「第1回 治療中断の抑止で糖尿病の重症化を防ぐ」はこちら>
「第2回 データ活用による糖尿病治療中断の要因分析」はこちら>
口腔の健康に着目したソリューション
日本人の平均寿命が男女ともに80歳を超えたなか、社会全体での病気予防と健康づくりを推進するため、厚生労働省は2018年から「国保ヘルスアップ支援事業」を推進中です。
この取り組みに対して、日立はデータ分析と保健事業計画の策定・推進・効率化などを支援する13の関連ソリューションを提供しています。
その一つが「データ利活用による歯科検診推進事業」です。
口腔の健康を保つことは体全体の健康にも深くかかわります。とくに細菌感染によって歯と歯ぐきの境目に生じる炎症性の疾患である歯周病は、放置すると歯を失う原因になるだけでなく、生活習慣病にも関与すると言われています。歯周病とむし歯を予防すること、早期発見と適切な治療で進行を防ぐことは健康寿命の延伸に欠かせない要素であり、そのためには定期的な歯科検診を受けることが大切です。このような観点から、多くの自治体が歯科検診の受診率向上に取り組んでいます。日立の「データ利活用による歯科検診推進事業」は、そうした自治体の取り組みを支援するソリューションです。
国民皆歯科健診制度の検討も始まる
このソリューションの推進や自治体への提供において、日立は歯周病研究の第一人者として知られる西原 達次氏にご協力をいただきました。西原氏は九州歯科大学の教授、学長を歴任したのち、現在は同大学名誉教授および合同会社歯周医学センターの中央研究所長を務めています。長年にわたり歯周病の研究に取り組んできた西原氏は、日本の口腔衛生に関する課題を次のように指摘します。
「日本人の口の中に対する意識は近年だいぶ高まってきました。小学校での歯磨き指導や、1989年に始まった、80歳になっても20本以上の自分の歯を保つことをめざす「8020運動」などで歯の健康を保つことの大切さが理解されるようになったためでしょう。とくに大都市部を中心に歯や口腔内の健康維持を積極的に行っている人が増えています。ただ、口腔保健のための歯科検診はまだ一般的ではありません。医科と同様に歯科でも予防や早期発見が重要であるという理解を広めていくことがこれからの課題と言えます」。
現在、歯科では医科のような健康診査は行われていません。18歳までは学校歯科健診が義務化されているものの、その後は20歳から70歳までの10歳ごとに「歯周疾患検診」が自治体の努力義務として行われているのみです。歯周疾患検診は8割近い市区町村で実施されていますが、受診率は5%程度であるのが実情です※1。一方で歯周病を患う人は年齢とともに増え、厚生労働省の「令和4年歯科疾患実態調査」によれば45~64歳で約40~50%、65~79歳では55~60%に及んでいます。
「ただ予防のための歯科健診はまだ一般的なものではなく、仕事の多忙や歯科治療が痛い、怖いといったマイナスイメージなどからも避けられがちです。医科と同様に歯科でも予防や早期発見が重要であるという理解を広めていくことがこれからの課題と言えます」と西原氏。そのため政府は2022年度の「骨太の方針」に国民皆歯科健診制度の検討を盛り込みました。歯周病の早期発見・治療につなげるため、年代を問わず国民全員が定期的に歯科健診(歯の健康状態を総合的に確認する健康診査)を受けることを目標とする制度です。
※1 出典:厚生労働省2024年「歯科口腔保健の推進に向けた取組等について」
福岡県と一体となって実施した歯科検診推進事業
こうした動きを背景に、日立はさまざまな自治体とともに、データ利活用による歯科検診推進に取り組んできました。その一つが福岡県です。日立は、福岡県の国保ヘルスアップ支援事業に参画し、医療・健診・介護のデータ利活用によって、健康の保持増進、疾病予防、生活の質向上等に資する市町村の課題抽出と分析結果を提供することにより、保健事業を支援する事業に協力してきました。2021年度に「データ利活用による歯科検診推進ソリューション」も適用し、データ分析の前提事項の設定などに関して西原氏の助言を仰ぎながら、歯科口腔保健の実態を把握し対策につなげる取り組みを県とともに実施しました。
西原氏はこの取り組みの目的について「歯周病をできるだけ早期に発見するために、まずは検査の機会を増やす必要がある」と語ります。歯周病に関しては、厚生労働省の論文調査でメタボリックシンドロームや循環器疾患との関連を認める報告が複数あり、それら疾患の重症化防止における歯科保健の有効性が指摘されているためです。「調査結果を実際のデータで裏づけることも目標です。これまで日立と一緒に行ったデータ分析と研究によって実態がかなり見え始めていますから、今後継続して調査を行うなかで、歯科健診をきちんと受けて歯周病の予防に努めた人は、歯科だけでなく医科も含めた医療費低減につながることを明らかにしていきたいと考えています。それがひいては歯科保健政策の継続発展と、国民全体の健康につながるはずですから」。
西原氏は現在、スクリーニングにより、歯周病リスクの高い人をふるい分けて重点的に健診を勧奨する方法の調査研究を行っています。「こうした取り組みや、日立と協力しているヘルスアップ支援事業を通じて、歯科に対する認識変容を促していくつもりです」と将来を展望します。
「第4回 医科歯科のデータ共有・連携と活用により、新たな価値を」はこちら>
西原 達次 氏
合同会社歯周医学センター 代表社員・中央研究所長
九州歯科大学名誉教授
歯学博士