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長い期間、互いの“言葉”が通じず、すれ違いに悩んだ日立インダストリアルプロダクツとGlobalLogic。製造現場とデジタル、正反対の文化を持つ両社が壁を乗り越え、真の協創へと至る背景には経営陣と現場の強い「覚悟」があった。

(前編) 「110年の伝統」をデジタルでつなぐ 巨大ダンプトラック用モータの製造現場が進める協創DXの舞台裏 はこちらから>

日立製作所(以下、日立)の創業の地であり、110年の歴史を持つ日立事業所を拠点とする日立インダストリアルプロダクツ(以下、日立イプ)。前編では、同社が「モノ売り」の限界に直面し、「コト売り」への変革に向けてGlobalLogicとの協創プロジェクトに踏み出すまでの経緯を紹介した。

しかし、歴史ある製造現場の常識と最先端のデジタルの流儀はすぐにはかみ合わず、プロジェクト開始当初は具体的な進展を見いだせない日々が続いたという。両社はいかにして文化の壁を乗り越えて真の信頼を築いたのか。前編に引き続き、日立イプの吉成良孝氏と遠藤幹夫氏、GlobalLogicの沖田康子氏、そして日立でLumada(ルマーダ)※戦略を推進する福島真一郎氏に聞く。
※)Lumada(ルマーダ):日立

「理解できなかった」 協創の幕開けに直面した戸惑い

2024年5月、GlobalLogicの多国籍のエンジニア含め約5人が世界各地から来日し、日立事業所に集結した。

日立イプがGlobalLogicとの協創でめざしていたのは、前編でも触れた「鉱山用ダンプトラックのモータの稼働データから異常予兆を診断して、最適なタイミングで保守を提案する仕組み」の構築だ。こういった構想の青写真を伝えた上での打ち合わせだったが、初回は遠藤氏にとって予想外の展開となる。

画像: 日立イプとGlobalLogicの打ち合わせの様子

日立イプとGlobalLogicの打ち合わせの様子

画像: Lumadaと挑む協創の最前線
【第5回】「安定は衰退の始まり」――歴史ある企業を変えた現場と経営の“覚悟”とは 協創DXの舞台裏(後編)

「正直なところ、当初は彼らの説明が全く理解できませんでした。さまざまな事例を紹介してもらったものの、提示された手法が当社の『やりたいこと』にどう結び付くのか、具体像が描けなかったのです」

原因は言語の壁ではない。物理現象を扱う「モノづくり」の専門用語と、ソフトウェア開発の概念というバックボーンの違いによる“共通言語”の欠如が、深い溝となっていた。GlobalLogicが何を成し遂げられるチームなのかを把握できぬまま、時間だけが過ぎた。

この状況を、沖田氏は「ある程度は想定内だった」と振り返る。「日本の製造業と、海外のソフトウェア企業の間には構造的なギャップがあります。なぜなら、前者の『品質と安定を重視する』という前提と、後者の『スピードと変化を前提とする』という思想が根本的に異なるからです。GlobalLogicにとって、日本の製造業を理解する上で現場を五感で知ることは不可欠です。人とモノ、物理事象を肌で感じる。初期段階では論理的な理解より先に、顔を突き合わせて同じ熱量を持つことに意味があると考えていました」

画像: 沖田康子氏(GlobalLogic Sales部門 Associate Vice President)

沖田康子氏(GlobalLogic Sales部門 Associate Vice President)

一方で遠藤氏は、GlobalLogicのエンジニアたちが製品に対して示した純粋な好奇心に、一つの手応えを感じていた。「日立事業所に海外から最先端のデジタル人財が訪れること自体が珍しいことです。私たちが扱う製品を理解しようと熱心に見つめ、大量の質問を投げかけてくれました。その真摯(しんし)な姿勢は非常にありがたかったですね」

しかし視察後の数カ月、プロジェクトはGlobalLogic日本法人へ引き継がれ、国内での対話を中心に検討が進められたものの、一時的に足踏み状態となった。異なる前提や開発アプローチを持つ組織間の連携には工夫が求められる。そこで沖田氏は、GlobalLogicのシナジー活動を支援する日立とも連携しながら、最適な推進体制の構築に取り組んだ。状況を見極めながら現地への訪問も重ね、遠藤氏と密に連携して次の突破口に向けた方向性を模索し続けた。

ポーランドでの対話が開いた突破口キーワードは「融合」ではなく「融和」

膠着(こうちゃく)状態を打破したのは、日立イプの強い「覚悟」だった。2024年11月、日立イプは自社であらためて課題と今後の進め方を整理。その上で、翌12月、次なるステップとしてポーランドにあるGlobalLogicの開発拠点へ若手エンジニア2人を派遣した。この現地でのワークショップが、プロジェクトを加速させる転機となる。

「GlobalLogicのエンジニアたちは、事前に専門文献まで読み込んでダンプトラックの構造を深く研究していた、と現地を訪れたメンバーから報告を聞いて大変驚きました」と遠藤氏は振り返る。「モータの設計思想を深く理解し、対等に議論できる人財は産業界全体を見渡してもそう多くはありません。これは工場視察のときにも感じたことでしたが、彼らが当社のプロダクトを本気で理解しようとする姿勢が伝わってきました」

画像: 遠藤幹夫氏(日立インダストリアルプロダクツ 電機システム事業部 ドライブシステム本部 副本部長 ドライブ設計部 部長)

遠藤幹夫氏(日立インダストリアルプロダクツ 電機システム事業部 ドライブシステム本部 副本部長 ドライブ設計部 部長)

沖田氏は、このプロジェクトのために機械工学のバックグラウンドを持つエンジニアをアサインしていた。さらには、GlobalLogic Japanからも建設機器の知見を持つメンバーがプロジェクトに入り、日本のモノづくりや文化の「翻訳者」として文脈のズレを埋めた。これは、GlobalLogicが日立イプのプロダクトを理解して、同社と対話をする上で大きな助けになった。

日立イプ側の熱意もGlobalLogicのメンバーを突き動かした。沖田氏は当時をこう振り返る。
「日立イプの皆さんがポーランドまで足を運んでくださったこと自体、日本の製造業としてはまれな歩み寄りの姿勢だと感じました。ベンダー選定前にわざわざ欧州まで来てもらうからには、GlobalLogicが本来得意とする現在の悩みを超えた『潜在的な課題』を解決すべきだと考え、過去のさまざまな成功事例を解き明かして全力で準備を進めたのです」

なぜ、いちソフトウェア企業が製造業の核心に踏み込めるのか。沖田氏は、その独自のアプローチを解説する。「私たちは単なる業務効率化ではなく、ビジネス変革や新たな価値創造に主眼を置いています。プロダクトの最上流に入り込んで、現場の思想を理解した上で実装まで一気通貫で完結する。顕在化した課題だけでなく、潜在的な課題をいかに引き出すか。そのために、事前の徹底した調査・分析や現場観察にリソースを割くのが当社の流儀です」

福島氏は、表面的には進展がないように見えた停滞期こそが、不可欠なプロセスだったと分析する。「異文化組織の融合には、技術論以前にマインドセットの変容が必要です。現場の熱量とデジタルの技術をシームレスに融合させられたことが、プロジェクトの成否を分けたのでしょう。停滞していたかのように見えた日々は、双方の思いと覚悟を摺り合わせ、信頼を築く『熟成期間』だったのではないでしょうか」

画像: 福島真一郎氏(日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 経営戦略統括本部 Lumada & AI戦略本部 Lumada Collaboration LIHT Director 日立認定デザインシンキング・イニシアティブ(プラチナ))

福島真一郎氏(日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 経営戦略統括本部 Lumada & AI戦略本部 Lumada Collaboration LIHT Director 日立認定デザインシンキング・イニシアティブ(プラチナ))

「別にGlobalLogicでなくても作れる」 言葉の裏にあった真意

では、その「熟成期間」を経た両社でどのような議論が交わされたのか。「異常予兆を診断する仕組み」を実現するための第一歩として、協創のテーブルに上がったのはダンプ用モータの「劣化状態の可視化」だった。

実は日立イプは長年の研究から「どのデータを取れば劣化の予兆が分かるか」という独自の技術ロジックをすでに持っていた。しかし、ワークショップで「このロジックを使って劣化状態を可視化してほしい」と要望する同社に対し、GlobalLogicのエンジニアはこう言った。

「やり方がそこまで決まっているなら、別にGlobalLogicでなくても作れるのではないか」

突き放すような言葉には理由があった。彼らは事前にダンプトラックの使われ方を深く理解し、「顧客にとっての真の価値は何か」を考え抜いていた。だからこそ、単なるデータの羅列ではなく「顧客が価値を感じる見せ方(UI/UX)はどうあるべきか」という本質的な議論を投げかけたわけだ。

日立イプはこのやり取りを機に、単なる開発会社ではないGlobalLogicの真価に気付くことになる。日立イプには精緻なロジックこそあっても、それを現場にとって使いやすい画面にどう落とし込むかというノウハウはない。GlobalLogicからの顧客視点の逆提案は、まさに日立イプが求めていたピースだった。

沖田氏は、互いの知見を生かしながら確実な一歩を踏み出すために「3カ月単位で目に見える成果を出す」というアジャイルな開発アプローチを提案した。日立イプのロジックを基に、GlobalLogicのエンジニアが顧客視点での見せ方を徹底的に議論して素早く形にする試行錯誤を繰り返す。これは「ソフトウェア開発の進捗(しんちょく)が見えにくい」という日立イプの不安も払しょくできる手法だった。

こうして協創は一気に加速した。ポーランドでの初回のワークショップから3カ月後の2025年3月には、モータの劣化状態を可視化する画面のプロトタイプが完成。さらに同年9月、3回目のポーランド訪問時のワークショップでは、生成AIの実装イメージを共有する段階まで進展した。今後GlobalLogicとしては、日立グループの重点領域であるフィジカルAIの領域も主導していく計画だという。

アジャイルとウォーターフォールの「いいとこどり」

着実に改善を積み上げる「モノづくり」の流儀と、スピードと試行錯誤を重視する「デジタル」の開発手法。この埋めがたいギャップを、両社はどう乗り越えたのか。沖田氏は、その鍵を「段階的な期待値の調整」に置いた。

「短期間でプロトタイプを試作して成果を可視化する。しかしアジャイルを一方的に押し付けるのではなく、日立イプが慣れ親しむウォーターフォールのように合意事項を議事録に残してステップをきっちり踏むハイブリッド型の手法を採りました。製造業での実績が豊富なGlobalLogicの欧州チームは、こうした異なる文化を橋渡しする知見を強みとしています」

この進め方について福島氏は「GlobalLogicが日立イプの文化を理解し、歩み寄った結果」と評する。「アジャイルの即応性と、ウォーターフォールの確実性。この“いいとこどり”こそが伝統的な現場にデジタルを浸透させる突破口となりました。手法を否定せず、最適解を模索して溝を埋める。これこそが真の『協創』の姿です」

物理アセットを「デジタル資産」と結び付け日本の製造業の強みに

両社が取り組む「劣化の可視化」は、壮大なビジョンの入り口に過ぎない。遠藤氏は、その先の展望をこう明かす。

「議論はすでに実用化フェーズにあり、大みか事業所が手掛けるインバータなどのエッジ端末にAIを搭載することも検討しています。AIが摩耗状態をリアルタイムで判断して、モータを自律的に制御する。熟練工の目がなくても常に最適な状態で稼働し続ける未来を視野に入れています」

吉成氏もまた、次なるフェーズへのビジネス展望を描く。「さらなる付加価値の鍵は、『フィジカルAI』にあります。これは単に製品を進化させることではなく、売り切りからリカーリングへの『収益構造の転換』です。今回鉱山用ダンプトラックで確立するモデルを、ゆくゆくは鉄道や風力発電など当社が支える他の社会インフラ事業にも横展開したいと考えています」

画像: 吉成良孝氏(日立インダストリアルプロダクツ 常務取締役 電機システム事業部 事業部長)

吉成良孝氏(日立インダストリアルプロダクツ 常務取締役 電機システム事業部 事業部長)

本協創は日立が掲げる「Lumada 3.0」の象徴でもある。福島氏は、グループ全体における意義を「熟練工の知見をAI化する、全社変革の先陣を切る事例です。歴史ある日立事業所が意識変革を遂げた意義は大きく、最前線で汗をかいた日立イプの挑戦は日立グループの各社に『自分たちも変われる』という大きな刺激を与えるはずです。これこそが“One Hitachi”が掲げる新たなモノづくりの形であり、その何よりの証明になるでしょう」と強調する。

さらに遠藤氏は、同じように変革の壁に直面している企業に向けてこう言葉を送る。「当社は今日まで、『結果は後からついてくる』という勢いで挑戦してきました。物理アセットは足かせと捉えられがちですが、デジタルと正しく結び付ければ、他社が決してまねできない最強の武器に変貌します。私が現場のメンバーに常に伝えているのは『安定は衰退の始まりだ』ということ。一歩を踏み出すマインドが何より大事なのです」

現場の挑戦を後押しする吉成氏も、トップとしての信念を口にした。「重要なのは経営側の『覚悟』と現場に任せる『忍耐』です。自分たちが長年培ってきたアセットや人財のノウハウという価値を、デジタルでしっかりと次代へ継承する。これこそが、私たちが生き残るための道なのです」

停滞を越えて固い信頼で結ばれた両社は今、AIを活用した価値創出の新たな地平へ歩み始めた。物理アセットを「デジタル資産」に再定義する挑戦は、日本の製造業が進むべき道を明るく照らし出している。

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