予測困難な「不確実性の時代」において、変化する市場ニーズへの俊敏な対応は企業の競争力維持に直結する。
有効な手段としてソフトウェア開発で普及しているのが「アジャイル型開発」と、その代表的なフレームワーク「スクラム」だ。従来のウォーターフォール型開発に代わり、短サイクルのリリースを通じて顧客に価値を届ける手法として導入する例が増えている。堅実な開発のイメージが強い日立製作所(以下、日立)も、実は先進的にスクラム導入を推し進める一社だ。
ウォーターフォール文化が根付いていた同社の主力製品開発部門は、組織の“泥臭い壁”をいかに乗り越え、真の自律型チームへ変貌を遂げたのか。変革をリードしたキーパーソンたちにその軌跡を聞いた。
主力製品が直面した「開発リードタイムの長期化」と「現場の危機感」
日立のストレージ管理ソフトウェアは18年の歴史があり、北米や欧州を中心とする同社製ストレージユーザーに広く利用されている。最新の管理ソフトウェアである「Hitachi Ops Center」は、ここ9年ほど約4~6カ月間隔で新バージョンをリリースしてきた。
しかし、開発部門を率いる荒田穣毅によると、従来のリリース方針では「市場ニーズにタイムリーに応えられていないのではないか」との懸念が常に付いて回ったという。
「長年ウォーターフォールで開発を進めていたため、進行中の要件変更への対応が難しく、お客さまの要望の実装までに1年近くかかるケースもありました。このリードタイムでは市場のニーズに即応できず、競争力の維持も困難になると考えていました」
荒田穣毅
日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット マネージド&プラットフォームサービス事業部 HMAX&AIプラットフォーム本部 ストレージ管理ソフトウェア開発部 主任技師
荒田がそれ以上に危惧していたのは、開発現場に広がっていた一種の「危機感」だ。ウォーターフォール型開発の運用では「何を、どう開発するか」の意思決定を主に上層部が担い、現場は定められた方針に基づいて開発を進めていた。
決められた仕様を計画通りにこなすことはもちろん重要だが、その文化が長く続いた結果、自らの意思で決定して自律的に行動するモチベーションが育ちにくい土壌があったという。荒田は「現場のエンジニアが仕事を通じて成長して働く喜びを実感するには、この壁を打破して自らの裁量と責任の下で開発を推進できる環境が重要だと感じていました」と当時の思いを振り返る。
組織変革の専門チームと協働 「スクラム全面導入」へ舵を切る
この課題を打破する契機になったのは、組織変革を推進する部門横断チームからの働きかけだった(詳細は「組織変革編」参照)。この提案を受けて、同部門はアジャイル型開発の導入へ舵を切る。
手法として採用したのは、広く普及するフレームワーク「スクラム」だ。短期間の開発サイクル(スプリント※)で顧客要望を迅速に反映するスクラムは、チームに広範な裁量を認め、自律的な意思決定を促す。この枠組みこそ、荒田が求めた「自らの裁量と責任で開発を推進できる環境」を実現させる解決策になると期待された。
※)アジャイル型開発などの手法において、大きなプロジェクトを小さな単位に分割して短期間で目標の達成を繰り返す、一定期間の活動サイクル。
しかし、ウォーターフォールに慣れ切ったチームが独力で新手法に移行するのはハードルが高い。そこで変革を現場に定着させるため、部門横断チームの実動部隊として導入支援やコーチングを担う専門チームが伴走することになった。シニアアジャイルコンサルタントとして同チームを率いる小林健輔は、当初の取り組みをこう話す。
「まずは荒田さんと協働してチーム編成に着手しました。ホワイトボードに付箋紙を貼り、『誰がスクラムマスターに適任か』『どのようなチーム分けが最適か』を一つ一つすり合わせました」
小林健輔
日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット マネージド&プラットフォームサービス事業部 HMAX&AIプラットフォーム本部 データプラットフォームソリューション開発部 ソフトウェア開発基盤G シニアアジャイルコンサルタント
編成が固まった後、現場メンバー全員を集めてキックオフミーティングを開催。丸1日かけて、取り組みの目的や意義を丁寧に説明した。小林と同じチームでアジャイルコーチ、スクラムトレーナーを務める海野恵理は当時の参加者の反応を次のように語る。
「『なぜ今、スクラムが必要か』をはじめとする導入目的や課題認識について、荒田さんら現場のリーダー層から熱意ある説明がなされました。変革への強い決意を共有して、一丸となって取り組む姿勢を打ち出したことが、多くのメンバーからの前向きな賛同と合意につながりました」
2日間の基礎研修でアジャイルとスクラムの基礎を伝授
続いて実施したのが、基礎教育セミナーだ。スクラムのフレームワークの基礎を成す以下の要素について、小林と海野が講師となって2日間かけて網羅的なレクチャーを実施した。
<3-5-3ルール>
・3つの役割(プロダクトオーナー/スクラムマスター/開発者)
・5つのイベント(スプリント/スプリントプランニング/デイリースクラム/スプリントレビュー/スプリントレトロスペクティブ)
・3つの成果物(プロダクトバックログ/スプリントバックログ/インクリメント)
その際、単なる手法の教示にとどまらず、根底にあるコンセプトやマインドセットについて、受講者が自分事として深く理解できるような説明を心掛けたと海野は語る。
「アジャイルがどのような背景で生まれて、いかなる思想に基づいているのか。こうしたマインドセットの重要性を説いて本質の深い理解に努めました。概念的な話に終始せず、導入効果を示す研究データや論文も提示して、ロジックとエビデンスに基づく解説を並行しました」
海野恵理
日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット マネージド&プラットフォームサービス事業部 HMAX&AIプラットフォーム本部 データプラットフォームソリューション開発部 ソフトウェア開発基盤G 技師
フレームワークとメソッドの解説や実習でも、Hitachi Ops Centerの開発現場に即して内容をカスタマイズした。小林は「スクラムのフレームワークは画一的ではなく、現場の事情に応じて柔軟に適用できる自由度を備えています。今回の研修でも、実際の業務チーム単位でグループを構成して実務さながらの配役で模擬演習するなど、開発現場に最適化したトレーニングを意識しました。これによって、現場に即した深い学びを促せたと考えています」と、“実践的な”研修の重要性を説く。
「あえて失敗させる」 管理職が向き合ったマインドチェンジの葛藤
研修を通じてマインドや手法が現場に行き渡った後、2025年4月に開発実務へのスクラム適用を開始した。2週間の移行期間を経て、新しいチーム編成の下で全チームが一斉にスクラムのプロジェクト運営に移行した。
事前研修を実施したとはいえ、長年親しんだウォーターフォールからの移行には当初一部で戸惑いや混乱も見られたという。しかし、小林と海野がコーチとして各チームに伴走して、日々のミーティングへの同席やアドバイスを継続した結果、程なくしてプロジェクトは順調に回り始めた。
現場の自律性を育む上で、海野がコーチングの際に意識したのは「その場での介入を避けて後から問いかける」ことだ。このまま進めば失敗するだろうと思っても、先回りしたい気持ちをぐっと我慢した。失敗した後に「何が良くなかったのか」と問いかけることで、メンバーが自ら考える機会の創出を重視した。
現場のマネジャー(課長)として長年ウォーターフォール開発を管理してきた荒田は、スクラム導入後は各チームを束ねる「スクラム・オブ・スクラムマスター」という役割に自ら就いて現場の最前線に立った。その中で、海野が語る「チームの自律を促すための行動」をとるためには自身のマインドチェンジが求められたと明かす。
「今まで、マネジャーとしての私の役割は『いかに失敗を未然に防ぐか』でした。自律を促すためとはいえ、あえて口を出さずに『失敗させる』のは言うほど簡単ではなく、大きな挑戦でした」
現場メンバーの奮闘が続く隣で、品質保証部門の一部からはこの取り組みに慎重な意見も挙がったという。しかし担当者と密にコミュニケーションを重ねることで、過渡期である現在の開発体制に即した品質保証プロセスを共に築き上げることに成功した。小林は「スクラムのメリットであるスピード感を最大限に生かすには、本来ならスプリントの中でテストや品質保証を完結させて即座にリリースにつなげたいのが理想」だとしつつ、品質保証部門との協創をこう語る。
「製品出荷前に、品質保証部門が最終チェックする既存プロセスを一気に変えることは難しいものです。そこで最終的には、品質保証部門のメンバーにもスクラムチームに参画してもらい、日々のテストをする。同時に、部門としての出荷前の最終チェックも維持するという折衷案に着地させました」
自律組織がもたらしたビジネス成果と今後の飛躍
さまざまな取り組みを重ねた結果、導入から約半年後にはコーチの支援抜きでも各スクラムチームが自走できるようになり、アジャイルの考え方が開発現場に深く浸透した。当初は自ら意見を出して物事を決めることに戸惑っていたメンバーも「半年がたつ頃には主体的に意思決定できるようになり、『自分で決められるのが楽しい』という声も上がるようになりました」(荒田)
ウォーターフォール型開発の運用では「仕様変更は避けるべきだ」という捉え方が一般的だった。しかし、スクラムの定着とともに「仕様変更はお客さまの要望に素早く応えて、より良いものを作るための前向きなもの」とポジティブに受け止めるカルチャーが根付いた。実際、変化への柔軟な対応によって従来以上のスピードで新たな商材を立ち上げるなど、ビジネス上の成果も出始めている。
現場が自律的でフラットな組織に生まれ変わった一方、上位層の意思決定では、全体を統括する既存の組織構造に基づいたプロセスも維持されている。荒田は組織全体の変革も視野に入れつつ「スクラムマスターやプロダクトオーナーといった役割をメンバー間で定期的に入れ替えてより多くの人にスクラムを広めることで、自律的な組織をさらに強固に定着させたい」と自チームの展望を語る。
現場の変革に伴走した小林と海野が見据えるのは、自律を果たしたチームのさらなる飛躍だ。小林は「泥臭く実験を繰り返して獲得した財産であるノウハウを、ぜひ次世代にも引き継いでほしい」と期待を込める。海野も「私たちがめざすのは『働く幸せ』の実現。自ら変革を起こせるようになったエンジニアたちが、今まで以上に仕事の楽しさを感じられるようになることを願っている」と力強いエールを送った。
慣れ親しんだウォーターフォール文化や、品質保証プロセスとの調整といった大企業ならではの壁。それらを乗り越えて「与えられた要件に基づき開発する」から「自ら考え、決めて作る」現場へ生まれ変わったHitachi Ops Centerの開発チームの軌跡は、変革を阻む最大の障壁が技術ではなく組織の文化やマインドにあることを示している。
変化を恐れず現場の自律性を信じて踏み出した日立の泥臭い挑戦は、アジャイル移行を模索して組織の壁に直面する多くの企業にとって、現状を打ち破る確かな示唆と勇気を与えてくれるはずだ。








