企業活動のさまざまな場面で求められる「計画業務」。工場の生産計画やサプライチェーンの配送計画、人員配置やシフトスケジュール、人事異動の割り当てなど、多くの企業が人手と経験則に頼って立案しているのが実情だ。日立製作所(以下、日立)の佐藤達広氏は、その背景を次のように説明する。
「企業には、ヒト・モノ・カネといった限られたリソースがあります。それを多様な制約の中でどう割り当て、活用するかが計画業務の本質です。シンプルに見えますが、実際にやろうとすると非常に難しい作業です。なぜなら、リソースの組み合わせが掛け算になり、天文学的な数――いわゆる“組み合わせ爆発”に陥るためです」
佐藤氏が言う制約には、時間的制約(例:この荷物は午前中に届けなければならない)、物理的制約(例:この道は小型トラックしか通れない)、人的制約(例:AさんはBさんと同じシフトに入らなければならない)などが挙げられる。物流業における配送計画のように複数の車両や配送先について制約を全て掛け合わせて検証するには、スーパーコンピュータでも何万年もかかる膨大な計算量になる。

佐藤達広氏(日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット デジタル事業開発統括本部
Data&Design Data Studio シニアデータサイエンスエキスパート)
「計画業務は、これまで熟練者の暗黙知に基づく判断で対応せざるを得ませんでした。しかし人の経験に依存すると業務の属人化や品質のばらつき、膨大な調整時間が発生します。人財不足が進む今、そのリスクはますます大きくなっています」
「最適な計画」は常に変化する 固定化できない現場のリアル
計画最適化の仕組みをつくる上での最大の壁は、「計画そのものが変化する」という現実にある。生産、物流、人員配置などの計画業務は常に外部環境や事業計画の変更、突発的な事象の影響を受けるからだ。日立の末吉史弥氏は、こうした現場の複雑さを次のように語る。
「半導体のように一時的に大量の生産量が求められるケースもあれば、後工程である配送計画や前工程の素材調達まで含めて全体最適をめざすことで関係するリソースや制約が一気に増えるケースもあります。会議室予約のような単純なスケジュール調整でも3人、4人と関係者が増えるだけで難しくなりますよね。製造現場などではそれが数百もの設備や人数の規模になるわけです」
つまり「最適な計画」は一度作って終わりではなく、環境変化に応じて見直す必要がある。日立の吉田美徳氏も次のように指摘する。
「設備の増強や新製品の投入など、事業サイクルが速い企業はマスターデータを整えても対応し切れない新しい要件が次々に出てきます。最初に全てを決めて計画最適化システムを作り切るというやり方では、完成したときには実態に合わないものになってしまいます」
吉田氏は、要件定義の段階でも変化が起こると説く。「お客さまにヒアリングしたときは制約が数個だったのに、検証を重ねるうちに数十倍に増えることもあります。立案した結果を見て初めて、『このルールを入れ忘れていた』『実はこの制約も必要だった』と気付くケースが非常に多いのです」
末吉氏も「計画最適化は『明日どう動くか』という実行に直結する業務ですが、突発的な事象の影響を強く受けるため一般的な業務システムよりも後から要件が増えやすい分野です」と付け加える。変化を前提とした開発体制こそが最適化システム実現の出発点ということだ。

末吉史弥氏(日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット デジタル事業開発統括本部
Data&Design Data Studio 主任技師)
「変化」を前提に顧客に伴走 進化し続ける協創型サービス
こうした課題の解決策として日立が打ち出したのが、「計画最適化マネージドサービス」(PlanningOptimization Managed Service:以下、POMS)だ。
POMSは、システムを作って納めて終わりではなく、導入後も顧客の変化に合わせて改良を重ねる「伴走型」という特徴を有する。コンサルティングから設計、開発、運用や保守まで日立の経験豊富なデータサイエンティストが一気通貫で支援して、顧客と共にシステムを育てる。佐藤氏はその思想を次のように語る。

計画最適化サービスのサービス概要
「お客さまの業務の中で、どの領域に計画最適化を適用すれば効果が出やすいかを見極め、小さく始めて大きく育てることを重視しています。特に計画業務のように要件が変わる分野は、最初から全体を固定して作り切るのではなく段階的に拡張する方が確実に成果につながります」
末吉氏も「POMSが生まれた背景には、従来のシステム開発の限界を現場で痛感してきた経験がある」と続ける。効果が見えにくい分野であるが故に、まずは対象を絞り込んで小さく構築し、成果を実感してもらうことを重視しているという。
「素材の切り出しなどの一部の工程やモデル工場、特定の営業所といった一部の範囲から試行を始め、そこで得られた成果を基に全体へ展開します。このステップを重ねることで、経営層も確実な効果を確認しながら次の投資判断ができるようになるのです」
吉田氏は、こうしたスモールスタートのアプローチが企業の意思決定を後押しすると補足する。「POMSは、まずPoC(概念実証)を行い、現場の声を聞きながら課題を抽出して結果を確かめつつ次のステップに進む――というプロセスを繰り返すことで現場にも経営層にも納得感のある改善が実現します」

吉田美徳氏(日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット デジタル事業開発統括本部
Data&Design Data Studio 技師)
顧客の要件を固定せず、変化を受け入れながら進化するPOMSは「変化を前提とした計画最適化」を実現する新しい協創型サービスモデルと言える。
日立だからこそ実現できた “3つの力”で支える真の計画最適化
POMSには、日立が長年の事業活動で培ってきた3つの強みがある。
1つ目は、変化に寄り添う「伴走力」だ。末吉氏は、この伴走力を「お客さまの変化を予見し、後から見つかる本当の課題に柔軟に対応できる力」だと説明する。この力は、最適化技術の専門家だけでなくソフトウェア開発や研究所の人財といった多様なリソースを結集できる日立の総合力「One Hitachi」によって支えられている。「データ分析からシステム設計、運用まで一貫して寄り添い、変化に追随できることこそが当社ならではの強みです」と末吉氏は強調する。
2つ目は、課題の本質を「見通す力」だ。佐藤氏は「私たちは製造、流通などさまざまな業界で得た知見を『Lumada(ルマーダ)』を通じて体系化し、ガイドラインとして整備しています」と説明する。これにより、顧客に提示された初期要件をうのみにせず、将来の変化を見越した設計が可能になる。「問題を部分的に解くのではなく、全体を見渡して本質的な解を見いだすことが重要です」(佐藤氏)
3つ目は、最適なアプローチを選び抜く「技術選択力」。計画最適化で用いるツールに「ソルバー」がある。計画最適化において守るべきルール(制約)とデータをインプットすると最適な答えを計算してくれる専門ツールを指す。多種多様なソルバーがあり、それぞれ得意とする計算手法が異なる。佐藤氏は「計画問題の性質が変われば、より効果的な手法、つまりソルバーの選択肢が変わるケースも多々あります」と、特定の手法に固執するリスクを指摘する。日立は、人のシフトや設備の稼働といった制約に応じて適切なソルバーを選択し、課題解決のための最適なアーキテクチャを構築できるという。
あなたの会社の「あの業務」も変わる 多様な業界で進む最適化の実践
POMSは多様な業務領域に応用できる。製造業では、「素材の切り出し計画」において大きな効果が見られた。従来は熟練者が経験則に基づいて部材や設備の組み合わせを決めていたが、AIが制約条件を自動的に評価して最適な切り出しパターンを算出することでロスを最小化。結果として、熟練者と同等の質の「原材料の使用効率計画」が短時間で出力され、現場の意思決定スピードを飛躍的に向上させた。
物流業では、港湾でのコンテナ荷役作業をAIで最適化した。トラックの待機時間を大幅に短縮し、業界全体の課題解決に貢献している。「1台当たり5分の短縮でも、全体では膨大な効率化になります」(佐藤氏)
POMSによる計画最適化は人事領域にも広がっている。異動や配置計画の業務は、今まで経験則に頼る部分が大きかった。しかし近年はジョブ型雇用の拡大に伴い、「スキルセットに合う最適なポジションに人を配置したい」というニーズが急増している。末吉氏は「地域や勤務条件、組織方針など考慮すべき制約条件は多岐にわたります。AIでそれらを踏まえた最適な異動計画を立てることで、組織全体のパフォーマンスを高めることができます」と語る。
最適化で「ムリ・ムラ・ムダ」をなくし、人と社会を豊かにする次の挑戦へ
日立が提供するのは、単に業務効率を高めるための技術ではない。POMSを通して見据えるのは、日本の企業や社会全体をより持続的で豊かな方向へ導くというビジョンだ。
末吉氏は「この計画最適化の力に生成AIを組み合わせることで、より高度な課題解決をめざしている」と話す。生成AIが顧客との対話から計画に必要な要件や制約条件を効率的に引き出し、モデル構築を迅速化する。あるいは、計画最適化によって作成した計画を生成AIが解釈して関連部門に必要な情報を自動で共有する――といった進化が考えられるという。
計画最適化は「判断」を得意とする。そこに生成AIの「言語化」能力や「情報抽出、伝達」能力を組み合わせることで互いを補完し合い、「より複雑な社会課題の解決に貢献していきたいと考えています」(末吉氏)
こうした技術進化の先に、日立の専門家たちはどのような未来を描いているのだろうか。佐藤氏は「計画最適化とは、世の中の“ムリ・ムラ・ムダ”をなくすための手法」だと語る。「大きく言えば、限られたリソースを有効に活用することは地球環境への貢献にもなります。最適化は地球に優しい活動でもあるのです」
末吉氏も、最適化の可能性を身近な視点から捉えている。「私たちの身の回りにも『もっと最適化できること』はたくさんあります。道路の渋滞解消や交通流の調整などもAIで解決していきたい領域です。社会全体でこうした取り組みが加速すれば、無駄な時間やエネルギーを減らし、誰もが快適に過ごせる社会に近づくはずです」
吉田氏は、日本が抱える構造的課題に注目する。「少子高齢化が進む中で、これからの日本は確実に人財不足に直面します。だからこそ、限られた人財でより大きな成果を出すための計画最適化が重要になるのです。私たちの取り組みが、日本全体の生産性向上や社会課題の解決に少しでも貢献できればうれしいですね」
業務効率化の枠を超え、社会全体の持続可能性に寄与する。日立が描く「最適化の未来」は、AIと人の協働によってよりしなやかで強い日本のビジネスを形作ろうとしている。

佐藤達広(さとうたつひろ)
日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット
デジタル事業開発統括本部 Data&Design Data Studio
シニアデータサイエンスエキスパート
博士(工学) 大阪大学大学院 基礎工学研究科 招へい教授
日立認定データサイエンティスト(プラチナ)

末吉 史弥(すえよし ふみや)
日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット
デジタル事業開発統括本部
Data&Design Data Studio 主任技師
日立認定データサイエンティスト(ゴールド)

吉田 美徳(よしだ よしのり)
日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット
デジタル事業開発統括本部
Data&Design Data Studio 技師
日立認定データサイエンティスト(シルバー)




