「【第3回】日立製作所 執行役専務 長谷川雅彦の活用術(前編)」から読む)
マネジメント層の判断を支えるAI
大山
前回、長谷川さんにはAIの進化のスピードについて触れていただきましたが、それに伴ってマネジメント層のビジネススタイルも様変わりしたのではないでしょうか。
長谷川
昨日は、海外のお客さまに向けてプレゼンテーションを行いました。その準備において、お客さまのバックグラウンドに関する情報収集から、プレゼンテーションのアジェンダや資料のスクリプトの作成、さらに完成したスライドをもとにした想定問答の整理まで、AIがすべて、しかも英語で支援してくれました。こうしたスタイルは、いまや私の日常になっています。AIが登場する以前はこれらの業務を何人がかりで、どれだけ時間をかけてやっていたのかを考えると、その効率化のインパクトは計り知れません。
戦略的な判断が、マネジメント層にとって本来もっとも重要な役割です。しかしこれまでは、日々の業務に追われ、判断にじっくり向き合う余裕を確保しづらいことがありました。AIの登場によって、こうした状況は変わりつつあります。業務の一部をAIに任せることで判断に向き合う時間が生まれ、さらにAIが最新かつ広範な情報を集めて提示してくれるようになりました。その結果、マネジメント層の判断は、より客観的で質の高いものへと着実に進化しつつあると思います。

ワークショップの最後に長谷川執行役専務が登壇し、生成AI推進リーダーたちにエールを送った。
AIが幹部に代わってドラフトをレビュー
長谷川
とはいえ、依然として手間と時間を要する業務は少なくありません。実は今日、取材に少し遅刻してしまいましたが、それは、部下が作成した資料を急いでレビューする必要があったからなのです。話を聞くと大山さんは、私の代わりに資料のレビューをしてくれるAIエージェントを開発したのだそうですね。どういったものなのか、大いに期待しています。
大山
今回私が開発した「幹部面会票AIレビュー」は、営業担当者が作成した幹部面会票を、幹部の視点でレビューするAIエージェントです。
幹部面会票とは、日立の幹部がお客さまと面談する際に使用する、面談の目的や論点、背景情報、確認事項などを整理した資料です。従来は営業担当者が作ったドラフトを幹部自身がレビューしていましたが、このAIには、日立製作所の徳永CEO、長谷川執行役専務、馬島執行役常務がレビューで指摘してきたこれまでのコメントを学習させているため、担当者は提出前に幹部の視点を踏まえたブラッシュアップが可能になります。
幹部側からは「レビュー業務が多く、戦略的な業務に十分な時間を割けない」という声があり、一方で営業側からは「幹部が多忙で、レビューしてもらう時間をなかなか確保できないため、予定が遅れる」といった課題が挙がっていました。こうした双方の課題を解消するために開発しました。
今日はよい機会なので、長谷川さんに体験してもらって感想をいただきたいと思います。

幅広く応用が可能なAIレビュー
大山
今、「幹部面会票AIレビュー」に幹部面会票のサンプルを読ませました。すると瞬時に複数のレビュー結果が表示されます。最後に総合評価として「○・△・×」のいずれかが付与され、「○」と評価されたもののみを、幹部へ提出する運用としています。
長谷川さん、AIの評価の観点はいかがですか。

長谷川
「お客さまの経営課題とのつながりが弱いため、具体的な支援策を盛り込みましょう」や「長期的なパートナーシップを意識し、過去の事例を補足しましょう」といった指摘が示されていますが、いずれも幹部の視点を的確に捉えていると感じます。営業担当者はどうしても視点が製品中心になりがちですが、幹部同士の対話ではより俯瞰(ふかん)的な、経営視点の議論が不可欠です。私も若い頃に同じような指摘を受けたことを思い出しました。
また、「雑談の材料が足りません」というフィードバックもありますが、これなどはなかなか高度な指摘だと思います。雑談は場を温めるだけでなく、関係性を作り、結果として対話そのものの質を高めてくれる重要な要素です。
このAIエージェントには、どれだけの量の私たちのコメントを学ばせたのですか。
大山
大量のコメントをイメージされているかもしれませんが、実際に使ったのは、私が「これは大事だな」と判断したものだけで、数としては意外なほど限られています。
選別したコメントをプロンプト化する作業もAIで行っており、誰でも再現できるシンプルな仕組みです。例えば、提案書を対象にした本部長のコメントを学習させることもできますし、用途次第でいかようにも応用することが可能です。今、この仕組みを広く使ってもらうためにAIレビューの開発講座も開催しています。

効率化を越えた効果への期待
長谷川
AIレビューの拡大に期待します。通常、こうした資料は作成者と上長との間で何度もやり取りを重ねて完成させますが、このAIエージェントを使えば、初手から一定水準以上の内容を期待でき、その工数はかなり削減できるはずです。
加えて、これまで初歩的な指摘に費やしていた時間を、担当者とのより本質的な議論に向けられるようになり、資料そのものの質の向上にもつながると思います。幹部面会票において重要なのは、この面談で「何をお客さまに伝えたいのか」という営業担当者自身の「意志」です。AIは情報を上手に整理してくれますが、そこに意志を込めることは人にしかできません。意志に焦点を当てた本質的な議論により資料の完成度が上がり、面談もより実りあるものになるのではないでしょうか。
そして、このAIエージェントは人財育成の効果も期待できると思います。AIが相手であれば、何度でも繰り返し壁打ちを行い、上長の観点を吸収しながら思考を整理できます。そのうえで最後に上長と本質的な議論ができれば、とても効率的で質のいい学びになると思います。
AI時代だからこそ、「意志」が重要
大山
前回、営業職はAI協働型のパートナーシップモデルになるとお話ししましたが、これはマネジメント層も同様で、今後、業務の再定義が必要になると思います。
長谷川
私もそう思います。そしてマネジメント層の業務は、これからますます「判断」に集約されていくでしょう。
判断の材料になる情報は、AIが効率よく集めてくれます。しかし、その先の判断までをAIに委ねるべきではありません。判断を機械に任せきりにすると、企業ごとの思想や価値観が薄まり、結果として競争力も失っていくでしょう。ここでもやはり重要なのは「意志」だと思います。何を選び、何を大切にするのかという意志は、人にしか込めることができません。
私は、意志を磨くものの一つがリアルな体験であり、このAI時代には、リアルな世界での学びがますます重要性を増していくと考えています。先ほどもお話ししたように、AIとの壁打ちは一般化された知見を得るうえで非常に有効ですが、その知見をもとに人と真剣に議論する中で自分の視点が成長していくプロセスは、AIでは得ることが難しいものだと思います。いみじくもAI自身が「雑談」が足りないと指摘したように、リアルな対話の中でしか得られない温度を伴った情報が、判断の軸をチューニングしてくれます。
AIでしっかりと準備をし、リアルな体験に臨み、その体験の中で学んだことの整理に再びAIを使う。この両輪の使い方がマネジメント層の判断の質を高めるうえで、欠かせないものになるのではないでしょうか。

長谷川 雅彦(はせがわ まさひこ)
株式会社日立製作所
代表執行役 執行役専務
CMO 兼 営業統括本部長
1987年日立製作所入社。金融機関向けの情報システム事業や、情報通信事業のグローバル営業部門長、社会イノベーション事業推進本部サービス事業推進本部長、関西支社長などを経て、2020年4月より執行役常務。2025年4月より現職。

大山 友和(おおやま ともかず)
株式会社日立製作所
デジタルシステム&サービス営業統括本部
Executive Strategy Unit フロントサポートセンター チーフプランニングエキスパート
AIアンバサダー
コンサルティング部門にて、営業業務改革、新規事業の立ち上げなどに従事した後、日立コンサルティングにて、基幹業務システム構築などを担当。プロジェクトリーダーとして、システム企画・構築・運用全般を統括。その後、営業バックオフィスを支える業務システム全般を統括。現在、営業部門の生成AI徹底活用プロジェクトの取りまとめとして、講演活動、ナレッジ蓄積、社内コミュニティ運営、人材育成などの取り組みを推進中。




