Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
イレギュラーな事象に応じて運航ダイヤを高速に最適化する――全日本空輸株式会社(以下、ANA)と日立チームによるその挑戦は、経験を言語化するPoC*¹から本格始動した。そして異なる手法を組み合わせたシステム開発と、業務での実用性を精査する入念な検証を経て、プロジェクトチームは念願のシステム本稼働へと前進する。
*¹ Proof of Concept

「第1回 デジタル技術はオペレーションマネジメントを革新できるか?」から読む>

経験的直感を言語化する現場起点の検証

株式会社 日立コンサルティング
社会イノベーションドメイン AI&スマートインダストリーディビジョン テクノロジー戦略室 ディレクター
上田 和俊

日本の航空会社では前例のないダイヤ修正の高速な最適化に挑む本プロジェクトは、小さく確かめるPoCからスタートした。この工程の要所は迅速な試作とフィードバックだ。最初期からプロジェクトに参画する日立コンサルティングの上田 和俊は、「実際の運航データと当日の現象をもとに短期間でプロトタイプを作成し、毎週その出力精度を判定しながらプログラムやモデリングを修正し続けました」と説明する。最大の課題は当日の時間的制約に収まる処理時間で、チームはケース検証を積み上げながら適用範囲を段階的に広げていった。

このプロセスは現場における判断基準を客観化する契機にもなった。「現場ではAかBかの選択で迷う場面は多く、最後は経験に基づく直感に頼ることもありますが、PoCのなかでその判断のよりどころを言語化できた。これは大きな収穫でした」と振り返るのは、本プロジェクトのユーザー統括を務めるANAの筒井 謙一氏だ。

全日本空輸株式会社
整備センター 機体事業室 機体計画部 整備生産ソリューションチーム アシスタントマネージャー
美土路 拓步 氏

一方、本プロジェクトにおける整備センターの取りまとめ役であるANAの美土路 拓步氏は、「一律のルール化は難しく、固有性の高い事象ごとに対処は変わります。また、単なる“0/1”ではなく“グラデーション”の判断も求められるため、個々の運用ケースを詳細にレビューしました」とPoCにおける判断基準づくりの難しさを説明する。

その後、対象と事象を広げた拡張版PoCへ移行し、チームは運用現場に近い負荷での検証を重ねた。検証の途上では、人手による実際のオペレーションで選ばれたダイヤ修正案とシステムが出力した修正案が一致したケースも生まれ、継続の見通しが具体性を帯びていく。この2期にわたるPoCを経て、本番開発に向けた下地は着実に整っていった。

「反復検証-計画構築」「実装-運用」という2つの相補性

入念なPoCの手応えを受けて、プロジェクトはいよいよシステム開発フェーズへ。一時はコロナ禍で足踏みしたとはいえ、ANAは社内合意を重ねて取り組みを温存し、2023年から要件定義と開発に着手した。

株式会社 日立製作所
インダストリアルAIビジネスユニット エンタープライズソリューション事業部 流通システム本部 第二システム部 チーフプロジェクトマネージャ
横沢 邦一

その方針について、プロジェクトマネージャーを務めた日立の横沢 邦一は「一般的なシステムと違い、最適化システムの構築では机上の要件整理だけで想定した答えが出るとは限りません。そこで、要件定義の段階からモデルを作り始め、PoCの成果をベースに運用に近い機能を実装して試す――いわば設計と開発の同時進行で臨みました」と説明する。

この方針に沿って、開発チームは設計→実装→検証のサイクルを重ねるアジャイル手法で数理最適化モデル層を構築。一方、安定性が求められるデータ基盤・アプリケーション層におけるインフラおよび画面作成部分は、あらかじめ詳細仕様を固めて段階的に作り込むウォーターフォール手法で整備していった。つまり、システムの2層をそれぞれ異なる手法で開発していくアプローチだ。

株式会社 日立コンサルティング
社会イノベーションドメイン AI&スマートインダストリーディビジョン テクノロジー戦略室 シニアコンサルタント
後藤 大樹

本システムの核ともいえる最適化モデルの開発には、システム実装と業務運用で担う対応領域をどう線引きするかという課題もあった。これについて「全てをシステムで扱おうとすると計算負荷が増し、所定の時間枠で最適解を返せない可能性があります。そこで、開発チームでは“最適化モデルで実装する共通ルール”と“運用で吸収する例外”を切り分け、考え方の大枠を最適化モデルで実装することにしたのです」と開発に携わった日立コンサルティングの後藤 大樹は解説する。この前提のもと、UIの調整などで運用側の負担を抑える工夫を重ねつつ、優先度・重要度の高い項目からアジャイル手法で検証・反映を繰り返し、全体最適を追求していった。

“モグラたち”の陰に潜む不確かさを探して

こうして2024年12月、こまやかな協働と創意工夫で多面的な課題を一つずつ乗り越え、出力精度と応答性能を実用水準に引き上げた開発フェーズが完了。年明けからは本稼働前のユーザーテストへ移行し、実運用に近い負荷で数理最適化モデルの有効性を検証していった。

全日本空輸株式会社
オペレーションマネジメントセンター オペレーション業務部 企画推進チーム リーダー
筒井 謙一 氏

しかし、現場の担当者が自らシステムを操作してテストを重ねても、当初は思うような結果が得られない。「さまざまなパターンを試したものの、期待する精度に達しない状況がしばらく続き、ある問題をつぶすと次の問題が顔を出す“モグラたたき”を重ねる毎日でした」と当時の苦境を振り返る筒井氏は、テストを本当にクロージングできるのか日々不安を覚えたという。

この停滞の背景にあったのが、オーバーフィッティング(過学習)などに起因する特有の“揺らぎ”だ。同じ条件を与えても、同じ結果が出るとは限らない――数理最適化モデルに内在するこの原理的な不確定性に対して、日立はANAからの個々の指摘に逐次対応するのではなく、最適化モデルの答えの狙いを見極め、その大枠の方向性を定めるアプローチを採った。

するとテスト終盤のある時を境に、それまで低迷していた出力精度が一気に向上する。さらにシステムとしての安定稼働にもめどが立ち、その後、段階的な導入フェーズへ移行。そして2025年7月、ついにANAの「運航ダイヤ修正システム」は国内線での本稼働の日を迎えた。

「第3回 社会インフラにレジリエントなオペレーションを」はこちら>

会社プロフィール

全日本空輸株式会社
[所在地]東京都港区東新橋1-5-2 汐留シティセンター
[発 足]2012年4月2日
[従業員数]13,636名(2025年3月31日現在)
[事業内容]定期航空運送事業、不定期航空運送事業、航空機使用事業、その他附帯事業
全日本空輸株式会社のWebサイト

This article is a sponsored article by
''.