*¹ ATOS:Autonomous Decentralized Transport Operation Control System
国内初、鉄道運行管理システムにおける生成AI活用へ
——まず、今回の共同検証の概要を聞かせてください。ATOSの開発方針策定など全体とりまとめに携わるJR東日本の小澤さん、お願いします。
小澤 護(おざわ まもる)氏
東日本旅客鉄道株式会社
鉄道事業本部 モビリティサービス部門 次世代輸送システムサービスセンター(ATOS) マネージャー
小澤氏
首都圏は2~3分間隔で列車が走るきわめて高密度な線区です。このエリアを走る列車を安全、正確に運行させるための仕組みが「東京圏輸送管理システム (ATOS)」で、世界最大規模の鉄道運行管理システムになります。指令室では指令員がATOSで列車の全体状況を把握しながら、1日に数百万人が利用する首都圏の主要線区を統括、制御しており、当然のことながら、ATOSに障害が発生した際には一刻も早い復旧が求められます。
今回の共同検証は、ATOSのトラブル時、早期復旧に向けた対応においてAIエージェントの活用をめざすもので、大規模な鉄道運行管理システムでの生成AIの活用は国内で初めての試みになります。
——現時点では、障害が起きるとどのように対応しているのですか。ATOSの運用・保守を担当しているJR東日本の鈴木さん、教えてください。
鈴木 久志(すずき ひさし)氏
東日本旅客鉄道株式会社
首都圏本部 鉄道事業部 電気ユニット(システム/システム管理)
鈴木氏
信号保安システムの運用・保守を行っている指令員が、基本的に鉄道運行管理システムの障害復旧も主導します。ATOSに障害が生じると画面にアラートが表示されますが、指令員はアラートに基づきマニュアルや障害対応履歴から原因と対応方法を調査し、関連部署に必要な作業を指示します。しかしマニュアルなどでは解決できない特別なノウハウが要求されるケースも少なくなく、そうした場合、システム保守の有識者に問い合わせることになり、復旧までに時間を要することがあります。
——指令員の判断を支援するために、AIエージェントと組み合わせる生成AIにどのようなデータを学習させるかが重要になりそうです。輸送システム変革グループのリーダーであり、ATOSの保守にも精通するJR東日本の渡辺さん、いかがでしょうか。
渡辺 和昭(わたなべ かずあき)氏
東日本旅客鉄道株式会社
電気システムインテグレーションオフィス プロジェクト推進部 輸送システムユニット 輸送システム変革グループリーダー マネージャー
渡辺氏
ATOSはJR東日本が日立の支援で開発・構築したシステムであり、運用・保守についても稼働以来、24時間365日体制で支援いただいています。したがって今回の共同検証ではJR東日本が持つシステム仕様書や障害対応履歴などに加えて、日立が保有する障害対応マニュアルや障害報告書など両社の知識資産を統合して取り込み、鉄道運行管理に特化したLLMを開発します。そして、このLLMと熟練者の思考プロセスを再現したAIエージェントを組み合わせることで実際に指令員の対応工数や時間を削減できるよう、今回の検証では改善サイクルを回していきます。
豊富なOTのナレッジと生成AI活用の先進ノウハウ
——ATOSのような重要な社会インフラシステムにおける生成AI活用の検証は、日立としても身が引き締まります。日立の田村さん、森さん、いかがですか。
田村 尚隆(たむら ひさたか)
株式会社 日立製作所
AI & ソフトウェアサービスビジネスユニット AI CoE Generative AIセンタ ワンストップサポートサービス 主任技師
田村
日立は、これまでJR東日本を支援してきたOT(運用制御技術)分野の豊富なナレッジと、1,000件以上のユースケースを通して培った生成AI活用についての深い知見、さらにデータと知見を価値に変えるLumada のアプローチを組み合わせて、“One Hitachi”で目的の達成に向けて挑んでまいります。
森 太郎(もり たろう)
株式会社 日立製作所
鉄道ビジネスユニット 国内営業統括本部 JR部 部長代理
森
JR東日本は、安全を経営のトッププライオリティとして掲げています。私たち日立は、ATOSのAIエージェントの実現について、安全を損なう要素は妥協せず排除し、輸送サービスの安心、安全を高めるツールとして完成させることを肝に銘じて検証に取り組んでいきます。
今回の共同検証では鉄道制御システム向けAIエージェントで、故障対応工数・時間の削減をめざす。
大規模で複雑なシステム、ATOS
——今回のJR東日本と日立の共同検証は、首都圏の生活に直結する取り組みですね。
小澤氏
おっしゃる通りです。列車の安全な走行は、信号機やマニュアルなどの保安装置の正確な制御によって守られていますが、首都圏の主要路線における信号機・ポイントを、ダイヤデータと列車の位置データに合わせて自動制御しているのがATOSです。また、駅でお客さまに列車の発車予定時刻などをお知らせする電光掲示板や駅構内の自動放送などもATOSによって管理されています。
そして、何らかの理由でダイヤに乱れが生じた際、指令員は、時間調整や運休など列車の運転整理を行い、迅速な正常化をめざし、ダイヤデータの変更をATOSで行います。変更内容は列車の乗務員や駅員にリアルタイムに共有されるとともに、信号機・ポイントの制御に自動で反映され、さらにお客さまには駅の電光掲示板で遅延時間などをお知らせします。
このようにATOSは、首都圏の安全で持続可能な列車運行の基盤であり、私たちは今回の共同検証を通して、ATOSの信頼性をさらに高めたいと考えています。
——そもそもATOSは、どのような背景から開発されたのでしょうか。
渡辺氏
システム化される前の鉄道では、信号機やポイントは各駅に配置された係員が、手動で操作していました。特に首都圏は駅数も列車本数も多く、始発から終電まで係員が一本一本列車の進路制御を行うことは業務負荷が高く、同時に、相当な数の人員を確保する必要がありました。
さらにダイヤに乱れが生じた際、今なら指令室のモニターで全列車の動きを把握できますが、当時、指令員は各駅に電話で問い合わせるしか列車状況を知る術がなく、ダイヤの回復に多大な時間を費やしてしまうこともありました。
こうした状況を打開するために、首都圏における列車の自動進路制御を実現するプロジェクト——すなわちATOSの開発が1990年頃からはじまります。自動進路制御の仕組み自体は当時すでに存在し、地域によって導入が進んでいましたが、首都圏の列車本数は非常に多く、それらをリアルタイムに集中処理できる強力な計算能力のコンピューターは存在しませんでした。そこで、自動進路制御の対象とする駅に、コンピューターを分散して配置する設計となるATOSの開発・構築が日立の支援で進み、1997年、ATOSは稼働を開始しました。
——具体的なお話を聞いて、ATOSがいかに大規模で複雑なシステムなのか、よくわかりました。
鈴木氏
ATOSの導入によって指令員による一元的な運行管理が実現し、安定した輸送サービスを、お客さまに効率的にお届けできるようになりました。
ただ一方で、おっしゃる通りATOSは数多くの機器が複雑に組み合わされたきわめて大規模で複雑なシステムであり、稼働後はそれゆえの課題が徐々に顕在化します。
——次回は、現在のATOSの運用管理における課題についてお聞きしていきます。
JR東日本×日立:【第2回】大規模システムであるがゆえの保守の難しさはこちら>