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「DXとアジャイル ~変化を味方にしたチームづくり~」 第3回は、アメリカのアジャイル開発の中でもっとも使われている「スクラム」という手法が、実は日本の論文をお手本にしていたという知の化学反応について、平鍋氏に解説していただきます。

「第1回:DXがアジャイルを必要とする理由」はこちら>
「第2回:アジャイルとの出合いから現在まで」はこちら>

「スクラム」という開発技法

短期間で優先順位の高い機能を動くソフトウェアとして作り、それを顧客やユーザーに使ってもらい、フィードバックを受けながら製品やサービスへと成長させていく。このソフトウェア開発技法の総称が、アジャイルです。アジャイルには、特長を持ったさまざまな技法があります。僕が最初に衝撃を受けた「エクストリーム・プログラミング(XP)」も、アジャイルの開発技法のひとつですが、現在もっとも多く導入されているのは「スクラム」という同じくアメリカで確立された開発技法です。日本でも数多く導入されていて、教材も数多く出ていますし、インターネットの記事なども豊富で学びやすい環境が整っていて、国内だけでも7,000人のスクラムマスターという資格を持った人たちがいる。それが「スクラム」です。

僕は2013年に『アジャイル開発とスクラム』という本を、一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生(※1)と共著で出しました。これは、エンジニアというより経営者やマネジメント層に向けた、アジャイル開発とスクラムの解説書です。僕はこの本で経営層にアジャイルやスクラムを知ってもらうことで、日本のソフトウェア開発環境をもっと良くできるのではないかと考えまして、それなら日本を代表する経営学者の野中先生にご協力いただく方が平鍋健児単体よりもターゲットに届くだろう。そういう戦略で先生にアタックしました(笑)。

※1 日本の経営学者。一橋大学名誉教授、カリフォルニア大学バークレー校特別名誉教授、日本学士院会員。知識経営の生みの親として知られる。

「スクラム」は日本生まれのアメリカ育ち

実は野中先生にお声がけさせていただいた背景には、非常に興味深いストーリーがあるのです。1986年、ハーバードビジネスレビューに「The New New Product Development Game」という論文が掲載されます。野中郁次郎教授と竹内宏高教授(※2)が、80年代の新製品開発プロセスを、日本の組織とNASAなどアメリカの組織で比較・分析した研究論文です。

※2 日本の経営学者。ハーバード大学経営大学院教授、一橋大学名誉教授、学校法人国際基督教大学理事長。専門分野はマーケティングや企業戦略など多岐にわたる。

各工程の専門家集団が、次の工程の集団にバトンを渡すように文書を渡すリレー方式の米国のNASAと比較して、キヤノンやホンダという日本企業はラグビーのようにチームで一丸となってボールを運んでいる。新製品開発というスピードと柔軟性が求められる場面では、成果物を紙に書いて別チームに渡すようなリレーではだめで、さまざまな専門性を持った人たちがチームを組み、ラグビーのように最初から最後まで全員で協力して前に進むことが重要である。チームの一員として自律的に動ける環境を与えることで、ブレークスルーが起きやすくなると同時に製品化までの時間も短縮できる。それがこの論文の主旨であり、この新製品開発手法には「スクラム」という名前がつけられていました。

この連載を最初から読まれている方には、この論文がアジャイル開発、スクラムの手法や考え方と重なっていることがわかると思います。そうなんです。アメリカで野中先生・竹内先生のこの論文を読み、共感を覚えたスクラムの共同開発者であるジェフ・サザーランドやその仲間は、これをお手本にソフトウェア開発の手法を確立し、そのまま「スクラム」と名付けた。つまり「スクラム」というのは、日本発の新製品開発手法が、アメリカでソフトウェア開発手法となり、それがアメリカで広まって日本に逆輸入されたものなのです。

はじめて野中先生にお会いした時に、僕がこの「スクラム」の経緯をお話しすると、自分の論文が海の向こうで、しかもソフトウェア開発技法として広まっていることをまったく知らなかった先生は、大変驚かれ、喜ばれていました。

「スクラム」の原点となったSECIモデル

野中先生と竹内先生は、「The New New Product Development Game」の以前からアジャイルに通じる知の理論を作られています。せっかくなので、ここでご紹介しておきましょう。

画像: 「スクラム」の原点となったSECIモデル

1995年に野中先生と竹内先生が書かれた『知識創造企業』では、組織が知識を獲得する仕組みをSECI(セキ)モデルとして説明されています。知識には、氷山のように水面下にある暗黙知と、水面上にある形式知がある。言葉で表現するのが難しい「思い」や「熟練者の感覚」などは暗黙知であり、概念や手法、データやマニュアルなどで言語化して表現できるものは形式知です。

最初に、個人が持っている暗黙知を共同で体験する中で他の人間に伝え、組織の中で共同の暗黙知とする共同化(Socialization)が起きます。次に、この共同の暗黙知を対話や思索を通じて文書化などで形式知にする表出化(Externalization)が起きる。形式知となった知識は、外部に伝達や共有が可能になるため、他の形式知と組み合わせ編集できるようになりさらに新しい形式知が生み出される連結化(Combination)が起こります。新たに生まれた形式知は、仕事や行動で実践することによって、新しい暗黙知として内面化(internalization)され、個人やチームは一段階段を登る。このスパイラルを回すことが、組織的知識創造の正体だというのがSECI理論です。

短時間でソフトウェアの一部を作り、それを評価して改善するというスプリントを繰り返して製品やサービスを作り上げる「スクラム」は、このSECIモデルのスパイラルそのものと言ってもいいかもしれません。

さらに野中先生と竹内先生の書かれた『ワイズカンパニー』では、暗黙知と形式知に加えて実践知(フロネシス)という概念でこうしたスパイラルの場を作り、回していくリーダーシップについても研究されていて、本田宗一郎氏に代表される「ビジョン」と「現場」を行き来するリーダーシップについて重要な実践が書かれています。

今回は、「Scrum Interaction 2022」というイベントのためにいただいた、スクラムの祖父である野中郁次郎先生の熱い言葉を最後にご紹介したいと思います。

「竹内と私が80年代に書いた本が、今このイノベーションの時代にアジャイル・スクラムとして再度注目されているというのは大変うれしいことであると同時に、新しい時代の始まりを指し示してるように感じます。皮肉なことに、デジタルの世界になればなるほど、そこで働く人のパッション、そしてチームに注目が移っているというふうに思います。人と人との共感、顧客や一緒に働く人々の共感、そのエンパシー、そこからしか意味づくり、価値づくりは始まらないと思います。「Scrum Interaction」では現場で意味づくりをされている実践者が集まると聞いています。ここから日本の次の情熱を育てていきましょう」。

一橋大学名誉教授 野中郁次郎

画像: イノベーションを人間らしく。 Humanizing Innovation - Ikujiro Nonaka on Scrum 〜 野中郁次郎のイノベーション論 www.youtube.com

イノベーションを人間らしく。 Humanizing Innovation - Ikujiro Nonaka on Scrum 〜 野中郁次郎のイノベーション論

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「第4回:アジャイル開発の実際」はこちら>

画像1: DXを加速するアジャイル ~変化を味方にしたチームづくり~
【第3回】 「スクラム」の原点は、日本発のひとつの論文

平鍋 健児(ひらなべ けんじ)

株式会社 永和システムマネジメント 代表取締役社長、株式会社チェンジビジョン 代表取締役CTO、Scrum Inc.Japan 取締役。1989年東京大学工学部卒業後、UMLエディタastah*の開発などを経て、現在は、アジャイル開発の場、Agile Studio にて顧客と共創の環境づくりを実践する経営者。 初代アジャイルジャパン実行委員長、著書『アジャイル開発とスクラム 第2版』(野中郁次郎、及部敬雄と共著) 他に翻訳書多数。

画像2: DXを加速するアジャイル ~変化を味方にしたチームづくり~
【第3回】 「スクラム」の原点は、日本発のひとつの論文

『アジャイル開発とスクラム 第2版』

著:平鍋健児 野中郁次郎 及部敬雄
発行:翔泳社(2021年)

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