ITとOT、プロダクトの強みをデータで連携させる、日立製作所(以下、日立)の「Lumada」(ルマーダ)*¹事業の本質に迫る本シリーズ。第二弾の前編では、日立ハイテクがGlobalLogicをパートナーに迎えて次世代プラットフォームの開発に挑んだ背景と、その過程で直面した「品質」に対する思想の違いという大きな壁を乗り越えた軌跡を追った。
2つの文化がぶつかり、真の「協創」関係を築いた両社は、いかにしてその思想を具体的な開発プロセスに落とし込み、変革を実践していったのか。後編では、その核心である「アジャイル型開発」への挑戦とプロジェクトがもたらした成果、そして未来への展望を明らかにする。
*1:Lumada(ルマーダ):日立
パートナーの定義を覆した、GlobalLogicの「協創哲学」
日立ハイテクがめざすのは、半導体業界におけるデータ活用による製造革新とそれを主導するソリューションパートナーへの変革だ。この実現のためには技術や組織の壁を越えた真の「協創」が必要となる。しかし「Lumada Innovation Hub Tokyo」の責任者(Director)を務める福島真一郎氏が「日立の中でも、これができているチームは多くない」と指摘するように道のりは平たんではない。その日立ハイテクの挑戦を、共に歩むパートナーがGlobalLogicだ
前編で触れた通り、日立ハイテクとGlobalLogicの協創は徹底した議論からスタートした。「パートナー企業は、仕様を伝えればその通りに開発してくれる存在」だと認識していた日立ハイテクにとって、GlobalLogicの手法は斬新だったと日立ハイテクの磯口透氏はあらためて振り返る。
「GlobalLogicは、依頼をするだけでは基本的に動きません。私たちとの議論を通じて『本当に実現したいことは何か』を追求して理解し、その答えからベストプラクティスを提案することに徹していました」
GlobalLogicのYuliia Shtukaturova(ユリア・シュトゥカトゥロワ)氏は、「当社は、世界各地のさまざまな業界の企業との協創において、豊富な経験と知見を持っています。その成果としての明確なベストプラクティスを、システマチックな方法論で実現できます。お客さまとの対話から、デザイン思考で課題の本質を可視化してその解決に取り組みます。日立ハイテクとのプロジェクトでも、この手法を採りました」と説明する。
Yuliia Shtukaturova氏(GlobalLogic Senior Vice President & Head of EMEA)
「本物のアジャイル」に覚悟を決めて挑む
こうして議論を重ねた末にコンセプトが固まり、次世代プラットフォームプロジェクトは開発フェーズに入った。ここでも日立ハイテクは、これまでとは違う仕事のスタイルに直面する。GlobalLogicが数々のグローバル企業で実績を挙げている「アジャイル型開発プロセス」の全面的な採用だった。
これまで、要件を固めながら段階的に開発する「ウォーターフォール型」の開発に慣れていた日立ハイテクにとって、アジャイル型開発の全面採用は大きな挑戦だった。磯口氏はこう語る。
「当社はこれまで、アジャイル型開発を全くしてこなかったわけではありません。一部で試験的に採り入れていました。しかし、GlobalLogicのアジャイル型開発プロセスは、正直別次元でした。それを目の当たりにしたとき、この手法を身に付けてプロジェクトを成功させたいという思いとともに、当社の中堅・若手エンジニアを育成するチャンスになると直感しました」
こうしてGlobalLogicのチームが日本に出向き、トレーニングを実施することになった。
異文化が融合する開発現場 両社で汗をかいたからこそ見えたもの
ウォーターフォール型開発は、当初の計画に基づいて要件定義、設計、実装、テスト、運用保守が一方通行に流れる。それに対してアジャイル型開発は、スプリントという短いサイクルの単位で開発して、その都度フィードバックしながら柔軟に見直して最新の技術を加える手法を指す。GlobalLogicのアジャイル型開発プロセスは、何が“別次元”だったのか?
GlobalLogicは、ほぼ毎日、何かのイベントが発生するスピード感を要求した。3カ月間を1つの開発スパンとしながら、その中を「現在の開発」「前回の振り返り」「次の開発の議論」の3つのスプリントに分け、同時進行させる。磯口氏は「全く経験したことがない、衝撃的な開発手法だった」と語る。
シュトゥカトゥロワ氏は、「新しいデジタルソリューションを作るためには、最初から高いレベルの品質を求める従来のOT主導型とは異なるアプローチが必要です。最初は低い品質で仮説を試し、時間をかけて品質を徐々に上げていき、最終的に高いレベルに到達した時点で初めてリリースするという、スピード感と柔軟性を持つアプローチです。初日から固定化された仕様書があるわけではなく、『オンザフライ』で対応することが肝要です」と話す。
日立ハイテクの設計・開発チームからは、こういったGlobalLogicの手法に戸惑いが見られた。ウォーターフォール型のように、日立ハイテク側から一方的に開発の要望を伝えてその通りに作ることを求めてしまうこともあったという。しかしGlobalLogicはその都度ディスカッションを要求し、時に激しい意見の衝突が起きることもあった。
言語の壁もあった。アジャイル型開発は基本的に英語をベースに進められた。日立ハイテク、GlobalLogic双方にファシリテーターを立てて議論を円滑に回すことをめざしたが、何より個々のメンバーがコミュニケーションに意欲的になることが要求された。
まさに「両社が汗をかく」苦労の絶えない道のりだったが、シュトゥカトゥロワ氏は「一連のトレーニングがその後の開発における非常に素晴らしい土台になった」と話す。
福島真一郎氏(日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 経営戦略統括本部 Lumada & AI戦略本部 Lumada Collaboration LIHT Director 日立認定デザインシンキング・イニシアティブ(プラチナ))
福島氏は「変革は、最終的に組織と人が変わらない限り成功しません。今回の協創は、その最も難しい『人を変える』という部分でも大きな一歩を踏み出したのですね。GlobalLogicは日立グループが真の変革を遂げる上で、まさにかけがえのないピースなのだと2人の話を通してあらためて確信しました」と両者の話に深くうなずく。
開発の成功の先へ 進化するプラットフォームが顧客との未来を開く
次世代プラットフォームの開発は2024年7月からスタートし、約半年で第1段階が完了した。特徴は、共通機能を部品化したマイクロサービスアーキテクチャの採用にある。これによって、従来はアプリケーションごとに異なっていた認証やデータ保存先が一元化され、開発者は機器ごとに機能開発に集中できるようになった。結果、開発効率を大幅に向上させた。
またコンテナオーケストレーションによって、データ量や処理性能の拡張も可能になった。ゼロトラストセキュリティの採用で運用の安全性も格段に高まっている。強固なクラウド基盤上にソフトウェアを構築したことで、生成AIなどの最新テクノロジーの能力を最大限に発揮できるプラットフォームに仕上がっており、当初掲げた開発の要件を全てクリアするシステムになったという。
前編で取り上げた「品質保証」についての考え方の違いも、両社の持ち味を組み合わせることで、さらに高い価値を生み出している。すなわち、GlobalLogicが標準フレームワークと最新アプリケーションによる自動化で品質を高め、そこに日立ハイテクの製品出荷基準を満たす品質保証を加えるダブルチェックの考え方で、トータルでの高品質を維持している。
プラットフォーム開発の第1段階は日立ハイテク製品のみに対応した仕様になっているが、2025年からは他社製品との接続や機能拡張の検討に入っている。

磯口透氏(日立ハイテク 理事 兼 ナノテクノロジーソリューション事業統括本部 副統括本部長 兼 事業戦略本部 本部長)
「半導体メーカーは、当社以外の製造装置もたくさん稼働させています。今回の次世代プラットフォームは他社の製造装置にも対応し、工場内の全ての装置をつなぐビジョンを持っており、サードパーティー製のアプリケーションも実行できることをめざします。このことをお客さまに話すと反応がとても良く、高い期待を寄せられています」と磯口氏は話す。
シュトゥカトゥロワ氏も、新しいプラットフォームが提供する価値を高く評価する。「当社は常に、お客さまに提供する価値として『効率化』と『収益化』の2つを追求しています。例を挙げると、今回のプラットフォームの機能には『予知保全(Predictive Maintenance)』があります。装置が壊れる前に前兆を検知し、対応を促すことで設備のダウンタイムを最小化するものですが、製造の遅延を防いで効率化できるため売り上げの向上にもつながるのです」
日立ハイテクとGlobalLogicの協創によって生み出された次世代プラットフォームは顧客との長期的な関係性をもたらし、新たなニーズをタイムリーに採り入れながら進化するだろう。
最後に、ナビゲーターとしてこの対話を見守ってきた福島氏が、今回の協創が持つ本当の意味と日立グループ全体の未来にとっての重要性について熱を込めて語った。
「日立グループはこれまで、製品スペックを高める『性能』の追求に力を注いできました。しかしGlobalLogicがもたらしたのは、『その性能がお客さまのビジネスをどう成功させるか』という『価値』からの視点です。このお客さま視点を日立の中に伝え、デジタルの形で実現するのが彼らなのです」
今回取り上げた半導体業界に限らず、カーボンニュートラルへの対応など企業の課題は多岐にわたる。そして企業は、その解決策を常に求めている。これらの要請には、製品やサービスを個別に改善するだけでは対処できない。顧客の声を聞き、個々のプロダクトをデジタルでつなぎながら共に課題解決を探る必要がある。それはまさに、日立が全社の総力を結集する思想「One Hitachi」に通じる。
「One Hitachiを実現するためのDXドライバーとして、GlobalLogicはお客さまとの対話の先頭に立っています。そして今、その思想や文化を日立グループが吸収し始めています。今回の日立ハイテクのような活動が広がれば、近い将来、日立のIT、OT、プロダクトの強みを掛け合わせる大きな力になると確信しています」(福島氏)
「日立ハイテクとGlobalLogic、文化の壁を越えた挑戦の裏側と「固定観念」からの脱却」はこちら>
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