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日立パワーソリューションズ(以下、日立パワー)と日立製作所(以下、日立)AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット(以下、AISSビジネスユニット)は、受変電設備のVCB(真空遮断器)の点検品質向上に向けたAIエージェントの開発を進めており、現在その有効性を検証しています。中編では、マルチモーダルAIを現実世界の保守業務で活用するために重ねた試行錯誤や、VCB点検支援AIエージェントが保守品質の向上にどのような価値をもたらすのか、などについて紹介します。

VCB点検支援AIエージェント

——現状、VCBの点検はどのように行っているのでしょうか。

仁禮 和典(にれい かずのり)
株式会社 日立パワーソリューションズ
グリッドソリューション本部 グリッドサービス部 受変制御サービスグループ 
グループリーダー 主任技師

仁禮
受変電設備には一般的に10~20台のVCBが設置されており、私たちは通常、3~6名の技術員と1~2名の検査員でそれらの点検作業を行います。技術員がそれぞれ部品交換や清掃などの保守作業を実施した後、原状復帰ができているか、所定の確認項目を紙のチェックリストをもとに確認し、そのうえで最終的に、検査員が全項目を改めて確認するダブルチェック体制をとっています。

私たちは年間数千台のVCBの点検を行っていますが、ダブルチェック体制を敷いていても、人が行う以上、確認漏れを完全になくすことは容易ではありません。その中でも特に重大事故につながるリスクが高いのが、「ボルトの取付け方向の誤り」「コンデンサの電極配線の接続ミス」「放電クリップの取り外し忘れ」の3項目です。そこで今回、まずはこの3項目に絞り、VCB点検支援AIエージェントを開発しました。

——従来は人間が目視で行っているこの3項目の確認を、AIが支援するわけですね。具体的にAIエージェントはどのように使いますか。

朝木 克利(あさき かつとし)
株式会社 日立製作所
AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット アプリケーションサービス事業部 

HMAX&AIサービス本部AIサービス推進部 担当部長

朝木
作業者(技術員、検査員)がスマートフォンで作業後のVCBを撮影し、その画像をAIエージェントに読み込ませると、AIが3つの確認項目について原状復帰が正しく行われているかを判定し、その結果を作業者に提示します。
現場で継続的に活用してもらえるよう、画像を読み込ませるだけという、できる限りシンプルな利用方法としています。

スマートフォンで撮影した画像をAIエージェントに読み込ませると、すぐに判定が返ってくる。

人の認知的な弱点を補完

——検証ではどのような効果を感じましたか。

仁禮
保守作業は、酷暑など過酷な環境の中で長時間に及ぶこともあります。そうした状況でも、AIは疲れることなく確認作業を補完してくれるため、見落としの防止に大きな効果が期待できると感じています。

また、たとえば「ボルトの取付け方向」の確認では、3か所のボルトがすべて正しい方向を向いていることを確認する必要があります。この時1か所だけ誤っていれば違和感から気づきやすいのですが、すべて同じように誤って取り付けられていると、かえって見落としてしまうことがあります。人はどうしても思い込みの影響を受けますが、AIは画像を客観的かつ一貫した基準で評価できます。こうした人の認知的な弱点を補完できることも、このAIの大きな価値だと感じています。

マルチモーダルAIの使いこなし

——今回のAIエージェント開発において特に難しかった点はどこだったのでしょうか。

朝木
最も苦労したのは、合否判定の精度向上です。今回の開発では、マルチモーダルAIとして高い性能を持つGeminiを活用しています。当初は、参照画像として正しく原状復帰されたVCBの画像とそうでない状態の画像を予め与え、実際に点検作業後に現場で撮影した画像との比較を行い、合否を判定していました。しかし、同じ現場画像に対して判定結果が揺らぐなど、期待した精度を得ることができませんでした。

そこでGoogle Cloudとのアライアンス*¹のもとGeminiのエキスパートの技術支援を受けながら、揺らぎ解消の工夫を重ねていきました。例えば、参照画像の確認すべき箇所を赤枠で囲みアノテーション*²を付与する。さらにその箇所で何を見るべきか、注意ポイントを画像内にテキストで記載する。それでもAIが画像全体の情報に引っ張られてしまうケースがあったため、アノテーション部分を切り取って、それぞれに正誤の画像を用意するなど、何度も試行を重ねて揺らぎを抑えていきました。

その過程でも「AIエージェントの民主化」を意識し、常に現場と課題を共有し、判定結果の妥当性を一つひとつ協議しながら開発を進めました。私は設備保守の専門家ではありませんが、点検業務についてレクチャーを受け、実際に現場にも同行しました。こうした取り組みは、現場が納得するAIを開発するうえで大いに役立ったと思います。

*1 日立、Google Cloudとの戦略的アライアンスを推進し、現場にあわせたAIエージェントの開発によりフロントラインワーカーの業務変革を加速:日立
*2 アノテーション:AIが学習・判断しやすいように、データへ注釈や目印を付けること。たとえば画像内の重要な箇所を枠やラベルで示し、AIに「どこを見て何を判断するか」を伝える。

左が正しく原状復帰された状態の画像で、右がそうではない状態の画像

——このAIエージェント開発は、熟練者の技術継承という観点では、どのような意味を持つのでしょう。

林 秀樹(はやし ひでき)
株式会社 日立パワーソリューションズ
デジタルサービス戦略推進室 室長 博士(情報科学)


今回、私たちは現場起点のアプローチを徹底しましたが、その中で改めて感じたのは、現場から課題解決のための知見を抽出することの難しさです。

たとえば今回AIが確認する3項目についても、画像とともに確認時の注意ポイントをプロンプトに落とし込んでいます。しかし、熟練者が普段行っている「どこを見て、何を考えているか」といった行動や思考は、本人には当たり前のこと過ぎてなかなか言葉として出てきません。そして、そうした無自覚の知見こそ、若手にとって重要な勘所であることが少なくないのです。

しかし、今回の取り組みを通じて、そうした知見を抽出し、AIに落とし込むための方法論は現場も含めて見えてきました。現在AIが確認しているのはVCB保守の3項目についてですが、これはあくまで第一歩です。今後、確認項目はもちろん対象機器も増えていきます。その過程で、より多くの現場の暗黙知を形式知化し、組織全体の資産として蓄積していけると考えています。

デジタライズドアセット化の推進

——今回の取り組みの先には、AIが現実世界を理解し、自律的に最適な支援を行う高度なフィジカルAIの世界があると思います。将来的にはどのような発展を見据えていますか。

武田 卓也(たけだ たくや)
株式会社 日立製作所
AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット AI CoE HMAX&AI推進センター 兼 フィジカルAI推進センター Manager

武田
今回の取り組みでは、作業者がスマートフォンで撮影した画像を活用していますが、私たちは次のステップでは、カメラによる動画撮影を通じて、作業中の異常や見落としの可能性をリアルタイムで作業者へ通知するような仕組みを考えています。さらに今後、対象機器の多様化にともない、カメラだけでなく、音声、振動、温度、トルク、電流などに対応するさまざまなセンサーが活用されていくでしょう。

こうした経緯の中で、多くの機器が必要なタイミングで必要なデータを人間や他の設備に提供できる「デジタライズドアセット」へと進化します。そしてその先には、多様な設備がAIを介して自律的に連携し、人と協働する高度なフィジカルAIの世界があると考えています。日立では、今回のような取り組みを一つひとつ積み重ねながら、現実世界でAIが価値を発揮できる領域を広げていきたいと考えています。

——次回は、VCB点検支援AIエージェントの実装にあたりAIと人の協働の仕組みをどのように考えているのか、そしてこのAIエージェントの先にあるフィジカルAIの世界について聞いていきます。

後編はこちら>

※本記事に記載の会社名、製品名は、それぞれの会社の商標または登録商標です。

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