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日立の大みか事業所は、社会インフラを支える制御システムの開発・製造を担っており、システムにトラブルが生じた際には、迅速に原因の究明、対策の立案にあたります。そして現在、インフラ事業者からの問い合わせに対して、熟練者の暗黙知を取り入れたAIエージェントを業務に適用することで、対応品質の向上を図っています。その挑戦について、日立製作所の高久 欣丈と橋本 薫、そして松本 晃が語ります。

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暗黙知をどのように取り入れたのか

——今回、AIエージェントを適用して進化した「品質保証業務支援ツール」(以下、QA-Assistツール)では、生成AIに鉄道システムの熟練者の暗黙知を取り込んでいるとのことですが、どのような方法で実現したのでしょうか。

画像: 暗黙知をどのように取り入れたのか

松本
新しいQA-Assistツールは、知識DBに蓄積された数万件にのぼる過去の障害対応履歴を活用して、鉄道システムに特化した回答を生成していますが、このRAG(Retrieval Augmented Generation)の仕組みだけでは、実用レベルの回答は生成できませんでした。

そこでまず、数万件の事例データを代表・網羅するよう、大みか事業所の熟練者の皆さんに100件を超える「質問」と「模範回答」のペアを作成してもらいました。次に、そのうちの「質問」だけを生成AIに入力して回答を出力。そして、生成AIの回答について「模範回答」を指標に、熟練者の皆さんに精度を評価してもらい、改善点を抽出しました。さらに生成AIが熟練者のように回答を構築するためのナレッジを加えながら、改善点の修正も含めてプロンプトや全体設計の見直しを行い、検索精度や回答の妥当性の向上を図っていきました。

——なるほど。まず熟練者が作った質問と模範回答のペアに、暗黙知が織り込まれていますし、生成AIの回答に対して行われた評価にも、熟練者の暗黙知が反映されています。

松本
はい。熟練者が作った模範回答には、障害に対する経験者特有の判断基準やマニュアルにない例外処理などが織り込まれており、暗黙知のかたまりと言えます。

さらに机上の精度評価だけではなく、フィードバック機能を持ったデモアプリを作成し、業務適用に耐えらえるか評価をしてもらいました。例えば、模範解答と照合して「必要な情報を取り逃がしている」や「事象や原因、対策はこの説明の仕方が良い」など検索・回答に関するものから、「このエリアには要約を出して欲しい」などUIに関するものまで、熟練者ならではのフィードバックを多角的にもらいました。これにより単なる効率化を越えた、生成AIのインプロセス化に向けた実践的なナレッジを取り込むことができました。

このように熟練者の暗黙知を多層的に取り入れた結果、新しいQA-Assistツールはさまざまな問い合わせに対し、実用に耐え得る精度の高い回答を出力できるようになりました。

OT領域のAI適用に現場との一体感は不可欠

——質問と模範回答のペアを網羅的に作成したり、業務適用まで考えてアプリに対してフィードバックを行うのは、現場は大変だったのではないですか。

松本
通常の業務で忙しい中、生成AI活用プロジェクトのために業務の合間を縫って現場の皆さんが全面的に協力してくれました。OT領域で生成AI活用プロジェクトがなかなか進まないという声をよく耳にしますが、おそらくプロジェクトが滞る大きな要因のひとつとして、現場の理解が得られないまま進めてしまうことや、現場側と開発側の一体感の不足があげられると思います。

画像1: OT領域のAI適用に現場との一体感は不可欠

高久
今回は現場も大きな課題を抱えており、最初からこのプロジェクトを自分事として捉えてくれていたので、一体感をつくる苦労は特にありませんでした。

あえて工夫を挙げるとすれば、プロジェクト開始期に鉄道システムの品質保証部門が抱える課題をAIエージェント開発チームと丁寧に共有する場を設けたこと、その後も、デモを見ながら意見を交換する場を密に設け、現場のあるべき姿を両者で明確化していったことなどが、一体感の醸成に功を奏したのかもしれません。知見を提供してくれた熟練者はもちろん、日頃から生成AIに親しんでいる若手も新しいアイデアを積極的に提案してくれるなど、楽しみながら取り組んでくれました。

画像2: OT領域のAI適用に現場との一体感は不可欠

橋本
現在、鉄道システム領域での適用に向けて最終段階に入った新しいQA-Assistツールですが、今後、電力や上下水道などの制御システムへ、その対象範囲を拡大していきます。今回のプロジェクトは新しいQA-Assistツールの将来の進展に向けて、開発側と現場側、あるいは業務を知る熟練者と生成AIを知る若手をどう融合させるかなど、体制づくりの面でも非常に学びのあるプロジェクトになりました。

さまざまな業務で顕著な成果

——新しいQA-Assistツールは、問い合わせ対応での検索業務の他に、幅広い業務で活用の準備を整えているそうですね。

松本
はい。他に、「分析業務」と「レポート作成業務」を支援するAIエージェントも別途設計しています。

分析業務では、新しいQA-Assistツールが蓄積された障害対応データを多角的に解析します。例えば、今月はどのカテゴリーの不具合の頻度が高かったのか、そのカテゴリーに対して有効だった典型施策など、さまざまな知見を提示し、不具合抑止策の立案をサポートします。

また、お客さまに向けた障害のレポート作成業務では、事象・原因・対策方針などの項目ごとにキーワードを入力すると、新しいQA-Assistツールが過去事例を参照し、自動で文章を生成することで、レポートの迅速な作成を支援します。

画像: 検索業務、分析業務、レポート作成業務を支援。今後もマルチAIエージェント化を推進。

検索業務、分析業務、レポート作成業務を支援。今後もマルチAIエージェント化を推進。

高久
新しいQA-Assistツールを分析業務に適用することで、分析時間を8割以上削減できています。これまで月に一度、不具合分析を行っていましたが、その際には時間をかけて、何十枚もの障害レポートを読み込んでいました。今後は、新しいQA-Assistツールが面倒な数値の集計はもちろん、統計結果に関する見解なども示してくれるので、人は対策の立案に集中できます。

また、レポート作成業務では、ベースになる単票に、例えば「信号機名」、「装置名」、「駅名」などを入力するだけでレポートの下書きが出力され、これにより8割以上の作成時間の削減が実現できています。下書きの文章も専門的かつ読みやすく、速さだけでなくレポートの質も明らかに向上しています。

画像: 分析画面イメージ。根本原因や再発防止策などの示唆まで行う。

分析画面イメージ。根本原因や再発防止策などの示唆まで行う。

広がり続ける新しいQA-Assistツールの将来構想

——今後、大みか事業所では新しいQA-Assistツールをどのように進化させますか。

橋本
現在、問い合わせ対応への適用を進めている新しいQA-Assistツールを、今後は設計工程や試験工程においても熟練者の視点から開発上のリスクや過去事例などの「気づき」を提示することで類似障害を撲滅するなど、品質保証業務をトータルに支援するマルチAIエージェントに進化させたいと考えています。

一般に品質トラブルが頻発する際には、業務負荷の増大により実施すべき対策が形式化し、それにより不具合が生じ、さらに忙しくなり…という、負のループに陥っている傾向があります。一方で、質の高い業務を効率的に実行できる環境を実現できれば、不具合は減り、人は高度な対策の立案に集中でき、さらに不具合は減る、という正の好循環を生み出すことができます。そのために新しいQA-Assistツールを最大限活用したいと考えています。

画像: 広がり続ける新しいQA-Assistツールの将来構想

高久
私たちは新しいQA-Assistツールを、さまざまな社会インフラを支える制御システムの安定稼働を開発・製造拠点の側から強力に支えるツールへと成長させます。

また、新しいQA-Assistツールを大みか事業所が提供する電力や上下水道などの制御システムすべてに展開していく計画も順調に進めています。熟練者の知見継承の停滞やフロントラインワーカーの業務負荷の増大は、OT領域全体に共通する課題です。日立の大みか事業所では、新しいQA-Assistツールのさらなる進化を推進し、社会を支えるさまざまなインフラ設備の安定稼働に貢献していきたいと考えています。

【動画】「暗黙知の継承」 大みか事業所が挑む、生成AIの品質保証業務への適用プロジェクト

画像: - YouTube youtu.be

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画像1: 生成AI活用のフロントランナー
【第9回】社会インフラ制御システムの安定稼働を開発拠点から支える(後編)

高久 欣丈(たかく よしたけ)
株式会社 日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部
品質保証統括本部 インフラ制御システム品質保証本部
本部長 技術士(情報工学部門、総合技術監理部門)

入社以来、大みか事業所にて鉄道運行管理システムの品質保証に携わり、長年にわたりソフトウェアQAの高度化に注力。輸送サービスの安定性およびレジリエンスの強化に尽力。加えて、ハードウェアQAにも関与し、現在は品質保証統括本部の本部長として、鉄道、電力、プラントなど、大みか事業所が担う多岐にわたる社会インフラ制御システムの品質保証全体を監理している。

画像2: 生成AI活用のフロントランナー
【第9回】社会インフラ制御システムの安定稼働を開発拠点から支える(後編)

橋本 薫(はしもと かおる)
株式会社 日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部
インフラ制御システム品質保証本部 制御システムQAセンタ プロセス管理グループ 
グループリーダー主任技師

入社後、医療機器や電力システムなどハードウェア分野における品質保証業務に従事。その後、品質保証業務の改善・合理化を担う業務へと移り、業務負荷が増す現場の中で、効率性と品質の向上を両立できる品質保証業務を追求。現在は主に、生成AIの価値を品質保証業務の中で最大限に引き出すため、業務へのインプロセス化を推進している。

画像3: 生成AI活用のフロントランナー
【第9回】社会インフラ制御システムの安定稼働を開発拠点から支える(後編)

松本 晃(まつもと あきら)
株式会社 日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット
デジタル事業開発統括本部 Data&Design GenAIソリューション&ビジネス GenAIビジネスG
主任技師

入社後は、サーバーおよびストレージ向けの半導体やセンサーの設計に従事。その後、AIの普及を機にデータ分析領域へと軸足を移し、営業データを活用したマーケティング施策の支援や、人財データ分析や施策立案の支援などに携わる。そして生成AIの実用化が進展する現在は、主に生成AI活用の技術開発や導入支援コンサルティングに取り組んでいる。

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