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モノづくり実習での取り組みが実運用へ
——山崎建さんと山崎仁さん、それぞれのモノづくり実習での取り組みが、現在の現場でどのような状況にあるのか教えてください。
美濃
私は山崎建さんの指導員だったのですが、建さんは導通*¹のエラー削減というテーマで複数のアプローチを提案してくれました。いずれも実運用を検討中ですが、特に導通結果を可視化する誤結線ダッシュボードについては、現在私どもデジタル推進グループが引き継いで取り組みを進め、実運用への目途が立ちつつあります。
大山
私は山崎仁さんの指導員でしたが、仁さんのテーマは立て*²における溶接のひずみの低減ということで、蓄積データから溶接前に車両を拘束する寸法を個所ごとにきめ細かく導き出してくれました。現在は製造現場が仁さんのアウトプットをもとに、実際に作業しながらブラッシュアップを進めているところです。
*1 導通とは、編成車両の各所に取り付けられたさまざまな電子機器が間違いなく結線されているかどうかをチェックする作業のこと。
*2 立てとは、鉄道車両を六面体の箱型に組み立てる作業のこと。
現場にとってデータサイエンティストとは
——実習での施策が、実際に現場の改善に生かされつつあるのですね。実習とはいえ今回データサイエンティストとともにDXに取り組みましたが、その印象はいかがでしたか。
美濃
まず感心したのはデータの扱い方の緻密さです。建さんは現場が見たい情報を提供するために膨大なデータから、どのテーブル、カラム、レコードを抽出するのか、相関なのか、因子なのか、どの分析手法をとるのか、さらに可視化するグラフのタイプまで細かく突き詰めて考えます。私たちではどこか曖昧になってしまいますが、建さんの場合はすべて理由があるから説得力が違います。これがデータサイエンティストなのか、と思いました。
大山
やはりデータを見る時の粒度の細かさというのは感じました。例えばドア位置など設計が他と若干違う車両も一律に同様の溶接を行っていたケースに対して、仁さんは、蓄積データからドア位置がここの場合はこの拘束寸法、こういう場合はこの寸法、と細かく分類して数値を導き出してくれました。私たちはデータを貯めてはいるけれど、活用しきれていなかったなと感じました。
江角
あと、アウトプットを出すスピード感が彼らは全く違います。我々はデータを抽出して、整理して、可視化しただけでヘトヘトになってしまいますが、彼らはアウトプットを出した後の現場の評価が勝負だから、早いのです。例えば、改善提案が出されたら現場を交えてレビューを行い、その意見をもとにブラッシュアップを行うわけですが、彼らは3か月という短い実習期間でこれを何度も繰り返しました。
また彼らのアウトプットは、現場が日頃ぼんやり抱いていた仮説に対して裏付けをもって「実はこうなっています」と語ってくれる。だから、「なるほど」とレビューは盛り上がり、意見が活発に出ます。これによってアウトプットの精度がさらに上がるという好循環がありました。
現場はデータに飢えていた
——現場で作業をしている方は、今回データサイエンティストと接してどのように感じられたのでしょう。
美濃
これまで現場はデータについて、その存在すらあまり意識していなかったと思います。でも今回データサイエンティストと接したことで、データは改善に有効なもの、と以前より注目するようになったと思います。現場はつねに改善に対して高い意識を持っていますから。この変化は、今後のDXの推進にとって大きな意味があります。
大山
これまで現場での記録は、扱いやすいということから紙がメインでした。でも今回、データで保存すれば現場の現況を一目で見られるということが分かったこともあって、現在、現場にタブレットを導入する計画が進んでいます。実際、デジタル化をとても前向きに考えるようになりました。
江角
今回二人がレビューする様子を見て、現場は思っていた以上にデータに飢えていたんだな、ということに気づかされました。現場にいる人は、それぞれの作業のやり方を、先輩に教えらえたから、とか、これまで問題がないから、と明確な根拠もなく継続してしまいがちです。でも今回データサイエンティストの二人がやってきて、データではこうなっています、とプレゼンすると現場はそれを否定せず、前のめりに話を聞き、とても協力的に対応しました。現場はつねに改善のための根拠や指針を求めていることを実感しました。
データに前向きになった現場の気持ちをどう次につなげるかが、現在の私たちデジタル推進グループの宿題です。
現場でしか養えないスキル
——今回のモノづくり実習を通して、笠戸事業所の皆さんはデータサイエンティストのスキルとして大切なものは何だと思われましたか。
美濃
私自身、現場の課題を発見し、言語化する難しさはつねづね感じていたのですが、今回、二人は、何度も現場と対話を重ねながら本質的な課題を探り当て、うまく整理してくれました。データ分析のスキルは当然持っていて欲しいのですが、現場に寄り添って課題を整理するスキルに一番期待します。
大山
私は、スピード感を持ってわかりやすく情報を伝えるスキルが大事だと感じました。素晴らしい視点で分析を行っても、結果が出るのが遅いとフィードバックも遅れ、PDCAが進みません。そもそも改善提案が分かりにくく現場が理解できなければ、そこでプロジェクトは停滞してしまいますから。
江角
技術的なスキルは、座学のセミナーや自分で本を読んだりして身につくと思います。でも、現場の気持ちを汲み取って配慮する、というようなスキルは実地の経験でしか身につきませんし、だからこそ私はこの部分が一番重要かなと考えます。モノづくりの現場は、データサイエンティストがトレーニングを積んできたITの世界とは環境がまったく異なります。どうかするとITの世界からの独りよがりな提案を出してしまうのではないでしょうか。今回二人には、製造現場のありようやそこに携わる人のものの考え方などが、かなりインプットされたはずです。ぜひ今後の糧にしてもらいたいと思います。
行動するデータサイエンティストへ
——笠戸事業所での学びは今の業務に生きていますか。
山崎建
いまは産業分野の計画最適化、公共分野の全国状況可視化・将来予測などさまざまな案件に携わっていますが、どの分野のお客さまの案件でも現場の気持ちを汲み取ることの重要さは同じです。笠戸事業所での学びをもっと強化していこうと思っています。これからさまざまな経験を積みながら、データと現場のブリッジのような存在になれたらいいなと思います。
山崎仁
私は生成AIを活用したプロジェクトに複数携わっていますが、お客さまや現場の方が理解しやすく、腑に落ちるようなデータの見せ方や説明を常に意識しています。何よりも笠戸事業所の現場の方の、「これで自分の理想の溶接に近づける」という取り組みへの評価が私の糧になっていて、これからも現場に価値を届けられるデータサイエンティストとして業務に取り組みたいと思います。
徳永
私たちデータサイエンティストの仕事はデータをもてあそぶことではなく、現場の課題解決であり、新しい価値の創出です。だから現場にデータがないからといってあきらめず、必要な行動を起こす——紙しかないならデータ化する、紙もないなら目視でそれが起きる頻度をカウントする——それが日立のデータサイエンティストなのかなと思っています。そして二人は、そのことを笠戸事業所で十分学んでくれたと思います。
日立では笠戸事業所の鉄道車両をはじめ、社会インフラを支えるさまざまなミッションクリティカル分野の製品を製造しています。それらの現場で、モノづくりの厳しさを幅広く学べることは、日立のデータサイエンティストの特権であり、大きな強みです。
私たちはこの強みを生かし、お客さまのモノづくりの現場一つひとつに確かな価値を提供し、それを通じてサプライチェーン全体を成長させ、さらには日本の製造業の競争力の向上に貢献していきたいと考えています。
徳永 和朗(とくなが かずあき)
株式会社 日立製作所Lumada Data Science Lab.
デジタル事業開発統括本部 Data&Design 担当部長
日立製作所に入社後、半導体のプロセス技術者としてLSI(大規模集積回路)の技術開発や量産など、日立の次世代モノづくりに携わる。2013年からはAIやビッグデータを活用したデータサイエンス領域を担当。製造業、IoT、マーケティング分野のデータ分析やプロジェクトマネジメント、人財育成の経験を有するデータサイエンティストとして活躍した後に、2020年4月にLumada Data Science Lab.立ち上げに従事。
山崎 建(やまざき たける)
株式会社 日立製作所 デジタル事業開発統括本部 Data&Design
2023年4月、日立製作所に入社。大学では、工学分野にて「意思決定支援のための個人特性と外的要因を含む確率モデルの評価」のテーマを研究。入社後は、公共分野のデータによる施策評価やデータ利活用コンサルティングの案件に従事した後、現在は産業分野の加工計画最適化、公共分野の全国状況可視化・将来予測、鉄道分野の生成AI活用などの案件に携わる。
山崎 仁(やまざき ひとし)
株式会社 日立製作所 デジタル事業開発統括本部 Data&Design
2023年4月、日立製作所に入社。大学、大学院では、「深層学習を用いたマルチモーダルな感情分析」、「三次元点群とRadiomics特徴量を用いた脳腫瘍患者術後生存期間予測」の自然言語処理や画像系のテーマを研究。入社後は、データサイエンティスト実践研修などを経て、公共・金融分野の生成AI案件、公共分野の自然言語処理案件などに従事。