る側面があり、病状によっては定期的な血液透析との併用が必要となる。それでも、「平日は自宅で腹膜透析、週末は通院して血液透析」というハイブリッドな治療サイクルを確立できれば、腎不全になっても仕事を諦めることなく社会とのつながりを維持できる。
永井氏
患者さんや家族の仕事を犠牲にせず、機会損失を最小限に抑えられる点が最大の強みです。実際に、一度は血液透析を始めて仕事を諦めたものの『やっぱりかつてのように働きたい』と腹膜透析に切り替え、仕事復帰した患者さんもいます。
従来の腹膜透析はあくまで“血液透析の代用”という位置付けでしたが、私は両方を併用することで患者さんの健康と社会生活を両立させる道を探りたいと考えています。ゆくゆくは、透析が必要になった働き盛りの世代が日立市に移住して、この治療法で社会復帰できる環境を実現したい。これはまさに、日立市が掲げる『住めば健康になるまち』というビジョンとも重なります。
医師が「脱炭素」を語る理由 医療と環境の意外な関係
永井氏は医師としてはユニークな経歴の持ち主だ。もともと環境学を志していた同氏は、環境問題における医療の重要性に目覚めて医学の道へ進んだ。「環境学の視点を持つ医師」は世界的にも数少なく、その稀有(けう)なバックグラウンドを見込まれて、大阪万博でスウェーデン大使館が主催するサステナビリティサミットにも招聘(しょうへい)された。
そんな永井氏は、環境学の観点からも透析医療が抱える問題点を指摘する。
永井氏
人工透析には、ポンプ機器を動かす電力や使い捨ての医療機器、1回当たり浴槽1杯分の水(約200リットル)が必要です。患者さんは毎月13回も通院しなければならず、移動に伴うCO2排出も無視できません。こうした要因から、通常の医療行為と比較して約10倍ものカーボンフットプリント*3が発生するといわれています。
*3 CFP(Carbon Footprint of Product)。原材料調達から廃棄までの全工程で排出される温室効果ガスをCO2量に換算した総量。
この点においても、腹膜透析は血液透析に比べて環境負荷をはるかに小さく抑えられる。1回の透析に要する水の量は1日当たり8~10リットルで済み、資材などを含めたトータルの環境負荷は血液透析の半分程度とされる。
腹膜透析は、「仕事との両立」に加え「環境負荷の低減」という観点からも、持続可能な地域医療モデルとしてその普及に大きな期待が寄せられているわけだ。
市と医療機関が協力して健康づくりの重要性を市民に啓発
永井氏は治療だけでなく、「予防」「早期発見」の重要性を訴える啓発活動にも注力している。2025年8月には日立市主催の健康イベントの講演会に登壇し、腎臓の健康維持について講演した。
同イベントは、日立市の保健福祉部 健康づくり推進課の主催で年1回開催されているものだ。日立市と日立総合病院などの医療機関の協力の下、毎年さまざまなテーマで市民に健康づくりの大切さを伝えてきた。
蛭田氏
講演会は立ち見が出るほどの大盛況でした。参加者の多くは高齢者で、ご自身の健康に対する関心の高さがうかがえました。
こう語るのは、日立市の蛭田氏だ。同氏は現在、「次世代未来都市共創プロジェクト」における「デジタル健康・医療・介護の推進」テーマの諸施策を日立の担当者と共に手掛けている。以前は、高齢福祉課に所属しており、長年にわたり高齢者の在宅福祉サービスに取り組んできた。
蛭田氏
日立市は人口減少と高齢化が進んでいて、2025年10月1日時点で市民の高齢化率が34.5%に達しています。約5万5000人の市民が高齢者であり、将来的に、そうした方々を介護するための公的リソースの不足が懸念されます。市民に自己の健康管理を啓発することは、介護予防の観点からも極めて重要な取り組みだと認識しています。

日立と共創しさまざまなデジタル施策を展開
日立市のこうした取り組みに対して、日立は「次世代未来都市共創プロジェクト」の一環としてさまざまな支援をしている。その一つが、市が市民向けに展開する「健康支援アプリを活用した健康意識醸成事業」への技術協力だ。本人同意の下でアプリに登録された健診データをAIで解析し、将来の疾病リスクを予測する仕組みが、実際に市民の健康意識醸成につながっているかを日立のデータ分析によって検証している。
日立の支援は単なるツールの導入にはとどまらない。デジタルに不慣れな市民がこうした仕組みを抵抗なく使いこなせるように、現場での人的なサポートにも深く関与している。共創プロジェクトメンバーである日立の加納は、以下のように指摘する。
加納
アプリのインストールや操作は、デジタルデバイスに不慣れな高齢者にとって高いハードルになりかねません。自身の健康情報を登録することに、漠然とした不安を感じる方も多くいます。こうした不便や不安を解消するには親身なサポートが不可欠です。

本プロジェクトに専念するため日立市に移住した加納は現在、日立市役所に常駐しながら地元の医療機関、介護施設、市民と密に連携して『住めば健康になるまち』の実現に向けて奔走している。こうした地道な活動が進む一方で、前述した通り人口減少と高齢化に伴う課題は年々深刻化しているという。
蛭田氏
市役所や医療現場、介護の現場では今後ますます人財確保が課題となってきます。デジタル化による業務効率化は急務です。
事実、市内唯一の小児科クリニックが2024年に閉院するなど、医療リソース不足の問題は顕在化しつつある。そこで「次世代未来都市共創プロジェクト」は、こうした問題を先取りする形でデジタル技術を活用した医療や介護サービス向上のためのさまざまな施策を始めている。
共創プロジェクトメンバーとして「デジタル健康・医療・介護の推進」テーマの施策を統括する日立の松永は、その具体的な取り組み内容について次のように話す。
松永
小児オンライン医療サービスの提供や、医療機関や介護施設といった患者さんを支える地域の医療介護多職種間の情報連携をデジタルツールで行うモデル事業など、多様な施策を打ち出してきました。すでに多くの成果が挙がっていますが、取り組みはまだ始まったばかりです。今後も新たな施策を投入して、日立市を『住めば健康になるまち』にしたいと思っています。

具体的にどのような施策が動き出し、現場をどう変えているのか。後編では、地域医療を支える「デジタルを活用した多職種情報連携」や「ひたち小児オンライン医療サービス」の詳細、そしてデータ活用の先に見据える健康づくりの未来について掘り下げる。
「医療とデジタルの掛け合わせで地域の健康を守る 日立総合病院の取り組み【後編】訪問看護・オンライン診療「デジタル×現場力」で支える地域医療」はこちら>

永井 恵(ながい けい)
日立総合病院
主任医長 兼 筑波大学附属病院日立社会連携教育研究センター 准教授
日本内科学会総合内科専門医、日本腎臓学会専門医、日本透析医学会指導医。日本透析医学会Green Dialysisワーキンググループ リーダー。国立環境研究所資源循環領域客員研究員。2018年より医療のライフサイクルアセスメントを開始。2019年に総合内科医としてへき地医療を経験して以来、ヒト・モノが限られた地方都市での持続可能な腎臓医療の構築をアカデミックな視点からめざしている。

蛭田 直美(ひるた なおみ)
日立市
共創プロジェクト推進本部 課長(健康・医療・介護担当)
1990年に日立市役所に入所。窓口業務、高齢者福祉に携わった後、2025年より現職。

松永 権介(まつなが けんすけ)
株式会社日立製作所
社会イノベーション事業統括本部 ウェルビーイングソサエティ事業創生本部 ウェルビーイングソサエティ第一部 部長
兼 ひたち協創プロジェクト推進本部 デジタル医療・介護推進センタ 副センタ長
2000年日立製作所入社。産業系IT営業を担当後、2007年にグループ公募で省エネエンジニアに社内転職。社会イノベーション事業推進や新規事業開発を経て、2020年から2年間大阪万博協会に出向。2022年復職後から現職。

加納 秀弥(かのう しゅうや)
株式会社日立製作所
社会イノベーション事業統括本部 ウェルビーイングソサエティ事業創生本部 ウェルビーイングソサエティ第一部
兼 ひたち協創プロジェクト推進本部 デジタル医療・介護推進センタ 市役所常駐者
2023年日立製作所入社。産業系のアカウント営業を担当。2024年より現職。




