登壇したのは、ひたちなか海浜鉄道者株式会社 代表取締役社長 吉田 千秋氏、株式会社SD 代表取締役 古見 修一氏、株式会社みちのりホールディングス グループディレクター 浅井 康太氏。ファシリテーターは、日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ 主任デザイナー 福丸 諒です。その採録を、前後編2回に渡ってお届けします。前編は、吉田氏によるローカル鉄道と地域活性化についてのプレゼンテーションとディスカッションの模様をご紹介します。
(写真左から)福丸 諒(株式会社日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ)、吉田 千秋氏(ひたちなか海浜鉄道者株式会社 代表取締役社長)、古見 修一氏(株式会社SD 代表取締役)、浅井 康太氏(株式会社みちのりホールディングス グループディレクター)
オープニング
福丸
パネルディスカッション「地域と公共交通が織りなす未来」を始めます。司会進行は、日立製作所 研究開発グループのデザインセンタの福丸が務めます。
私は入社から長く運行管理システムなど鉄道関係の仕事をしてきました。現在は大阪・関西万博のパビリオン内の展示やコンテンツのデザイン、DXなどさまざまな仕事に携わっています。本日はよろしくお願いいたします。

さっそく、本日のご登壇者を紹介いたします。
株式会社みちのりホールディングス 浅井 康太様は、各地域のグループ交通事業社の課題解決を横断的に推進されています。
浅井氏
今日お話をする「ひたちBRT(Bus Rapid Transit)」 は、もともと日立電鉄交通サービスという会社を譲っていただいて実現した事業です。私が地方の交通の問題や自動運転の課題に日々取り組む中で、悩んできたことや気づきなどをお話しできればと思っています。

福丸
株式会社SD 古見 修一様は、博覧会や展示会の総合企画を手がけられ、今回の大阪・関西万博「未来の都市」パビリオンのクリエイティブディレクターを務められています。
古見氏
私はお2人とは少しジャンルが違いまして、スペースデザインを手掛けています。スペースデザインの仕事は、単に空間のデザイン画を描くことに留まりません。その展示の背景にあるもの・ことをしっかりと分析し、社会的に意義のある、技術的にも優れた、そして個人の思いや考えを表現できる展示演出に仕上げることが重要だと考えています。私の仕事は今日お越しの皆さまの仕事に直結はしていないかもしれませんが、私がスペースデザインをつくるにあたって大切にしている思いをお話しすることで、皆さまに何か気づきを持ち帰っていただければと思っております。

福丸
ひたちなか海浜鉄道株式会社 吉田 千秋様は、鉄道事業を通して地域の活性化と取り組まれています。
吉田氏
ひたちなか市は、日立の工場が多くある地域でもあります。18年前、利用者が減って廃線の危機にあった鉄道を、当時の市長と共に何とか存続させようと取り組み、今では大きな賑わいを取り戻しています。ローカル鉄道の実態や未来について、お話しできればと思います。

福丸
皆さんもご存じの通り、地域の公共交通には人口減少による需要の縮小という大きな課題があります。また、自動車運転業の地方における有効求人倍率が全業種平均の約2倍で推移するなど、運転手不足も深刻化しています。
さらに、バスや鉄道といった交通手段のない空白地帯の拡大という課題もあります。私が先日読んだ『移動と階級』*に記載があった独自調査によると、約50%弱の人たちが「自分は自由に移動できない人間」と感じていて、5人に1人が自分の移動の自由に不満を持っていると書かれていました。
*伊藤 将人著.移動と階級.講談社現代新書.2025

地域の公共交通における3つの課題
内閣官房が掲げる「地方創生2.0」では、これらの課題を受け止めた上で社会が機能し、若者や女性に選ばれる地方、稼げる地方、関係人口を生かした地方、といった目標を設定しています。
今日は、ご登壇いただく皆さまのモビリティに関する色々な取り組みを伺っていきながら、現状の課題とあるべき未来につながる目標への視点を確かにしたいと思います。
ローカル鉄道と地域活性化の現状
吉田氏
ひたちなか海浜鉄道 湊線は、茨城県勝田から阿字ヶ浦までの11駅14.3㎞を運行しているローカル鉄道です。今から17年半前、モータリゼーションの影響を受け利用者が最盛期から5分の1に減少し、茨城交通さんから廃線の申し出がありました。しかし地元の市民の方々や市長さんが存続を希望し、湊線の活性化に取り組むためにひたちなか海浜鉄道という第3セクターの鉄道会社を設立しました。

自分たちの意志によって鉄道の存続を実現しましたから、スタートした当初から市民協働という形がしっかりとできていました。
「おらが湊鐵道応援団」という市民ボランティアが路線活性化に取り組んでいます。週末にサービスステーションを開設しての観光案内、沿線の飲食店や商店と連携した乗車特典サービス、沿線でのアートイベントの開催、年末年始には沿線にある神社に協力いただいて初詣・初日の出列車を運行するなど、活発に活動しています。その他にも応援団報の発行や、SNSによる情報発信なども行っています。
また、企業とも連携を図っています。JR東日本さんには週末に使えるお得なパスを発行していただき集客につながっていますし、大手旅行会社では地元の名産品と湊線を合わせてアピールするツアーを企画していただいています。国営ひたち海浜公園さんには入園券付きの乗車券で協力いただいています。他にも「那珂湊焼きそば」というB級グルメを盛り上げているほか、農協と漁協の女性部さんの連携で第1日曜日に朝市を開くなど、「地域の活性化イコール鉄道の活性化」という意識をみんなで共有し、企業や市民が一体となってさまざまな取り組みを行ってきました。
そんな時、地元の人たちも気づかなかったローカル鉄道の価値が発見されました。CMやプロモーションビデオなどの撮影に、湊線沿線がよく利用されるようになったのです。距離的に東京から1時間足らずでありながら、のどかな昭和の風景が撮れる場所であるという話が広がって、さまざまな撮影でこの地域が使われるようになりました。
他にもうれしいニュースとして、大学生が開催した「みなとメディアミュージアム」 という鉄道とアートを融合させようというイベントで彼らが作った駅名標が、2015年にグッドデザイン賞 *を受賞し、中学校1年生の美術の教科書に載りました。これは今も駅の名物になっています。

学生がデザインした駅名標は、2015年グッドデザイン賞を受賞した
鉄道会社としては、国の補助制度を活用し金上駅に上下の高架設備を作ったことで、40分おきだった運行が20分置きに短縮できました。また、以前は最終便が22時7分でしたが、23時23分に延ばし、増発によるダイヤの見直しも行いました。さらに、「高田の鉄橋」「美乃浜学園」という新駅も設置することができました。
以下のグラフが定期外利用者(定期券ではなく切符などで乗車した人)の数の推移です。2008年にひたちなか海浜鉄道ができてから3年間は順調に増えていきましたが、2011年の東日本大震災でがくっと減少しました。そのあとは下がる年もありましたが上昇傾向を続け、2017年(オレンジ色のグラフ)に初めて単年度で黒字になりました。安堵しましたがそのすぐ後、2020年にコロナ禍に見舞われました。現在は、毎年増加している状況にはなっています。

ひたちなか海浜鉄道の利用者推移
ここにきて、市民の方々からの提案によって、また新たな駅の増設の提案が出てきました。国営ひたち海浜公園は、ゴールデンウィークには常磐自動車道の友部ジャンクションまでつながってしまうほどの渋滞を作ります。それなのにそのすぐ下を、湊線がガラガラの状態で走っている。市民の方がそれに気づかれて、公園の来場者数が多くなる時期だけでも、阿字ヶ浦駅からシャトルバスで国営ひたち海浜公園に行けるルートを運行したらどうかという提案をもらいました。観光客に利用してもらえるか半信半疑でしたが、運行してみると予想以上にとても多くの方にご利用いただきました。
それがきっかけとなって、海浜公園まで線路を延ばして新駅を2つ増設するという計画が立ち上がってきました。2023年の秋、鉄道についても社会資本整備総合交付金の適用が可能になることが決まりました。これは社会資本の整備ということで、整備費の2分の1を国が補助してくれるという制度です。私たち茨城県がその最新事例になることを想像しながら、日々の仕事に取り組んでいます。

新駅増設計画
ディスカッション
福丸
ここにいる皆さんが疑問に感じたのではないかと思っていますが、まず吉田さんにお伺いしたいのは、なぜここまで住民の方々が積極的なのか?という点です。
吉田氏
私の予想ですが、最初は特段の理由はなく「楽しいから」で活動していたけれども、鉄道が盛り上がるにつれて地域のお店が元気になるなど、「地域が活性化すると自分たちにもメリットがある」と実感していただけたからではないでしょうか。鉄道がもたらす価値を、市民の方に体感いただけたことが一番大きかったのではないかと思っています。
福丸
自分の活動が目に見える形で実を結んだ、という実感が大きいわけですね。
みちのりホールディングスの浅井さんは、地方の交通に関する課題にデジタル技術で解決する取り組みをされていますが、人の好奇心と技術の相互作用(シナジー)についてはどんなお考えをお持ちですか。
浅井氏
私たちの会社が事業再生に取り組む時には、DX以前のCX(コーポレート・トランスフォーメーション)を重視します。日常業務のやり方を見直すとか、当たり前のようにやっているけどこれでいいのだろうか?といった基礎の部分を見直すことから始めます。その上で、デジタルを使ってさらに良くできないか?と考えます。
また、現場の人の感覚はすごく重要なので、単に「それが合理的だから」という判断で上層部だけで何かを大きなことを決めてしまわないように、まずはしっかりと現場の人の話を聞くことが重要です。
福丸
デザインという視点で、古見さんにもお伺いしたいと思います。ひたちなか海浜鉄道の取り組みでご関心を持たれた点はありますか。
古見氏
グッドデザイン賞を受賞した、駅名標のデザインが印象的でした。読むための文字を、見て楽しむポスターデザインになっていて、視覚的にも楽しいですし、橋や温泉などの絵柄によって、その地域の観光地や名産を一目でイメージすることができる。これは本当に素晴らしいと思いました。こういった活動に地域が一体になって取り組むことで、新しい駅を作ってしまうまでのパワーになるということをいうことを教わりました。
吉田氏
鉄道会社と市民の皆さんとの間には、多かれ少なかれ距離があるのが普通かと思いますが、私たちはとても近い距離で会話をしています。「夜中の3時まで運行してみたら?」なんて、市民の方が鉄道会社に提案することはほぼないと思います。しかし私たちにはそういう話が当たり前のように来ますし、私たちも「試しに一度やってみますか」というスタンスです。そんな密接な関係性は、ローカル鉄道ならではのものかもしれません。
福丸
ひたちなか海浜鉄道に乗ってみたくなりました。ありがとうございました。
後編では、「博覧会から見た未来のモビリティ」「自動運転の現在地とこれから」についてのプレゼンテーションを紹介します。
「日立市×日立 次世代未来都市共創プロジェクト」の記事一覧はこちら >

吉田 千秋(よしだ ちあき)
ひたちなか海浜鉄道株式会社
代表取締役社長
ひたちなか海浜鉄道代表取締役社長。1988年、富山地方鉄道に入社。加越能鉄道、万葉線を経て2008年に現職就任。地域鉄道の共創による再生と人材育成を牽引。国土交通省「地域公共交通マイスター」、ローカル鉄道・地域づくり大学 学長。

古見 修一(ふるみ しゅういち)
株式会社SD
代表取締役
1975年、コミュニケーション/集客施設を総合企画するデザイン・建築事務所を設立。国際・地方博、企業博物館や展示館、イベントの建築・展示・映像・グラフィックを一体プロデュース。ミラノデザインウィーク2016–2018ではパナソニック出展を企画・デザインし、3年連続でミラノデザインアワード受賞。

浅井 康太(あさい こうた)
株式会社みちのりホールディングス
グループディレクター
2009年京都大学院工学研究科修了。民間シンクタンクで環境・エネルギー・モビリティ領域のリサーチ、新規事業支援、自動運転コンソーシアム立ち上げに従事。のち高速バス会社で新規事業企画と安全推進室長を兼務。2017年より株式会社みちのりホールディングス。現職はグループディレクターとしてCASE領域を全社横断で推進。

福丸 諒(ふくまる りょう)
株式会社日立製作所
研究開発グループ Digital Innovation R&D デザインセンタ UXデザイン部兼未来社会プロジェクト
主任デザイナー
2009年日立製作所入社。社会イノベーション事業を専門とするデザインコンサルタント。交通やエネルギーなど社会インフラ領域における新事業開発、ビジョンデザインやトランジションデザインなどデザイン研究に従事。




