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組織の肥大化に伴い、意思決定のスピードが求められる場面が増える中、日立の開発部門が挑んだのは部長級自らがスクラムに則って活動する「Executive Action Team」(EAT)を組成するという斬新な取り組みだった。本稿では、なぜ開発現場だけでなく「組織変革」にスクラムが必要だったのか、その裏にはどのような課題と決断があったのか――リーダー層が承認者から「実行者」へと変わり、組織変革を進める軌跡を追う。

【日立のスクラム導入~現場変革編~】はこちら>

技術革新や地政学リスクなどによって、一夜にして市場環境が激変する「不確実性の時代」。企業の持続的な成長には、変化に素早く追随できる俊敏さと柔軟さが不可欠だ。しかし、歴史ある大企業ほど組織の肥大化に伴って意思決定プロセスが複雑になり、環境変化への対応が後手に回りがちだという現実がある。

日立製作所(以下、日立)は、こうした意思決定の遅れへの危機感から「変化に強い組織」への変革を推進している。その取り組みで特筆すべきは、リーダー層が自ら実行者となっている点。そしてソフトウェア開発のフレームワークとして知られる「アジャイル型開発」の手法を適用している点だ。従来の枠組みにとどまりがちだったプロセスを壊して、真の自律型組織への道を切り開くリーダーたちの挑戦に迫る。

「意思決定の遅れ」を打破する、部長級スクラムチーム「EAT」

約4000人を擁し、ソフトウェアプラットフォーム製品を幅広く手掛ける日立のマネージド&プラットフォームサービス事業部。その中で、ストレージ管理ソフトウェアなどの開発中核を担うのが「HMAX&AIプラットフォーム本部」だ。

同本部のストレージ管理ソフトウェア開発部長を務める小林正和(以下、小林(正))は、日々のマネジメント業務を預かると同時に、もう一つのユニークな顔を持っている。本部全体の組織変革をリードするチーム「Executive Action Team」(以下、EAT)のプロダクトオーナーとしての顔だ。

小林正和
日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット マネージド&プラットフォームサービス事業部 HMAX&AIプラットフォーム本部 ストレージ管理ソフトウェア開発部 部長

EATは、同本部の本部長および部長クラスの約5人で構成され、本部の業務改革を推進するための多様な施策を検討して実行している。組織変革を推進するための専門組織を設ける企業は多いが、EATがユニークなのはアジャイル型開発手法の代表的なフレームワーク「スクラム」にのっとって運営されている点にある。

スクラムはソフトウェア開発プロジェクトの運営手法として知られているが、EATではソフトウェア製品の開発だけでなく、組織変革にも適用。アジャイルコーチである小林健輔(以下、小林(健))と海野恵理を「スクラムマスター」として迎え入れた上で、リーダー層自身が「プロダクトオーナー」や「開発者(メンバー)」といったスクラムのロールを担って活動している。開発手法であるスクラムを、なぜ組織変革に導入したのか。

「開発現場だけがアジャイルでも意味がない」 組織変革の起点

出発点は、長年現場で用いられてきた開発プロセスへの課題意識だった。

「もともと本部の開発現場は、ウォーターフォール型やイテレーション型を取り入れていました。決められた機能を納期とコストを守って開発するには適していますが、現場が『与えられた要件に基づき開発する』ことに慣れ切って、成長の機会が奪われていると感じていました。エンジニアが変化に触れて刺激を受けて、やりがいを感じる環境を作るにはアジャイル型への移行が必要でした」(小林(正))

これを実現するため、小林(健)と海野の伴走のもと、ある開発プロジェクトにスクラムを導入。エンジニアのマインド向上や課題の可視化といった定性的な成果が早々に得られた。だが、真に「変化に強い組織」を作るには、開発現場のアジャイル化だけでは限界がある。小林(健)は当時の思いをこう語る。

小林健輔
日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット マネージド&プラットフォームサービス事業部 HMAX&AIプラットフォーム本部 データプラットフォームソリューション開発部 ソフトウェア開発基盤G シニアアジャイルコンサルタント

「スクラムで最重要なのは『意思決定のアジリティー』の向上です。現場がどれほどアジャイルになっても、上位の意思決定プロセスが変わらなければリードタイムは短縮されません。当時、本部長が『本部全体を変化に強い組織に改革したい』という意向を持っていたこともあり、リーダー層自らがスクラムを実践して本部全体の変革の旗振り役となるチーム(EAT)を組成する必要があると考えました」

当初、この主張は「なかなか理解が得られなかったのが正直なところ」(小林(健))だったが、粘り強いアプローチによって賛同者が徐々に増えた。

「本部の部長陣を集めた場で、『このチームは情熱とモチベーションがないとできない。参画したい方は手を挙げてほしい』と本音でぶつかりました。受け身では変革は始まりません。あらかじめ思いを共有していた本部長がいち早く手を挙げてくれたことも後押しになり、小林(正)さんをはじめ約5人の部長が賛同してくれました。こうして、まずはこの情熱あるメンバーでEATを立ち上げたのです」(小林(健))

「予算と権限」を持つリーダーが実行 意思決定の高速化

前述の通り、EATはスクラムのプロセスにのっとって運営されている。まずは改善のためのアイデアがプロダクトバックログ*¹に登録され、優先順位が付けられる。そして優先順位が高い順に、2週間のスプリント*²の期間内にメンバーで協議・検討して、最終的に成果物の作成や施策の実行に至る。その後、活動を振り返って以降のスプリントの計画に生かすのも通常のスクラムのプロセスと同様だ。
*¹ スクラム開発においてプロダクトに必要な機能・改善・修正を優先度順に並べたリスト。
*² アジャイル型開発などの手法において、大きなプロジェクトを小さな単位に分割して短期間で目標の達成を繰り返す、一定期間の活動サイクル。

プロダクトバックログに登録されるアイデアは、スクラムのメンバーである部長陣から直接持ち込まれるケースが多い。日立のストレージ管理ソフトウェア「Hitachi Ops Center」開発部門へのスクラムの適用も、このプロジェクトを管掌する部長が直接持ち込んできた議題だった(詳細は「現場変革編」参照)。

本部内のジョブディスクリプション(職務記述書)の見直しといった施策も、部長陣から提起されて実行に移された好例だ。

「スクラムを全面適用した開発現場では、エンジニアにプロダクトオーナーやスクラムマスターなどといったロールが割り振られます。一方、従来のジョブディスクリプションにはプロジェクトリーダーやプロジェクトマネジャーといった、スクラムとは関係のないロールが定義されていました。この両者が乖離(かいり)している状態は望ましくないため、EATで本部内のジョブディスクリプションをスクラムに合わせて改訂しました」(小林(正))

こうしたトップダウンでの改善活動は、EATのような組織がないと思うように進まないと小林(健)は語る。

「EATのメンバーは皆、部の予算と権限を持っています。ここが非常に重要です。そうしたメンバーが一堂に会して施策を検討することで、通常なら審議や承認に長時間を要する課題でも素早く意思決定できるのです」

電子レンジ設置まで? 現場の声を「リーダー層が直接拾う」意味

EATはトップダウンの施策だけでなく、現場から上がる「ボトムアップの改善案」を吸い上げる場としても機能している。ハイレベルな意思決定だけでなく、現場の働きやすさを高める身近な取り組みも重要な検討事項だ。こんな例もある。

「現場に電子レンジを設置するような身近な施策も検討しています。既に食堂にはあるものの、利用者が多いと待ち時間が発生します。そこで快適な職場環境を実現させるため、EATで電子レンジの追加設置を目標に定めました。部長陣自らが社内規則を調べ、設置ルールを決めるなどタスクをこなして、1カ月(2スプリント)で購入・設置まで完了させました」(小林(正))

多忙な立場にあるリーダー層が細かな庶務に時間を割くのは、一見非効率に思える。しかし、小林(健)はこの取り組みの裏にある合理性をこう補足する。

「社員が電子レンジを置こうとすれば、許可や予算の調整など稟議の壁にぶつかって、膨大な時間と労力がかかります。しかし、権限と予算を持つ部長陣が直接動けばすぐに解決できる。『リーダー層が時間を割くのは非効率』ではなく、社員が何日も悩むコストを考えれば結果的に『はるかに低コストでスピーディー』です」

このように、従来の枠組みの中では時間を要しがちだった承認プロセスも、権限を持つ人財が直接動くことで、ボトムアップの改善も驚くほどのスピードで達成できる。こうした細かなアイデアを現場から広く募るため、従業員が匿名で要望を書き込める「EAT Direct Line」という投稿フォームも設けているという。

承認者から「実行者」へ 事業部全体に広がる自律の波

EATの活動は、本部内のカルチャーにも確かな変化をもたらしている。かつては受け身の姿勢だったエンジニアたちが、自律的に組織を良くするための意見やアイデアを出すようになった。社内SNSを通じた地道な情報発信のかいもあり、「EATに相談すればリーダー層が直接検討してくれる」という前向きな空気も醸成されつつある。

変革を推進する小林(正)自身も、承認者からスクラムの“実行者”になったことでマネジメントの在り方を根本から見直したという。定例だった進捗報告会を廃止して権限を現場に大幅に委譲する一方、情報が常に可視化される環境を整えて自ら状況を確認しに行くスタイルに転換した。

「自ら手を動かして改善策を検討して実行する立場になったことで『どう報告を上げれば上位層は審査しやすいか』、逆に『どのように指示を出せば現場が働きやすいか』が肌感覚で分かるようになりました。承認を介さなくても情報がオープンな状態を築けたので、私自身も部下のサポートなど本質的な組織変革に注力できるようになり、従来の上意下達のプロセスでは決して得られなかった収穫を得ています」

現在、EATの活動範囲はHMAX&AIプラットフォーム本部を起点に進められているが、小林(正)は「この成果を別の本部、ひいては事業部全体に波及させたい」とさらなる野望をのぞかせる。海野も、同じく事業部への展開を見据えつつ、その先にある本質的な願いをこう語る。

海野恵理
日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット マネージド&プラットフォームサービス事業部 HMAX&AIプラットフォーム本部 データプラットフォームソリューション開発部 ソフトウェア開発基盤G 技師

「アジャイルやスクラムを、決まったことをやらされるためではなく、自分がやりたいことを考えて『幸せに働くための手段』にしてもらえたらと思っています。今後は事業部単位にもリーチして、この考え方に共感して実践してくれる人を増やしたいですね」

大企業ならではの「複雑な審査・承認プロセス」や「前例踏襲のカルチャー」といった巨大な壁に挑むビジネスパーソンに何かアドバイスはあるか。最後にそう問うと、小林(健)は「新たな手法を導入する際は、ロジカルに考えること以上に『感情』が最も重要」だと話して、力強くこう結ぶ。

「頭でっかちになるのではなく、まずは『自分でやってみたい』『現状を変えたい』という感情に素直に従って行動を起こすことが大切です。少人数でもいいのでスクラムを始めてみて、そこで生まれた小さな変化を学びとして次の活動につなげる。その積み重ねがあれば、どんな組織でもきっと自律的なチームに生まれ変われるはずです」

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