気仙沼の伝統に根ざした手編みのニット
加治
日本が未来社会の姿として描いているSociety 5.0は、さまざまな社会課題の解決と経済発展を両⽴する社会とされています。社会課題の解決には日本全体としての視点と地域の視点、それぞれに応じた方法があると思いますが、このセッションでは実際に地域課題の解決に挑んでいる四つの事例について伺います。皆さんのお話を通じて、社会課題の解決に重要なアクションは何か考えていきましょう。それは地域だけでなくグローバルな課題の解決にもつながるものであると思います。
まず気仙沼ニッティングの御手洗瑞子さんより、ご自身の活動についてお話しいただけますか。
御手洗
私は、生まれも育ちも東京なのですが、今は気仙沼に住み、仕事をしています。子どもの頃から国際協力に興味があり、単なる金銭的な援助ではなく、その地域の人みんながハッピーになる経済循環をつくることをめざしたいと思っていました。
人のために仕事をするにはまず自分がきちんと力をつける必要があると思い、大学では経済学を学び、コンサルティング会社のマッキンゼーに勤めました。その後、ご縁あって民主化した直後のブータンの首相フェローに就任しました。ブータンはGDPよりもGNH(Gross National Happiness:国民総幸福量)を重視する国づくりをめざしており、私は新首相のもとブータンの価値観にもとづいた産業育成のお手伝いをしておりました。
その最中に東日本大震災が起きたことで、日本人として東北の復興に役立ちたいと思うようになり、ブータンでの任期を終えて日本に帰国、以来、気仙沼で仕事をしています。地方都市である気仙沼にいますと、地域単位で解決できる問題と、国単位といったより広い視野で解決しなければいけない問題の両方が見えてきますので、気仙沼でビジネスを行いつつ政府の規制改革会議の委員なども務めております。
気仙沼での仕事は、一時的な復興支援にとどまらず東北で続いていく事業をつくりたいという思いから始めたことです。働く人が誇りを持てる仕事を生み出したいと考え、糸井重里さんと一緒に手編みニットのブランドを立ち上げました。
なぜ編み物かというと、気仙沼で盛んな遠洋マグロ漁と関係があります。遠洋マグロの漁場はヨーロッパ近海など遠方にあるため、漁師さんたちは出航してから到着するまで1か月ほど船の中で過ごすことになり、そのあいだに編み物をしていたそうなのです。そうした伝統を受け継いで編み物ができる方が多くいらっしゃったので、その技術レベルを高めて産業化しようと考えました。
現在では、オーダーメイドのカーディガンやセーターをつくり販売しているほか、アーティストの方々などとコラボレーションした作品や商品も手がけています。気仙沼で採れる海藻で染めた毛糸で編んだセーターなどもあります。手編みのニットは、人の手の柔らかい力で編むので、機械編みよりも編み地がふっくらしていて、とても暖かいのです。そうした手仕事のよさを気に入ってくださる方々も増えており、SNSを通じた評判なども手伝って、広く国内外のお客さまに商品をお届けしています。
パフォーマーとして本気で地域を盛り上げる
加治
ありがとうございました。次にお話しいただく橘ケンチさんは、日本酒を通じて地域を盛り上げる活動もされていますね。
橘
僕はEXILEとEXILE THE SECONDという二つのアーティストグループでパフォーマーとして活動しています。また、所属しているマネジメント会社、LDH Japanは以前から社会貢献事業に力を入れているのですが、僕は2023年10月からそのSocial Innovation Officerを務め、社会貢献と地域共生を担当しています。
LDH Japanの社会貢献活動は、2010年の全国ツアーでライブ開催地域を盛り上げる活動を行ったことをきっかけにスタートしました。そして、その翌年に起きた東日本大震災を受け、「日本を元気に」というテーマを掲げるとともに、僕たちがアーティストとして社会に貢献することの意味を考えながら活動するようになりました。
社会貢献活動の事例としては、サッカー少年の夢を応援したいという思いから、小学校4~6年生を対象にしたフットサル大会「EXILE CUP」を2010年から開催しています。これは岡田武史元サッカー日本代表監督とのご縁から生まれた活動です。また復興支援活動としては、被災地と全国の中学生が「Rising Sun」の振り付けを一緒に踊ることで被災地だけでなく日本全体を元気づけたいと願い、「Rising Sun Project」を2012年から継続しています。
CSV(Creating Shared Value)の観点では、地方自治体との連携を拡大しています。これは僕が8年ほど前に日本酒に目覚め、日本全国の酒蔵を自分の足で巡るようになったことを発端とした活動です。日本酒というものを知れば知るほど、それが地域の食文化や歴史の象徴的な存在で、日本酒を知ることが日本を知ることにつながると実感するようになり、『橘ケンチの日本酒最強バイブル』という書籍も出版しました。
この日本酒の活動からいろいろなご縁が広がり、LDH Japanは地方自治体と地域共生の取り組みを始めています。例えば、北陸新幹線の開業に合わせて地域おこしに力を入れてきた福井市とは包括連携協定を結び、LDH Japanが福井市全体のシティプロモーションを応援しています。
その活動が各方面から注目されて、日本各地の自治体からオファーをいただくようになり、所属メンバーがそれぞれの出身地で観光大使などを務めています。それも名前だけ貸すといったことではなく、パフォーマーとして本気でその地域を盛り上げる活動を行っていきたいと考えています。
現在、LDH Japan は「Circle of Dreams」というパーパスを掲げています。僕たちは、夢から生まれる力を信じています。自分が描いた夢を実現していくだけでなく、次の人に夢を託していく「夢の循環」がパフォーマーとしての活動のテーマです。
そして社会イノベーション活動では「Dreams for Children」というテーマを掲げ、未来を担う子どもたちが夢に向かって成長できるようにさまざまな支援を行っています。「日本を元気に」するために、これからもLDH Japanだからこそできる活動を続けていきたいと思っています。
加治
地方創生では「土の人」と「風の人」という概念がありますけれど、御手洗さんは土の人としてその地に根を張って活動され、ケンチさんは風のように各地を走り抜けながらその地の種を芽吹かせているのだと感じました。
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次回、後編は11月22日公開予定