「第1回 デジタル技術はオペレーションマネジメントを革新できるか?」から読む>
オペレーションマネジメントを革新した意思決定の新たな仕組み
プロジェクト始動から6年、いよいよ現場投入されたANAの「運航ダイヤ修正システム」は、台風進路の変化や機材の差し替えなどが重なる場面での現場の意思決定を根本から刷新する。まず実感されたのが、検討プロセスの圧縮だ。本システムは従来熟練者が数時間単位で一つずつ作成していたダイヤ修正案を、同等の精度を維持しながら短時間で複数提示。旅客への影響を最小化することを軸に、時間やコスト、現場負担など多面的な観点から、複数のプランを迅速に並列比較できるようになった。
全日本空輸株式会社
オペレーションマネジメントセンター オペレーション業務部 企画推進チーム リーダー
筒井 謙一 氏
システム稼働3カ月間の効果測定の結果、検討時間は最大70%も短縮。とりわけ台風対応のように前提が刻々と変わる場面で効果が大きく、従来は数時間を要した工程が短いサイクルで回るようになった。この高速化に加えて、本システムの生み出した1つの果実が「説明可能性」だ。ANAのオペレーションマネジメントに携わる筒井 謙一氏は「種々の影響度などをレーダーチャートで数値化した候補案を比較できるようになったことで、なぜその案を選ぶのかを定量的に説明しやすくなりました。ダイヤ修正案の根拠が数字で裏付けされるので関係者の納得感が高まり、合意形成もスムーズに進みます」と評価する。
こうして現場の重圧と時間的プレッシャーは確実に和らいだ。状況が変化するたびにダイヤ修正案を作り直す手戻りの負荷が減り、担当者は各修正案の影響度の比較と取捨選択の判断に集中できる。さらに、オペレーション品質の安定と向上、ダイヤ変更時の旅客へのよりタイムリーな案内など、本システムの導入はANAのオペレーションマネジメント全般に大きな恩恵をもたらしている。
最難関のデジタル化が全社にもたらした気づき
全日本空輸株式会社
整備センター 機体事業室 機体計画部 整備生産ソリューションチーム アシスタントマネージャー
美土路 拓步 氏
機材整備の現場も変わり始めた。「整備計画の調整は波打ち際で砂の城を作っていくようなもので、わずかな変化ですぐに崩されてはまた作り直しの繰り返しでした。そこをシステム化できたことで負担が目に見えて軽くなり、まだ道半ばですが人の時間を本来注力すべき仕事に振り向けられつつあります」とその変化を説明するのは、ANAの整備センターで機体整備計画の立案・調整を担う美土路 拓步氏だ。
さらに社内全体の空気にも変化が芽生えつつある。そもそもオペレーションマネジメントの仕事は手作業が多く、そのうちダイヤ業務は全社的に見ても極めて専門性の高い仕事だ。そんな高難度の業務をシステム化できた事実は、他部門にもある種の驚きをもって受け止められた。その余波について筒井氏は「最近は多くの部署で『自分たちの業務もデジタル化できるのでは?』という声が上がっています。プロジェクトの成功が社員一人ひとりの発想力をかき立てているようです」と、最難関を突破したことが全社的なデジタルトランスフォーメーション(DX)の機運を押し上げていると評価する。
最適化の拡張と深化が開く次なる局面
株式会社 日立コンサルティング
社会イノベーションドメイン AI&スマートインダストリーディビジョン テクノロジー戦略室 ディレクター
上田 和俊
オペレーションマネジメントの現場に確かな変化をもたらした運航ダイヤ修正システムは、これからどこをめざすのか。1つは適用範囲の拡大だ。企画提案段階からプロジェクトに伴走してきた日立コンサルティングの上田 和俊は「まずは今回のANAのシステムをしっかり育てて、よりよいサービスを提供していきたいと思っています。そして将来的には、例えばアライアンスパートナーである海外のエアラインなどへの展開もご一緒できればうれしいですね」と、国際線へのシステム適用も視野に入れるANAとの共創拡大を見据える。
株式会社 日立コンサルティング
社会イノベーションドメイン AI&スマートインダストリーディビジョン テクノロジー戦略室 シニアコンサルタント
後藤 大樹
一方、ANAが見据えるのは最適化の深化だ。その方針について、美土路氏は「将来的には、セクションの垣根を超えてANA全体としてより良いオペレーションを提供するため、今回のプロジェクトでは対象としなかったセクションまで最適化領域を拡充したいと考えています」と説明する。なお、本システムはその高精度もあってか、同氏が所属する整備部門のベテランたちに静かなライバル心を芽生えさせ、いまや現場で共に育てていくパートナーになりつつあるという。
そしてもう1つのテーマが、最適化適用の時間軸をより早期のタイミングに引き寄せることだ。「究極的な目標は、どんなことが起きても乱れにくい耐性の高いダイヤと整備計画を一元的に作ることです。そのためには、計画段階から最適化モデルを適用して、より蓋然性の高いものにしていくことが理想です。イレギュラー事象発生当日から数日前、さらに1カ月前へと、その適用期間を前倒ししていくことも検討要素のひとつです」と、筒井氏は本システムのより有効な活用可能性に目を向けている。
ANAの高度な業務ノウハウと日立の先進デジタル技術の知見で共創した運航ダイヤ修正システム。これからも両者はオペレーションマネジメントのレジリエンスを高めながら、高品質なオペレーションを社会インフラの強靭化へとつなぐ挑戦を続けていく。
全日本空輸株式会社「運航ダイヤ修正システム」の記事一覧はこちら>
会社プロフィール
全日本空輸株式会社
[所在地]東京都港区東新橋1-5-2 汐留シティセンター
[発 足]2012年4月2日
[従業員数]13,636名(2025年3月31日現在)
[事業内容]定期航空運送事業、不定期航空運送事業、航空機使用事業、その他附帯事業
全日本空輸株式会社のWebサイトへ








