日立市共創プロジェクト推進本部 部長 小山 修氏、独立研究者・著作家・パブリックスピーカー 山口 周氏、お笑い芸人 バービー氏 に登壇いただき、社会イノベーション事業統括本部 統括本部長 佐野 豊およびモデレーターとしてLumada Innovation Hub Senior Principal 加治 慶光を交えて開催されたトークセッションのイベント採録を、前編後編でお届けします。テーマは、「市民参加型による未来都市の実現に向けて」です。
(写真左から)【モデレーター】加治 慶光(株式会社日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal)、山口 周氏(独立研究者・著作家・パブリックスピーカー)、バービー氏(お笑い芸人)、小山 修氏(日立市 共創プロジェクト推進本部 部長)、佐野 豊(株式会社日立製作所 社会イノベーション事業統括本部 統括本部長)
「市民参加型による未来都市の実現に向けて」(前編)から読む >
市民参加の重要性

加治
このセッションのテーマは「市民参加型による未来都市の実現に向けて」ですが、ここからは市民参加について議論していきたいと思います。2010年代からGAFAと呼ばれるテック企業を中心に、Done is better than perfect. 完璧をめざすよりもまずやってしまうことが重要だというスピード優先の潮流が世界中を席巻しました。しかし最近では、責任を伴わずにスピードだけを重視して、既存のモノを破壊する、という発想は見直しを迫られています。
それよりもじっくりといろいろなものを見極めて、ステークホルダーや市民ともしっかり対話をしながら物事を進めることの方が大切だ、という流れに変わってきたように思います。インクルージョン、包摂といった言葉がありますが、特に地方創生ではいかに市民を巻き込むかが成否の鍵を握っています。そういった市民参加の意識の変化について、山口さんはどのようにお考えですか。
山口氏
世界的に成功したと言われている代表的なスマートシティプロジェクトは、スペインのバルセロナ市だと思います。スマートシティというと、テクノロジーを駆使して利便性を追求した未来都市を想像しがちですが、バルセロナ市の場合にはテクノロジーで民主主義のあり方を変えたという特徴があります。普通は選挙で選ばれた政治家や行政、建築家などの専門家が、パブリックサービスとしてスマートシティを構想して進めていきます。そして日立市のような人口減少や渋滞解消といった課題を解決するために、テクノロジーを導入します。

バルセロナ市では、例えば行政が考えているまちづくりについて賛成か反対か、あるいは自分はこう考えるといった意見を市民が自由に提出できて、それを可視化する仕組みを作りました。従来はパブリックサービスとして発表されるまで見えなかった構想のプロセスを、テクノロジーで可視化して市民が参加できるようにしたのです。
この議論のプロセスの中で、今こういうことが起きていて、こういう3つの案が出ているが、市民の皆さんはどう思うのか?と問いかける。すると市民から、行政サイドが気づかなかったようなリスクを指摘されたり、思わぬ形で4つ目のアイデアが出てきたりなど、デジタル空間でのディスカッションが可能になった。テクノロジーを利便性や効率化のために活用するのではなくて、市というコミュニティづくりに参加するという包摂のために活用したのです。これは私たちが学ぶべきポイントだと思います。
日立市の市民参加施策
加治
日立市の共創プロジェクトでは、市民参加に関してどんな活動を行っていますか。

小山氏
日立市では、さまざまなイベントを通じてまちづくりに参加していただくという活動をしており、少しずつ手応えを感じているところです。
例えば公共交通のスマート化の取り組みの一例ですが、バスに代わる新しいモビリティは何がいいのかをイベントで実際に体験していただき、投票してもらいました。



佐野
他にも市民参加の活動で手ごたえを感じているのが、ワークショップです。前回は日立の研究所の社員がファシリテーターとなって、茨城大学の学生さんと未来の日立市というテーマでまちを散策し、課題を出し合ってディスカッションを行い、生成AIを使って未来の広報誌を作る、というワークショップを行いました。
これからのまちづくりというのは、学生には身近なテーマですので、刺激的な経験になったという感想をいただいています。この7月からはさらに一歩進めた「スマート住宅エリア」というテーマで、学生だけではなく地域に関わる企業の方々も参加できるワークショップを開催する予定です。
共創プロジェクトの現在
加治
現在の共創プロジェクトでは、どのような取り組みが進められているのか、具体的に教えていただけますか。
小山氏
こちらのスライドは、3つのテーマのひとつである「デジタル健康・医療・介護の推進」で発表したグランドデザインです。これから取り組んでいく施策について、市民の皆さんに分かりやすくお示しできるようイラストにしています。全体のめざす姿は、「住めば健康になるまち」というキャッチフレーズに集約しました。

小山氏
具体的な取り組みとして、子ども向けのオンライン医療サービスを開始しています。中学生までの子どもを持つ世帯の方に、スマホやパソコンから登録していただくことで、オンラインでの医療相談や、夜間や休日の急な発熱など救急で病院に行くべきか迷うようなケースに有効なオンライン診断といったサービスを、無料で受けることができるようになりました。すでに告知から1カ月半で1,000人以上の方が登録しており、良い手ごたえを感じています。

佐野
将来的には今のデジタルの活用をさらに進めて、社会インフラや生活インフラのデジタルデータだけではなく、市民の意見や要望も取り込んだ“バーチャル日立市”を構築して、その中で様々な施策を検証するといったこともやってみたいと思っています。例えば交通のデータと健康データをバーチャルの世界で掛け合わせることで、何か新しいアプローチが見つかるかもしれません。
日立製作所は、新経営計画「Inspire 2027」の中で、環境・幸福・経済成長が調和するハーモナイズドソサエティという大きな方針を発表しています。この共創プロジェクトを通して、調和する社会というものを形にしていきたいと考えています。
共創プロジェクトのめざすゴール
加治
小山さんは日立市の市民でもありますが、この共創プロジェクトのゴールはどのようなものになっていると嬉しいですか。
小山氏
日立市が、先ほど議論のあった市民参加型のまちづくりが当たり前のこととして定着した暮らしやすいまちになり、その姿が国内外から注目を集めているといった未来図を思い描いています。そうなれば、世界中から日立市に人がやってくるでしょうし、投資もしていただけるような環境になっているかもしれません。
もうひとつのゴールのイメージは、北欧ヘルシンキのスマートシティのスローガンである「One more hour a day」という言葉です。市民が、1日に1時間の余裕を持てるような暮らしをめざす。私はこれがスマートシティの本質だと思っています。
加治
めざすゴールは、1日1時間の余裕が持てる心豊かな生活という小山さんのお話、山口さんはどう思われますか。
山口氏
これは非常に重要な視点だと思います。先ほども医療や健康についてお話がありましたが、国連のWHO(世界保健機関)が発表した先進国の21世紀最大の問題となる疾病は、ガンでも心臓病でもなくて、精神疾患なんです。孤独感が非常に大きな問題になっています。アメリカでは年間7万人以上が薬物の過剰摂取で亡くなっていると言われています。社会から認められない孤独な思いから薬物に手を出して、命を落とす。アメリカの都市部では、交通事故死より多くの人が薬物で亡くなっているところもあるそうです。おそらく近い将来、日本にもそういう問題が出てくると思います。
そうならないように心豊かな生活をめざすのであれば、大切なことは「包摂」です。とにかく一人にさせないということに尽きます。普通の病気と違って、精神疾患というのは場所によって発生率が全く違います。精神疾患は身体の気質的な問題から起こるのではなく、社会的な産物だということです。つまり、社会のあり方によって精神疾患は減らすことができるのです。包摂や人のつながりのある社会を作るために、デジタルをどう生かせばいいのか。これはこれからのまちづくりに、なくてはならないテーマだと思います。
クロージング
加治
そろそろお時間が迫ってきました。最後に幸せなまちづくりには何が必要なのか、皆さまから一言ずつお話をいただけたらと思います。

バービー氏
私は都市の人と田舎の人の違いみたいなことをお話ししましたが、田舎には田舎の良さがあることもこの年になってすごく感じるんです。たまに田舎に帰ると、コンプライアンス感覚がバグってるぞって思うほどいじられる時があるんですけど、それは本当に密接な人間関係が構築されているからできることだと思います。
それは都市ではないことだから、残していきたいという気持ちも私の中にはあります。でも人口が減り続ければそれも残せないとか、いつもあちこち迷いながら自分ができる活動をしています。
山口氏
繰り返しになってしまいますが、ヒューマンセントリック(人間中心)ということが重要だと思います。テクノロジーセントリックになってしまうと、スマートシティはうまくいかなくなる。これからの技術は人と共にあること、人を真ん中に置くことが重要だと思います。
小山氏
一昨年の12月に日立製作所と包括連携協定を結んで、1年半になります。これからは検討段階から実証、そして実装へと向かうわけですが、より多くの市民や企業、団体の方々にこの共創プロジェクトにご参加いただき、国内外から注目されるような大きなうねりが作れればと思っています。
佐野
ヒューマンセットリックなデジタル社会というのは、まさにSociety5.0のめざすところだと思います。これを日立市で実現するために、日立市の行政の活動、私たち企業の活動、市民の皆さまの地域活動が力を合わせられる環境を整えることで、暮らす方たちが誇りに思えるようなまちづくりに貢献したいと思います。
加治
本日はありがとうございました。
「日立市×日立 次世代未来都市共創プロジェクト」の記事一覧はこちら>

小山 修(こやま おさむ)
日立市
共創プロジェクト推進本部部長
1988年、日立市役所入所。1991年より産業経済部企業立地課で企業の誘致を担当。以来、商工振興課、日立地区産業支援センターなど、34年間、中小企業振興、産業振興に携わる。2021年より産業経済部長、2025年より現職。

山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。株式会社ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後に独立。
株式会社モバイルファクトリー社外取締役。
著書に『人生の経営戦略』『クリティカル・ビジネス・パラダイム』『ビジネスの未来』『ニュータイプの時代』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『武器になる哲学』など。

バービー
お笑い芸人。北海道出身。2007年、相方のハジメとお笑いコンビ「フォーリンラブ」を結成。TBS「ひるおび!」のコメンテーターや、TBSラジオ「バービーとおしんり研究所」のパーソナリティを務めるほか、生まれ故郷の町おこしにも尽力。YouTube「バービーちゃんねる」では、最新美容や女性の悩みについてのトピックが話題となり、現在の登録者数は30万人を超える。著書には、講談社より「本音の置き場所」に続き、PHPスペシャルで人気連載をまとめた「わたしはわたしで生きていく」を一昨年出版。多岐にわたり活動の幅を広げている。

佐野 豊(さの ゆたか)
株式会社日立製作所
デジタルシステム&サービス統括本部社会イノベーション事業統括本部長
兼 デジタルシステム&サービス統括本部ひたち協創プロジェクト推進本部長
1994年に日立製作所大みか事業所に入社以来、交通・電力システムやスマートシティ、制御プラットフォームなど幅広い事業に従事。多様化する社会課題の解決に向け、多くのプロジェクトをリード。柏の葉スマートシティプロジェクトでの経験も活かし、現在、創業の地である日立市とともに「次世代未来都市(スマートシティ)の実現に向けた共創プロジェクト」を推進、プロジェクトリーダーとして指揮を執る。

【モデレーター】加治 慶光(かじ よしみつ)
株式会社日立製作所
Lumada Innovation Hub Senior Principal
シナモンAI 会長兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー(CSDO)、鎌倉市スマートシティ推進参与。青山学院大学経済学部を卒業後、富士銀行、広告会社を経てケロッグ経営大学院MBAを修了。日本コカ・コーラ、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、日産自動車、オリンピック・パラリンピック招致委員会などを経て首相官邸国際広報室へ。その後アクセンチュアにてブランディング、イノベーション、働き方改革、SDGs、地方拡張などを担当後、現職。2016年Slush Asia Co-CMOも務め日本のスタートアップムーブメントを盛り上げた。
「Hitachi Social Innovation Forum 2025 JAPAN, OSAKA」開催概要
開催: 2025年7月17日(木)
会場: ヒルトン大阪
URL:https://www.service.event.hitachi/regist/