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7月15日、はいたっく主催のオンラインイベント「西山圭太×日立製作所『DXの起こし方』」をリアルタイム配信し、多くの方にご聴講いただきました。そのなかから、西山圭太氏による講演を2回にわたってお届けします。これまでの連載に新たな思考のエッセンスを加え、「続・DXの思考法」と題してお話しいただきました。

「デジタル化」は、ウエディングケーキの形をしている

こんにちは、西山圭太です。本日はこの連載でお話ししてきた内容に新たなエッセンスを加え、「続・DXの思考法」というタイトルでお話しします。まずは連載でお話ししてきた内容を振り返ってみましょう。

わたしが思うに、「デジタル化」とは、人間の課題を解く際の「解き方」をコンピュータに理解させることにほかなりません。80年近く前に初めて作られたコンピュータは、その当時から何でも解けてしまう万能機械だと思われていました。ところが、人間が解きたい課題をコンピュータに伝えるのは非常に難しく、いちいちプロのエンジニアがプログラム言語を書く必要がありました。

「人間が解きたい課題」とコンピュータとの距離を縮めてきたのが、テクノロジーの積み重ねです。UNIXやWindowsといったOS、あるいはインターネット、人工知能(AI)といったテクノロジーが発達したことで、人間がコンピュータに意思を伝えやすくなりました。

幾重にも重なるデジタル化のレイヤー構造を単純化すると、2層の大きなウエディングケーキのような形になります。下の層では、大量のデータを記憶し高速で計算する。上の層では、インターネットを使って世界中からデータを呼び込み、さまざまなツールを使ってデータ解析を行う。この2層構造によって、例えばあなたがどこかに行きたいときに、どのルートを通れば最短かつ混雑を避けて目的地にたどり着けるかを、スマートフォンに瞬時に表示できるのです。

画像: 「デジタル化」は、ウエディングケーキの形をしている

デジタルのテクノロジーは「人間が解きたい課題」のジャンルを問いません。そこにあるのは、個別の課題一つひとつを解くのではなく、1つのしくみを創ることでさまざまな課題を一気に解いてしまおうという、ヨコ割りの発想です。

日本に限らず企業のほとんどはピラミッド構造であり、さらに経理、人事、営業といったようにタテ割りで分業してきました。DXとは、そこにヨコ割りの発想を持ち込んで分業し直すことでもあります。言い換えると、「どんなビジネスをしている会社なのですか?」と問われたときに、組織図で説明するのではなく、レイヤー構造で捉え直して説明するという視点です。

「ラーメン作り」をレイヤーで捉え直す

有名なラーメン店に初めて入ったとき、おそらく多くの方はそのお店の名前を冠した「特製〇〇ラーメン」を注文するはずです。気に入れば、また同じラーメンを食べるために何度も足を運ぶ。通い続けるうちに、そのお店のほかのラーメンも食べてみたくなるでしょう。今日は麺硬めでスープは脂多め、トッピングもいつもと変えてみよう。スープはいつもの醤油ではなく味噌を注文してみよう……と。

これが、ラーメンをレイヤーで捉え直すということです。麺の硬さ、スープの脂の量、トッピングの種類、スープの種類といったパラメータを変えることで、どんどんバリエーションが増え、ひょっとすると今までだれも見たことがないラーメンが生まれるのではないかという発想です。それをサポートするテクノロジーがデジタルなのです。

もしあなたが「これからも特製〇〇ラーメンしか食べない」と思うのであれば、わざわざデジタル化に取り組む必要はありません。身近な例で言うと、紙の書類。契約の手続きや決算の処理など個別の目的に特化して使いやすくできているので、変える必要がない。だから紙の書類はなくならない。デジタル化する意味がほとんどないからです。

もし紙の書類をレイヤーで捉え直すなら、書類を使ってわたしたちがやっていること――何の意思決定をするのか、だれに何を伝達するのかといった因数分解をして、別のより良い意思決定の仕方を探ることになる。デジタル化に取り組むのであれば、まずはこの作業が欠かせません。

DX推進を妨げる、3つの「思考の癖」

そうは言っても、ビジネスをレイヤーで捉え直せていないケースが多く見受けられます。原因は、日本の組織が陥りがちな3つの思考の癖です。

画像: DX推進を妨げる、3つの「思考の癖」

1つめの癖は「モノから考える」。どうしても、目に見えるモノから発想しがちなことです。例えば化学メーカーのビジネスを、原油を加工するとエチレンができる→エチレンを加工するとフィルムができる、というモノからモノへの流れで捉えようとする。つまり、産業をバリューチェーンとして捉えてしまう。

DXに必要なのは、ビジネスを生産のプロセスで捉える視点です。先ほどのラーメンのたとえで言うと、ラーメン作りを「スープを作る」「麺をゆでる」「トッピングを載せる」といったプロセスに分解したうえで、「スープの種類」「脂の量」「麵の硬さ」「トッピングの種類」といった一つひとつのパラメータを変えて組み合わせることで、新たなラーメンを生み出すという発想です。

2つめの癖は「組織図から考える」。先ほどもお話ししたように、ビジネスを会社の組織図、つまり現状の役割分担で捉えがちなことです。そうではなく、データを利活用することによりビジネスに生じる変化を形にして想像することが大切です。

3つめの癖は「データだけで考える」。言い換えると、DX=データの利活用が大事だと認識している。間違ってはいませんが、やや偏った発想だと思います。繰り返しになりますが、大事なことはデータを利活用するだけでなく、それによって起きる新しい分業のあり方を考える視点です。

この3つの癖を改善すれば、「レイヤーで捉え直す」ことができるはずです。

約20年前にダイセルが起こしたDX

DXという言葉がまだなかった約20年前に、事実上DXを成し遂げたのが、この連載でも紹介した化学メーカーのダイセルです。同社は当時、急速な円高で国内に生産拠点の維持が難しくなったと同時に、団塊の世代に当たる熟練技術者の大量定年退職が近づきつつあり、その方々の暗黙知に頼っていたプラントの運営ができなくなるという問題に直面していました。

ダイセルはまず、熟練技術者のノウハウを数十万に及ぶ「ケース」に書き起こすことで、暗黙知を形式知に変えました。同時に、ダイセルの工場全体を動かしている製造プロセスを抜き出しました。一つひとつのプロセスの担い手が熟練技術者の暗黙知なのか、組織の意思決定なのか、機械の動作なのか、センサーの感知と伝達のしくみなのかにかかわらず、すべてを洗い出したのです。そして、抽出したすべてのプロセスを1つの俎板(まないた)に乗せ、製造のあり方を見直しました。結果、プロセスの大部分をソフトウェアに置き換えることで、熟練技術者でなくてもプラントを問題なく稼働でき、同時に劇的にコストを下げるという生産革新を実現しました。

画像: 約20年前にダイセルが起こしたDX

どの企業にも言えることですが、組織としてできること、一部のプロフェッショナルだけができること、機械や設備ができること、デジタルツールができることがあると思います。これらをすべて情報処理のプロセスと考え、同じ俎板の上に乗せる。そしてできる限り、デジタルツールやソフトウェアに移し替える。

すると、これまでとは違う稼働の仕方や組織の判断の仕方、ハードウエアの作り方が生まれ、分業のあり方が変わります。つまり、機械と人間の間での分業も変わるし、AIと人間、あるいは部署と部署の間での分業も変わる。この革新がまさにDXなのです。

「次回:続・DXの思考法(後篇)」はこちら>

画像: 西山圭太『DXの思考法』~楽しく働くヒントの見つけ方~
【西山圭太×日立製作所「DXの起こし方」】① 続・DXの思考法(前篇)

西山圭太(にしやま けいた)

東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授
株式会社経営共創基盤 シニア・エグゼクティブ・フェロー
三井住友海上火災保険株式会社 顧問

1985年東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。1992年オックスフォード大学哲学・政治学・経済学コース修了。株式会社産業革新機構専務執行役員、東京電力経営財務調査タスクフォース事務局長、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、東京電力ホールディングス株式会社取締役、経済産業省商務情報政策局長などを歴任。日本の経済・産業システムの第一線で活躍したのち、2020年夏に退官。著書に『DXの思考法』(文藝春秋)。

DXの思考法

『DXの思考法 日本経済復活への最強戦略』

著:西山圭太
解説:冨山和彦
発行:文藝春秋(2021年)

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