「第1回 治療中断の抑止で糖尿病の重症化を防ぐ」はこちら>
「第2回 データ活用による糖尿病治療中断の要因分析」はこちら>
「第3回 歯科検診の受診率向上をめざす自治体の取り組みを支援」はこちら>
歯周病の予防目的受診者を抽出しデータを分析
「データ利活用による歯科検診推進事業では、歯周病と他の疾患との関係に注目しています」とソリューション提供に携わる日立製作所 研究開発グループ ヘルスケアイノベーションセンタの大﨑 高伸は説明します。「まず歯科医院で定期的に歯周検査と歯石除去を行っている人を歯科の予防目的受診者(図1)として抽出します。歯科のレセプトデータを医療や介護のデータと照らし合わせて、歯科の予防目的受診者、その他の治療で歯科を受診した人や歯科受診が無い人など、歯科の受診状況の違いと、糖尿病、脳血管疾患、誤嚥性肺炎などの医療費や有病率などの関係を分析します。この結果から、予防目的受診者の割合が低い地域、糖尿病などの疾病と歯科受診状況に課題が見られる地域など、歯周病対策が必要な市町村を可視化し(図2)、各自治体の歯科保健事業の計画立案と実行に役立てていただきます」。
福岡県における事業では、準備段階として西原 達次氏の専門的視点から助言を受け、データ分析の方法を定義しました。そして、福岡県から提供されたデータを用いて分析を行い、分析結果の意味や対策について西原氏とともに検討を行い、最終的には、地域の課題や施策について報告書を取りまとめ、報告会で説明を行っています。
長野県の事業では糖尿病の治療中断との関連にも注目
「データ利活用による歯科検診推進事業」は、2023年度より、長野県のヘルスアップ支援事業でも活用されています。長野県と日立は2022年度より糖尿病治療中断抑止をめざす国保ヘルスアップ支援事業を推進してきましたが、歯科検診の受診率向上にも併せて取り組むため、本ソリューションが導入されました。具体的なデータ分析内容は福岡県の事業と同様ですが、長野県ではとくに糖尿病の治療中断者と歯科の受診者との関係に注目しています。分析調査では、糖尿病の治療中断中に歯科を受診している人が5割程度いることも明らかになりました。
「この結果は、医科歯科連携による糖尿病の受診継続支援の有効性を示唆しています」と、長野県の事業でも助言を行う西原氏は指摘します。「歯科健診にいらした方が糖尿病の治療中断者だとわかれば、歯科医師から歯周病と糖尿病の関係や治療継続の重要性について説明し、治療再開を勧奨することができます。一方で、医師のほうからも、歯周病と生活習慣病との関連を説明して歯科健診を勧奨する取り組みも期待できます。これからのヘルスケアは、医師と歯科医師が連携して、患者さんの健康を総合的な視点で見るという方向に進むでしょう。そのためには歯科医師の意識変革も必要です。」と西原氏は提言します。
現在、日立は福岡県、長野県以外の自治体でも「データ利活用による歯科検診推進事業」の活用を進めています。このソリューションの有用性について、「日立は、歯科のレセプト情報を用いて歯周病予防対策の有無と生活習慣病との関連を分析するサービスの提供に先進的に取り組んできました」と大﨑は強調します。「私の所属するデジタルヘルスケア研究部では、ヘルスケアデータの分析や利活用に関する研究開発を行っています。このソリューションでは、日立がこれまでの研究活動で得られた技術やノウハウを活かして分析や報告を支援しており、私たちは課題を持つお客さま、歯科医療を専門とする西原先生、データを扱うエンジニアとの間を結ぶ役割を担っています。西原先生のおっしゃる医科歯科連携を視野に含めれば、そのような関係者間を結ぶ役割をさらに拡大していくことも求められるでしょう。今後も西原先生のご協力をいただきながら、歯周病予防施策のための分析サービスを、多くの自治体に広げていきたいと考えています」。
健診と健康との関係を可視化し、行動変容につなげる
デジタル社会の実現に取り組む日本政府は、公共性の高い分野のデジタル化、データ連携基盤の構築などを推進しています。「今後は医科・歯科分野でもデータ利活用が進んでいくことで新たな展望が開けるはずです」と期待を寄せる西原氏。「歯周病という感染症を公衆衛生学の観点から考えたとき、口の中だけ見ていたのでは新たな知見は得られません。口も臓器の一つであると考えれば、今後、医科と歯科のデータ共有・連携、活用は必須になるでしょう。新型コロナウイルスによるパンデミックをきっかけに感染症に対する認識も変化し、予防の重要性がより強く意識されるようになってきました。予防医学というものをより広い視野で捉え、歯周病対策が全身の健康を守ることにつながるという視点も取り入れることが大切です。そのためにもエビデンスやデータを蓄積し、それを活用して改善につなげる仕組みが重要になります」と今後を見据えます。
医療分野でデータ利活用による新たな展開が期待されることについて大﨑は、「例えば歯科検診を受けた結果がどのように健康に結びつくのかを可視化できるようにすることはもちろんですが、それをどう行動変容につなげるかが重要です」と指摘し、ヘルスケア研究部として、医療データを人の健康に、さらにはウェルビーイングと結びつける道筋を考えていきたいと語ります。
日立はこれまで培ってきたITの知見を活用し、お客さまのデータから価値を創出することによりデジタルトランスフォーメーションを支援する事業を推進しています。歯科保健を含めた医療・ヘルスケア分野においても、データを活用した価値創出にお客さまとともに取り組み、健康寿命延伸への貢献をめざします。
西原 達次 氏
合同会社歯周医学センター 代表社員・中央研究所長
九州歯科大学名誉教授
歯学博士