急速なビジネスモデルの変化と深刻化する国内エンジニア不足を背景に、多くの日本企業が変革を迫られている。日立グループの中で、長年「モノづくり」を支えてきた日立情報通信エンジニアリングもその一社だ。
同社が選択したのは、単なるオフショア開発ではない。2021年、日立製作所(以下、日立)がグループに迎え入れたGlobalLogicとの協創だった。「デザイン主導」や「アジャイル開発」を自社に取り込む試みだが、確実性を重んじる「日本流」とスピード優先の「グローバル流」は容易に相いれない。
両社はいかにして混乱を乗り越え、双方の強みを生かすプロセスにたどり着いたのか。日立でLumada戦略を推進する福島真一郎氏をナビゲーターに交え、日立情報通信エンジニアリングの中野俊夫社長と、GlobalLogicルーマニアをVice Presidentとして率いるMarius Vanca(マリウス・ヴァンカ)氏がグローバルリソースを戦略的に活用した変革の実像を語った。
エンジニアリングとネットワーキングの二軸
日立情報通信エンジニアリングは、売上高約722億円(2024年度)、従業員約3,000人を擁する日立グループのエンジニアリング会社だ。事業の柱として、受託開発を手掛ける「エンジニアリング」とネットワークSIを担う「ネットワーキング」を展開している。
「私たちはGlobalLogicと似た受託開発の事業を持っています。一方のネットワーキングは、日立グループ28万人の認証システムやセキュリティシステムの構築なども手掛けています」と中野氏は説明する。

中野俊夫氏(日立情報通信エンジニアリング 代表取締役 取締役社長)
事業は自動車やヘルスケアなど多岐にわたるが、同社の真価はミッションクリティカル領域にある。「警察や消防向けの通信システムを担っています。いつ通報があっても必ず受け、絶対に止めない。つないだ電話は切ってはいけない。そうしたミッションクリティカル性の高い領域を支えてきました」。中野氏の言葉からは、社会インフラを支えてきた矜持(きょうじ)がにじむ。
「モノ売り」の限界と国内人財不足の二重苦
日立情報通信エンジニアリングが直面する課題は、日本の製造業に共通する。通信機器やサービス市場で機器売りからサービス提供への転換が加速する中、同社もその波への対応を迫られていた。中野氏は市場の変化をこう語る。
「ハードウェアを売るというモデルはかなり以前に過去のものとなりました。今はサービス化やリカーリング、あるいはクラウドのような月額課金へと、ビジネスモデルそのものがシフトしつつあります」
もう一つの課題がエンジニア不足だ。毎年100人規模の採用を続けるが、中野氏は「近い将来、特にデジタル系人財の不足は深刻になる」と危惧する。
ハードウェア領域を出自とする同社にとって影響は甚大だ。「だからこそ、ハードウェアへの造詣が深いGlobalLogicと組むことが、最も合理的かつ効率的だと判断しました」
福島氏は文化の側面からも、日立情報通信エンジニアリングの課題を指摘する。「堅実なモノづくりを是とするハードウェア企業ですが、変革の時代においてはその文化が時に足を引っ張ることもあります」。モノ売りの限界と人財不足、そして変革を阻む文化の壁。これらをまとめて突破する起爆剤として、GlobalLogicとの協創は不可欠だったという。

福島真一郎氏(日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 経営戦略統括本部 Lumada & AI戦略本部 Lumada Collaboration LIHT Director 日立認定デザインシンキング・イニシアティブ(プラチナ))
コスト削減ではない、戦略的パートナーの選択
「グローバルリソースの活用」と聞くと、多くの経営者は「コスト削減」を思い浮かべるだろう。しかし、中野氏がGlobalLogicに求めたものはそれとは異なる。
「重視したポイントは主に3つです。1つ目はGlobalLogicが持っている先進性。開発スピードが非常に速く、クオリティーが高く、性能の良いものを作れる。2つ目はUXデザイン力です。私たちだけではどうしても機能優先になりがちなUIを、GlobalLogicはユーザー視点の洗練されたデザインへと昇華できます。SaaSなどのクラウド型ビジネスにおいて、UXは競争力を左右する極めて重要な要素です。3つ目は、トランスフォームするときに長く組める相手、一緒に伴走してくれるパートナーとしての信頼です」
GlobalLogic側の視点を、ヴァンカ氏はこう説明する。「このパートナーシップの本質は、コストの最適化ではなく相互補完です。日立情報通信エンジニアリングにはドメインナレッジと品質、信頼性を重んじる文化があります。GlobalLogicはデザイン主導の思考、クラウドネイティブなエンジニアリング、アジャイル開発のマインドセットを提供できます」

MariusVanca氏(GlobalLogic Engineering部門 Vice President)
福島氏は当初、GlobalLogicをデジタルやデザインに特化した企業と捉えていたが、ハードウェア開発の現場文化との親和性には慎重な見方をしていたと話す。しかし、この事例を通して「日立情報通信エンジニアリングのようなハードウェアに近い会社とも融和できる土壌を持っている」と確信を得たという。
協創の第一歩 PBXのクラウド化に挑む
両社の協創を具現化する最初のプロジェクトとして選ばれたのが、PBX(構内交換機)をクラウドで統合管理する「SaaS型統合運用管理プラットフォーム」の開発だった。
PBXは企業や施設内の内線電話システムを制御する装置で、病院、ホテル、学校など多くの現場で使われている。日立情報通信エンジニアリングが手掛けるPBXは、警察や消防といった領域で培った技術が投入されており、信頼性の高さに定評がある。
中野氏には、この製品を次世代のテレコムサーバへと進化させる構想があった。「これまでは専用のハードウェア(独自仕様)に依存した製品でしたが、これをソフトウェアディファインド※な形へと転換させたい。ハードウェアの中で動いていた機能を切り出し、クラウドに移管する。それによって物理的な制約を受けず、どこからでもリモートでサービスを利用できる環境を実現したかったのです」
※)専用機器に依存せず、汎用サーバやクラウドで柔軟にシステムを構築・運用できるようにする手法。
開発パートナーには、GlobalLogicのルーマニアチームが選ばれた。クラウドネイティブなアーキテクチャやフルスタック開発に強みを持つチームで、ヴァンカ氏がこれを率いている。
日本とルーマニアをつなぐブリッジ役を担ったのが、GlobalLogic Japanのメンバーだった。言語の壁、時差、文化の違い。これらを乗り越えるために両社にプロジェクトマネジャーとアーキテクトを配置して、定期的なミーティングの場を設けるなどコミュニケーション基盤の構築に力を注いだ(詳細は後編を参照)。
「ハイブリッド開発」という解
開発が始まると、両社は開発プロセスの違いという壁に直面した。日立情報通信エンジニアリングが長年採用してきたのは、要件を固めてから順を追って進めるウォーターフォール型の開発手法。一方GlobalLogicが得意とするのは、短いサイクルで開発とフィードバックを繰り返すアジャイル型だ。
ヴァンカ氏は当初の状況をこう振り返る。「日本の開発文化は、曖昧さを着手前に排除することを重視します。一方、アジャイル開発はある程度の不確実性を受け入れ、反復を通じて解決策を進化させます。十分な構造定義なしにアジャイル開発の柔軟性を適用した際、スコープの肥大化や最終ゴールの見通し低下といった課題に直面しました」
どちらか一方のやり方に合わせるのではなく、両者の強みを生かす方法はないか。試行錯誤の末にたどり着いたのが「ハイブリッド開発」という解だった。
プラットフォームを構成する要素ごとに開発手法を使い分ける。利用者が操作するGUIやクラウド基盤など、柔軟なフィードバックが求められる部分はアジャイル開発で進める。GlobalLogicがこの領域を担当して、「Amazon Web Services」でUI/UXを開発した。
「以前のPBXはコマンドラインベースで操作するシステムであり、決して使いやすいものではありませんでした。そこにWebアプリケーションやクラウドの技術を持ち込み、リモートからアクセスできるユーザーフレンドリーなインタフェースを構築する。それが私たちの役割でした」(ヴァンカ氏)
一方、PBX本体やPBXとの通信制御など、全体像の把握と確実性が求められる部分はウォーターフォール開発で進める。こちらは日立情報通信エンジニアリングが担当した。
両者を疎結合で接続するAPI設計も工夫した。「既存のPBXで動いているものにはできる限り触れず、アドオンで機能を追加できるようにしました。APIを最適化し、GlobalLogicが描く構想を技術的に実装可能な形に落とし込めるかどうか――そこで何度もやりとりを重ねました」(中野氏)

開発の進め方はGlobalLogic流を取り入れた。工数見積もりや課題管理にはGlobalLogicが使用する手法やツールを採用して、「日立情報通信エンジニアリング側が学びながら進めた」(中野氏)という。
仕組みだけでは語れない「人の力」
両社が採用したハイブリッドな仕組みは合理的だが、それだけで成功は約束されない。文化の異なるチームがいかに信頼を築いたのか。そこには設計図には描けない、互いへの尊重があった。
中野氏は今回の協創を「融合」ではなく「融和」と呼ぶ。その真意とは。後編では、融和の実像と具体的な成果、そしてグローバル活用成功の要諦に迫る。
(後編) 日本流の「品質」とグローバルの「スピード」は両立できる 日立情報通信エンジニアリングがつかんだ変革の実像はこちら>
関連リンク




