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類似事例の検索に苦労する若手担当者
——今回、日立の大みか事業所においてAIエージェントを適用し、お客さま問い合わせ対応の高度化に大きな成果を上げたとのことですが、このプロジェクトが生まれた背景について品質保証統括本部の本部長 高久さん、聞かせてください。

高久
日立の大みか事業所は、鉄道や電力、上下水道など、さまざまな社会インフラ設備の最適稼働を支える制御システムの開発・製造拠点です。その中で私たち品質保証部門は、設計から出荷まで製品の品質管理はもちろん、システムに障害が起きた際には、お客さまの要請を受け原因究明や復旧支援を行います。
制御システムは社会インフラの安定運用を支える中枢であり、万一障害が発生した場合には、迅速かつ的確な対応が求められ、これまでも私たちは、問い合わせ対応の迅速化に向けた取り組みを継続的に実施してきました。そのひとつが2019年に開発・導入された、言語解析技術を活用した文書検索システム「品質保証業務支援ツール」(以下、QA-Assistツール)です。私たちは原因究明や復旧対策の立案を効率的に行うために、過去の類似事例を参照しますが、QA-Assistツールは、膨大な障害対応履歴DBからの類似事例の効率的な検索を支援します。ただ当時のQA-Assistツールは、熟練者にとってはうまく機能した半面、若手担当者が使いこなしに苦慮する場面も見られました。というのは、単語をベクトル表現したものから類似文章を導き出す仕組みのため、言い回しの違いに対応しにくく、例えば「事故」と「インシデント」など表現が違うだけでヒットしない場合がありました。そのために関連ワードを次々と発想できる熟練者は問題なく利用できましたが、経験の少ない若手担当者は適切なワードを簡単には思いつけず、そのためなかなか求める情報にたどり着けない、という状況が少なくありませんでした。
——品質保証業務の合理化・効率化に携わる橋本さんは、どのような課題を感じていましたか。

橋本
若手がQA-Assistツールをうまく使いこなせない要因のひとつに、業務の知見の継承の遅れがあることは否めません。現場でよく目にするのが、情報の探索に手間取る若手担当者から、一刻も早くお客さまに回答するために熟練者が案件を引き取るシーンです。やむを得ないことなのですが、これだと知見を継承できません。加えて、熟練者が退職を迎えつつある中、ノウハウの属人化を解消する仕組みが必要でした。
高久
たとえば、鉄道運行管理システムの問い合わせは、保守作業を行っている深夜に来ることが多く、常に熟練者が対応可能とは限りません。熟練者が不在の場合には対応が滞るリスクもあり、若手のスキルの底上げは、品質保証部門にとって不可避の課題でした。
どう解決すればいいのか、と悩んでいた矢先に世の中で生成AIが注目を集め始め、社内でも活用プロジェクトがいくつも立ち上がります。これは使えるのでは、とGenerative AI センターの松本さんに相談し、まず鉄道システムの領域で従来のQA-AssistツールへのAIエージェントの適用をスタートさせました。現在は2025年12月の本番稼働に向け、最終段階の実証を進めています。

AIエージェントを適用したQA-Assistツールとは
——AIエージェントを適用した新しいQA-Assistツールとはどのようなシステムなのでしょうか。Generative AI センターの松本さん、教えてください。

松本
新しいQA-Assistツールは、例えば鉄道システム分野であれば、数万件に及ぶ障害対応履歴から、鉄道会社からの問い合わせに対応した類似事例を検索し、その情報に基づく適切な回答の作成を支援するAIエージェントになります。

新しいQA-Assistツール(検索機能)のシステム概要。生成AIを多層的に組み合わせ、問い合わせ対応をさまざまな観点から支援。
——多層的に生成AIが活用されているのですね。具体的に教えてください。
松本
生成AIは回答生成だけでなく、検索結果の最適化、初心者の検索をアシストするレコメンド文の生成にも活用しています。例えば検索のフェーズでは、担当者は検索文を入力しますが、内容が具体性を欠くと求める事例を正確に見つけ出すことは難しくなります。そこで過去事例データに対してAI(機械学習)と生成AIを組み合わせた前処理を行い、レコメンド文DBを作成しました。担当者が入力した検索文に応じて、生成AIがこのレコメンド文DBから複数の検索文をレコメンドし、経験が少ない若手担当者をサポートする仕組みです。この機能は熟練者の皆さんにも、検索の深堀りなどに便利だと好評です。
そして新しいQA-Assistツールは類似事例の検索方法に、従来の「キーワード検索」と、表現は違っても意味が近い文を抽出する「ベクトル検索」を組み合わせた「ハイブリッド検索」を採用し、今回の品質保証業務のデータで検索精度が高まるように、それぞれの検索アルゴリズムの重みを調整しています。さらに、テキストをベクトル化するエンベディングモデルに、鉄道システム領域の言葉の意味を正確に捉えられるようファインチューニングを施しており、これらの取り組みにより検索の精度と網羅性を高めています。
また、ハイブリッド検索によって抽出された類似事例に対して、熟練者の暗黙知を取り込んだ生成AIが改めて検索文と抽出された事例の内容を精査し、リランキングを行います。そして、この精緻化された類似事例の情報をもとに、原因の推定や推奨対策の提案を、熟練者の知見に基づいて生成AIが作成します。

新しいQA-Assistツールの画面イメージ。経験の少ない若手担当者を熟練者の知見できめ細かくサポート。
検索時間の約9割を削減
——実証における新しいQA-Assistツールの成果はいかがですか。
高久
新しいQA-Assistツールでは、レコメンドされた検索文を用いることで、高い頻度でリランキング上位に期待した類似事例が表示されます。そこで提示された熟練者の知見に基づく推奨対策の回答品質も鉄道システムの有識者たちから高く評価されています。最終的な回答は人間が内容を精査した上でお客さまに返しますが、生成AIの自然言語によるわかりやすい助言は、レスポンスの迅速化に大きく寄与しています。
若手担当者が類似事例の検索やお客さまへの回答に苦戦していた状況は、明らかに改善されるでしょう。熟練者やキーパーソンが不在でも1次対応が可能になると考えています。
橋本
定量的な効果として、新しいQA-Assistツールにより検索に要する時間を約9割、削減することができています。これによりお客さまの問い合わせに対して、担当者の成熟度に関わらず質の高い回答を迅速に返せる目途がつきました。
——熟練者の暗黙知を取り込んだ新しいQA-Assistツールは、業務の高度化に大きく寄与しそうです。しかし今回の取り組みでは、生成AIにどのようにして熟練者の暗黙知を落とし込んだのでしょうか。次回、詳しく聞いていきます。
【動画】「暗黙知の継承」 大みか事業所が挑む、生成AIの品質保証業務への適用プロジェクト
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高久 欣丈(たかく よしたけ)
株式会社 日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部
品質保証統括本部 インフラ制御システム品質保証本部
本部長 技術士(情報工学部門、総合技術監理部門)
入社以来、大みか事業所にて鉄道運行管理システムの品質保証に携わり、長年にわたりソフトウェアQAの高度化に注力。輸送サービスの安定性およびレジリエンスの強化に尽力。加えて、ハードウェアQAにも関与し、現在は品質保証統括本部の本部長として、鉄道、電力、プラントなど、大みか事業所が担う多岐にわたる社会インフラ制御システムの品質保証全体を監理している。

橋本 薫(はしもと かおる)
株式会社 日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部
インフラ制御システム品質保証本部 制御システムQAセンタ プロセス管理グループ
グループリーダー主任技師
入社後、医療機器や電力システムなどハードウェア分野における品質保証業務に従事。その後、品質保証業務の改善・合理化を担う業務へと移り、業務負荷が増す現場の中で、効率性と品質の向上を両立できる品質保証業務を追求。現在は主に、生成AIの価値を品質保証業務の中で最大限に引き出すため、業務へのインプロセス化を推進している。

松本 晃(まつもと あきら)
株式会社 日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット
デジタル事業開発統括本部 Data&Design GenAIソリューション&ビジネス GenAIビジネスG
主任技師
入社後は、サーバーおよびストレージ向けの半導体やセンサーの設計に従事。その後、AIの普及を機にデータ分析領域へと軸足を移し、営業データを活用したマーケティング施策の支援や、人財データ分析や施策立案の支援などに携わる。そして生成AIの実用化が進展する現在は、主に生成AI活用の技術開発や導入支援コンサルティングに取り組んでいる。