「第1回 健康づくりを“続く仕組み”に変える挑戦」から読む >
前例のない「高齢者向け健康アプリ開発」という挑戦
今回の健康アプリ開発で最初に直面した壁は、「高齢者を主な対象とする」という前提そのものだった。健康アプリ自体はすでに世の中に数多く存在するが、設計の起点を65歳以上の利用者に置いた事例は、全国的にもほとんど見当たらなかったという。
これについて、「高齢者をメインターゲットにした健康アプリは、ほぼ見当たりませんでした。多くは“高齢者も使える”設計であって、“高齢者向けに作る”という発想ではなかったのです」と説明するのは、本プロジェクトを統括する札幌市保健福祉局の横谷 大二郎氏。文献を探しても十分な知見は得られず、設計のよりどころを自ら定めるところから始める必要があった。

そんな前例のないチャレンジを前に、プロジェクトチームでまず共有されたのが、制度や機能を先に固めるのではなく、利用場面を具体的に描くことだった。重要なのは、日常のなかで高齢者にも無理なく使われ続けるかどうか。そのための基準をどこに置くのかを丁寧に擦り合わせながら、開発プロジェクトは第一歩を踏み出した。
その初期段階を振り返り、札幌市保健福祉局で利用者視点から設計に携わった吉田 望氏は「最初の3カ月ほどはしっかり要件定義を固める期間に充てました。というのも、設計書が十分に整理されていないと、開発着手後にまた最初からやり直すことになりかねないためです」と語る。前例がないからこそ、高齢者が戸惑わずに使い始められるかどうか――その問いが、設計全体の軸となっていった。

“分かりやすさ”や“使いやすさ”を問い直す
高齢者でも無理なく使えるようにするために、アプリの開発段階では画面設計や操作性について具体的な検討が重ねられた。例えば、操作性を評価する際に一般に使われる「直感的」という言葉は、必ずしも誰にとっても同じ意味を持つわけではない。若い世代にとっては自然な操作方法や動線でも、それが高齢者にとって分かりやすいとは限らないからだ。
実際に検討を進めるなかでは、ボタンの配置や文字サイズだけでなく、「どこを押せば次に進むのか」「いま自分がどの画面にいるのか」といった感覚的な分かりやすさも一つひとつ確認された。画面が切り替わった際に前のページへ戻る方法が分からなくなる、押したつもりのボタンが反応していないと感じて不安になる――そうした小さなつまずきが積み重なることで、利用そのものをやめてしまうことにつながりかねない。
そこで意識されたのが、操作を極力シンプルにすることだった。指を滑らせて画面を送る「スワイプ」や2本の指で画面を拡大・縮小する「ピンチ」といった複雑な操作は基本的に用いず、少ないタッチ数で目的の画面にたどり着ける構成を採用。ボタンは立体的に見えるよう微妙な陰影を施し、どこを押せばよいのかが一目で分かるよう工夫した。また、操作に迷わないよう画面の情報量や表示の整理にも配慮がなされている。
さらに、どの画面からでもすぐホーム画面に戻れるように画面下部には常にアイコンを配置。操作に迷った場合でも「戻れる場所」が明確であることが安心感につながると考えた。その意図について吉田氏は「高齢の方にとっての分かりやすさとは何かを改めて考えました。例えば、誤ってボタンに触れてしまったり、説明を読まずに操作したりしても、不安が残らないような画面設計を心がけています」と説明する。こうした具体的な配慮の積み重ねが、設計思想を画面という形へ結実させていった。
試しながら、確かめながら進める開発
本事業では札幌市が制度のあり方や市民の声と丁寧に向き合い、検討に時間をかけてきた結果、開発に充てられる期間は一般的なアプリ開発と比べて限られたものとなった。こうした条件のもとで、最初から仕様や画面を作り込んでしまう進め方では、利用者視点での違和感に後から気づいた場合、大きな手戻りが生じかねない。高齢者を含む幅広い市民を操作のなかで戸惑わせたり、迷わせたりしないアプリをめざすうえで、進め方そのものを慎重に選ぶ必要があった。
そこで今回、プロジェクトチームが採用したのが、短いサイクルで試作と修正を重ねていくアジャイルという開発手法だった。これについて本件を担当した日立の谷地田 瞬は「開発チームとしても、最初から完成形が見えていたわけではありません。限られた期間のなかで、どういう画面にしたらいいのかを短いサイクルで確認しながら、札幌市のご担当の方々に画面を確認いただき、ご意見やご要望を反映しながら、着実に開発を前に進めていきました」と振り返る。

さらに、「開発期間が限られるなかで、最初に要件定義や設計に時間をかけたのがむしろ良かった。その後実際にアプリ画面が出てきた段階で、操作の違和感や実用性について侃々諤々(かんかんがくがく)と率直に意見を交わしました」と吉田氏。こうして画面や操作性を1つずつ確認しながら磨き込み、基本的な機能を実装した札幌市の新たな健康アプリは、市民の反応を確かめる次のステップへと進んでいく。

横谷 大二郎(よこやだいじろう)
札幌市保健福祉局
高齢保健福祉部 調整担当課長
1995年入庁。区役所、保健福祉局、交通局、病院局などで、国民健康保険、介護保険、システム開発、人事労務などに携わり、2023年より現職。

吉田 望(よしだ のぞむ)
札幌市保健福祉局
高齢保健福祉部 調整担当課 調整担当係長
2007年入庁。区役所、教育委員会、保健福祉局で、生活保護や高齢者施設の整備、計画の策定、庶務などに携わり、2023年より現職。

谷地田 瞬(やちだ しゅん)
株式会社日立製作所
北海道支社 社会システム第二営業部 公共システムグループ 部長代理
北海道の自治体や警察、大学等の公共ITビジネスを牽引する営業マネージャー。構想策定から事業化まで一貫して推進し、データとデジタルを起点に健康やまちづくりの社会課題解決に尽力。官民連携による事業創出を強みとし、日立グループの総合力を生かしたウェルビーイング向上と持続可能な社会イノベーションを推進。地域に寄り添い、デジタルを通じた新たな価値創出と社会課題の解決に取り組んでいる。
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