「みんなでつくる未来社会 ~デジタルによる地域課題の解決そしてSociety 5.0へ~【前編】地域の強みを見つけ、課題解決へとつなげる」はこちら>
サッカーを軸とした「共助のコミュニティ」を
加治
続いて、今治の地域に根を張って活動されている岡田武史さんのお話を伺います。
岡田
僕は2015年から愛媛県の今治市をホームタウンとするサッカーチーム、FC今治のオーナーを務めています。その仕事は先輩とのご縁で引き受けたのですが、いざ今治に行ってみると街に活気がなく、これではいけない、サッカーで人を呼んで地域を盛り上げなければと強く思いました。
とはいえ最初はよそ者扱いで、「どうせすぐ去って行くんだろう」などいろいろと言われたものです。でも、自分の車にガムテープでポスターを貼って街中を走ったり、駅でビラを配ったり、高齢者の困りごとをサポートする活動なども行っているうちに、地域の皆さんとの信頼関係も生まれ、スタジアムに人が集まるようになりました。
サッカーチームには専用スタジアムが必要です。最初に建てたのは、5000人程度収容の天然芝のホームスタジアムというJ3リーグの参入条件を満たすためにつくった「ありがとうサービス夢.スタジアム」でした。次に建てたのは、J2クラブライセンス基準を満たす施設を備えたサッカー専用スタジアムです。大がかりな話でしたが、建設計画を発表した頃には今治という街に自信と誇りを持つ方々も増えていて、土地の確保から建設計画までスムーズに決まりました。そして「あとは岡田さんが40億集めるだけです」と言われました(笑)。
そこで、「心の拠り所としての里山のようなスタジアムをつくる」というコンセプトを打ち出し各方面に説明して回ったところ、奇跡的に建設資金が集まり、民設民営の「今治里山スタジアム」が2023年1月に完成しました(命名権契約により2024年5月から「アシックス里山スタジアム」)。
今治.夢スポーツの企業理念は、「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する。」というものです。この有限の地球では、物質的な成長ではなく、数字で表せない文化的な成長をめざす必要があります。僕らは、その里山スタジアムを単なるスポーツ施設ではなく、そうした成長を実現するコミュニティ、衣食住を保障し合う「共助のコミュニティ」の核とすることをめざしています。
僕は内閣府の地方創生委員なども務めていましたが、地方創生で一番大切なのは、そこに住む人がいきいきと幸せそうに生きていることで、そうなると人は自然に集まるものです。今治は今、移住者も増え、『田舎暮らしの本』の「住みたい田舎ベストランキング」で2年連続1位に選ばれるまでになりました。
僕らがやっているのは単にサッカーだけではなく、社会を変えることであると思っています。
加治
最後に、馬島から日立製作所にゆかりのある日立市との取り組みをご紹介します。
馬島
私ども日立製作所の創業の地は茨城県日立市です。その日立市では昨今、他の地方都市と同様に人口減少、高齢化、交通問題、地球温暖化対策などの社会課題が顕在化しています。弊社と日立市はそれらを一緒に解決していくことをめざし、2023年6月、全国に先駆けてSociety 5.0を実装した次世代未来型都市の共創プロジェクトを開始しました。私はそのリーダーを務めています。
プロジェクトでは、優先テーマとしてグリーン産業都市、デジタル健康・医療・介護、公共交通のスマート化の三つを設定しています。本日はその中から、グリーン産業都市をめざした脱炭素化の取り組みについてご紹介します。
日立市は2050年までにCO₂排出量ゼロを目標としています。その鍵となるのは全体の約7割を占める産業部門の脱炭素化です。達成に向けたステップは、CO₂排出量の見える化→省エネルギー→再生可能エネルギーの導入→蓄電、余剰電力の提供→それら一連の流れのデジタルツインを構築し、その中で検証と改善を図るというものです。これは日立市にある弊社の大みか事業所で先行的に進めている取り組みと同様で、その中で得られたノウハウを日立市に展開していく計画です。
そして最終的にはエネルギーだけでなく交通やヘルスケア分野も含めて、日立市全体のデジタルツイン、つまりバーチャル日立市を構築し、その中にリアル空間からのデータや市民の方々の意見を取り込み検討、検証を行い、必要な施策をリアルの日立市に反映するというサイクルを確立していく計画です。それによって「世界に誇れる脱炭素都市」、「住めば健康になるまち」などの目標を実現していきたいと考えています。
このプロジェクトには現在、日立市側と当社のメンバー合わせて120名以上が携わっています。日立のメンバーは市のイベントなどにも参加して、市民の方々との交流を増やし、信頼関係の構築にも努めています。
最終目標へ到達するには時間が必要ですが、Society 5.0の実現をめざす日立市の取り組みは日本の他の都市、さらにはグローバルでもモデルになるはずです。「未来は自分たちでつくる」という強い思いを持って、私たちはこのプロジェクトを進めております。
デジタルの力を生かし、日本の精神を世界に
加治
皆さんの活動をはじめ、日本では地域課題解決に向けたさまざまな取り組みが進んでいます。そのような日本が今後、世界の国々の課題解決に貢献していくためには、どのようなことが必要だと思われますか。
御手洗
デジタル技術は一つの鍵になると思います。私自身、リモートワークやECなどの環境があるからこそ、地方を拠点に仕事ができています。デジタルの力を借りて、地方からでも一瞬で世界に情報を発信できる時代となり、その地域ならではの素敵な暮らし方や、ひとによろこんでもらえる商品やサービス、アイデアといったこともどこからでも発信できるようになり、いい情報であれば広く拡散します。ですから、「いいこと」「いいもの」を生み出すことに集中していれば、それは自然と世界に広まって貢献できるのではないかと思います。
橘
エンターテイメントでも、デジタルの力で世界中の人が同じものを同時に楽しめる時代になりました。LDH Japanも活動のグローバル化に取り組んでいるところで、さまざまなハードルはありますが、いい音楽、世界の皆さんに共感していただける作品をつくれば世界に通じ、エンターテイメントを通じたグローバルな社会貢献もできるはずと信じています。僕らも日本人ならではのエンターテイメント魂を大切にしながら、挑戦を続けていきたいと思っています。
岡田
僕としては、例えば全国に60あるJリーグのチームが中心になって、デジタル技術も活用しながら共助のコミュニティを各地域で築いていけば、この国が変わるかもしれないと思っています。グローバルでも資本主義が格差と分断で行き詰まり、民主主義もポピュリズムで行き詰まっている中、世界の秩序は上から与えられるものではなく、下から共助のコミュニティを築いていくことにこそ可能性があるのではないかと思います。だから、まずは僕たちの活動を日本の中で横展開していくこと。それが次世代の希望となり、いずれグローバルに広がっていくかもしれないと思っています。
加治
近年、サステナビリティが問われるようになり、自分さえよければいいわけではないという共助の精神や、江戸時代から受け継がれてきた「三方よし」の精神といった日本人の根源的な価値観が世界にも必要とされているのではないかと感じます。
馬島
そうした日本の精神や文化といったものを、例えば日立市との共創プロジェクトなどでデジタルの世界に活かすことができれば、それをグローバルに展開できるのではないかと思います。また、喫緊の課題である環境問題に対しては、地域ごとの脱炭素モデルを確立し、さらにそれをグローバル展開していくことで世界各地の脱炭素化に貢献していくことをめざしています。
加治
最後に一言ずつメッセージをいただけますか。
御手洗
皆さんのお話からあらためて感じたのは、課題を具体的かつクリエイティブに解くことの重要性です。気候変動にしても人口減少にしても、漠然と心配していても仕方ありません。まずは身近な課題から具体的に解決していくことが、やがて大きく広がっていくのだと思います。
橘
僕はソーシャルイノベーション活動を通じて芸能界以外の方々とかかわりを持たせていただくことで視野が広がりました。やはり人と人とのつながりが大切だと思いますし、僕自身さまざまなコミュニティの一員としてその地域に貢献できる存在であり続けられるよう、努力していきます。
岡田
今治では今「岡田ウイルス」というのが流行っていまして、これにかかるとお金を出したくなるんです(笑)。このセッションをお聴きの皆さんもだいぶ感染しているはずですから、ぜひふるさと納税で今治をご支援いただければ幸いです。
馬島
ゲストの方々それぞれ目の前の課題は違っていても、未来の日本、次の世代によいものを残したいという思いは共通していると感じました。それは皆さんも同じだと思いますので、一緒に課題解決に取り組んでいけたらと願っています。
加治
地球温暖化問題をはじめとする今日の複雑な課題には、マルチステークホルダーの連携が重要になっています。皆さん、それぞれ課題に対して明るく笑顔で立ち向かっておられ、その姿が周りの人たちを巻き込んでステークホルダーの輪を広げているのではないかと感じました。
少しでも明るい世界を次世代の人々が継承できるよう、私たち一人ひとり、そして日本がどのような役割を果たせるのか、このトークセッションをきっかけに考えていただければ幸いです。
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