2016年、IoTやインダストリー4.0の潮流が加速する中、日立製作所(以下、日立)はデータ起点でビジネスを変革する「Lumada」(ルマーダ)※1を立ち上げた。巨大な“モノづくり企業”が自前主義を脱却して、他社との「協創」を前面に打ち出したことは当時としては大きな戦略転換だった。
※1)Lumada(ルマーダ):日立
それから10年。日立は、Lumadaを豊富なドメインナレッジとAIで進化させた「Lumada 3.0」を始動した。本企画では、加治慶光と澤円による特別対談を実施。2021年に日立に加わった両者が、Lumada誕生の背景や外部から見た日立の印象、そして入社後に感じた「リアルな手触り」を語る。
2016年、世界で何が起きていたのか
澤:Lumadaが立ち上がった2016年というと、コロナ禍の4年前です。当時、僕は日本マイクロソフトでテクノロジーセンター長を務めていました。世の中的には「働き方改革」という言葉が登場する前段階でしたが、2011年の東日本大震災を機にBCP(事業継続計画)の観点でリモートワークへの関心が高まっていたタイミングです。
加治:私は当時、グローバルコンサルティング企業にいました。同社がデジタルに舵を切ったのが2013年。「デジタルで世界の先陣を切る」というコンサルティング業界全体の機運が高まる中、同社がIoTやインダストリー4.0といったドイツの政策を日本に取り入れました。日本全体で見ても、そういった新しい潮流に追随しようという動きがありました。

加治慶光(Lumada Innovation Hub Senior Principal)
澤:クラウドの普及も、その流れを後押ししましたよね。
加治:ええ。一般的なインフラとして落ち着き始めた時期ですね。もう一つ、2010年代前半はUberなどが急成長するイノベーション至上主義の時代でしたが、2015年頃からは巨大プラットフォーマーに社会的責任が求められるようになり、企業の価値観が変化しました。
澤:米国流の「資本主義社会のゲームの方程式」が崩れてきた時期かな。「売れればいい」ではなく、人類の幸せのためにテクノロジーを有効活用しようという意識への転換があったと思います。
加治:そうした動きは時代の象徴ですよね。日立は2009年の巨額赤字を機に社会イノベーションを打ち出しました。時代の変化と日立自身の歩みがちょうど像を結び、Lumadaの誕生に至ったのだと感じています。
外から見た日立の「協創」戦略転換
澤:2010年代半ばは企業の意識が大きくアップデートされた転換期で、日立もまさにそのタイミングでLumadaを立ち上げたわけですよね。ただ当時、外部にいた僕はそういった日立の動向を意識したことはなくて。一般コンシューマーから見れば家電メーカー、IT屋の僕から見ればSIerという印象でしたし、「大きな変革を成そうとする企業」のイメージはなかったというのが正直な感想です。加治さんは当時の日立をどう見ていましたか。

澤円(Lumada Innovation Evangelist)
加治:実は、中西宏明さん(当時:日立 CEO)が、私が勤めていたコンサルティング企業を名指しで目標とする企業に挙げたことがあったんです。その頃、われわれが一番意識していた日本企業も日立だったのでよく覚えています。というのも、日立はリアルなモノとコンサルティング機能の両方を持っています。ですからLumadaが出たとき、リアルとデジタルをつないで実現できるとすれば日立が筆頭だろうと。「(Lumadaが)うまく回り始めたら怖い存在になる」と社内で話していたこともあって、動向は注視していましたね。
澤:同じ外部からでも、コンサルティング業界から見ると脅威だったんですね。
加治:そうですね。日立は2009年の巨額赤字から2016年のLumada立ち上げまでの間、社会イノベーション事業ですでに確かな実績を出していました。「大きな変革を本当に実現させるのではないか」というインパクトはありました。
日立入社後、内から見たLumadaと「抽象的思考」の真価
澤:加治さんと僕が日立に入社したのは、同じ2021年でしたね。僕は日立に入って、良い意味でイメージギャップがありました。それまでLumadaは「企業案内の隅にあるロゴ」くらいの認識でふわっとした印象だったんです。ところが中に入ってみると、Lumadaを起点に体制や事業を本気で変革しようとしていることが分かった。これには衝撃を受けましたし、その変革を推進する外部からの刺激、つまり“一つのピース”として自分を呼んでくれたと理解できて非常にやりがいを感じました。
加治:Lumadaは特定のソリューションや製品にひも付かないので、外からは実態がつかみにくいですからね。
澤:ええ。でも中に入ると、中期経営計画に入れるほど事業全体にかぶるキーワードとして、あえて抽象度を高くしていたのだと理解できたんです。僕は最近、外部講演でよく「抽象的思考」の話をします。日本は具体的に物事を考えるようにトレーニングされ過ぎている傾向がありますが、本当に求められるのは抽象的思考です。そこからいかなる具体にもすぐにピボットできる状態にしないとイノベーションは起きません。
加治:Lumadaが、その抽象的思考の起点になるわけですね。
澤:はい。抽象(Lumada)から多様な具体(ソリューション)へ展開できる環境を日立は整えました。特定の製品に縛られない抽象的な「旗印=Lumada」があることで、部門間のコラボレーションに必然性が生まれます。日立が持つ多様なアセットを自由に組み合わせて、顧客課題に合わせた「新しい具体」をいくらでも作れる。Lumadaはものすごい武器になると、中に入って納得しました。
加治:私の場合は前述の経緯もあり、入社後の大きなイメージギャップはありませんでした。ただ、澤さんの話にも通じる部分としてLumadaという抽象概念を具体に落とすプロセスには感心しましたね。CLBO(Chief Lumada Business Officer)を設置してKPIを持たせたり、関連する取り組みを表彰するアワード※2を用意したり、アライアンスプログラム※3を作ったりと、社内外で協創を実現させる仕組みがよくできているなと。
※2)グループ一丸となってグローバルでのLumada事業拡大をめざす優れた取り組みを表彰する「Lumada Business Award」のこと。
※3)社会イノベーション事業を通じて社会課題解決に取り組んでいる日立が、顧客やパートナーのアイデアとテクノロジーを結集することでイノベーションを起こすことをめざして設置したパートナー制度。
澤:2021年は、日立の社内でもLumadaの理解はまだ道半ばでしたね。言葉は知っていても、自分たちの仕事とLumadaのブリッジがない状態でした。
日立のような大企業の課題として、よく「縦割り組織」というキーワードが使われますが、誤解を恐れずに言えば、それ自体は決して悪いことではありません。機能を分けないと何をしているか分からなくなりますから。問題なのは、各部門の独立性が高過ぎて他と連携するのが難しいという点です。でも、Lumadaというキーワードがあれば全部そこに集約できるし、Lumada経由ならどの部門も1つの「バーチャルチーム」として機能するという認識が浸透しました。
加治:アセットが非常に横に広い日立だからこそ、効果的だったんでしょう。
澤:はい。各分野に高度な知見を持つ人が大勢いるのに、そのポテンシャルが限られた場所でしか発揮されないのはもったいない。その力を解放する意味でも、Lumadaというキーワードは重要です。
顧客とパートナーの境界が消える時代へ
加治:澤さんがおっしゃる「ポテンシャルの解放」は、まさに横の力をどう強くするかに尽きますね。さらに日立が素晴らしいのは、横の連携強化と「業態を変える」というテーマをセットで進めている点です。
澤さんや私と親交のある山口周さんが指摘している内容に、今の先進国はいわゆる「高原社会」で、物質的な基盤が満たされた成熟社会だという話があります。簡単に解決できる問題はなく、残されているのは気候変動や人口減少といった非常に大きな課題ばかりです。

澤:一企業が単独で解決できるレベルではないですよね。
加治:ええ。それらの解決はとても遠大な目標であり、個人や組織がバラバラに取り組んでいては到達できません。だからこそ、皆で力を合わせなければいけない。これがLumadaにおける協創の思想の原点です。
関連して、投資家の世界には「コングロマリット・ディスカウント」※4という言葉がありましたが、日立はそれに対して「コングロマリット・プレミアム」※5を標榜してきました。そして、そのプレミアムを生み出す中核こそがLumadaであると。
※4)多角化した複合企業(コングロマリット)の時価総額が、傘下の各事業を独立した専門企業として評価し合算した理論上の価値よりも低くなってしまう現象。
※5)複数の異なる事業を展開する複合企業において、それぞれの事業価値の単純合計よりも、企業全体の市場評価(時価総額など)が高くなる現象。
澤:モノを作って売るビジネスの時代は終わりました。売って終わりではなく、その後の価値を他社と共に創造する。だからこそ、「顧客」と「パートナー」は同化しつつあります。日立は鉄道車両を作りますが、車両が線路に乗ることをゴールとしていません。
加治:その後の安全運行やビジネスの効率化まで見据えて関わるわけですね。
澤:そう、エコシステムを作るんです。鉄道会社は顧客であると同時にパートナーであり、その先にいる乗客のデータもサービスの改善に使えます。データにフォーカスして、エコシステム全体を回すのがLumadaの根本的な考え方です。そして、それを設計する場所が「Lumada Innovation Hub Tokyo」(以下、LIHT)だと思っています。
加治:LIHTは2026年で5周年を迎えました。オープンした2021年はコロナ禍で人を呼べませんでしたが、今では日立との協創を設計するため、世界中から人が集う場所になりました。
澤:LIHTはセールスの条件に合意する場所ではなく、「全員が社会イノベーションを起こすための一員だ」という認識をインストールする場ですよね。
加治:そうした思想があるからか――日立では「勝ち筋」という言葉を使うことがありますが、単純に誰かと戦って「勝つ」というより、多くの人々と共によい世界を創りたいと考えているのではないか、と感じています。
生成AIがはやり出したときも「自社でモデルは作らない」と早めに宣言して、パートナーと協創するスタンスをとりました。
澤:競合と戦うような道は選びませんでしたね。
加治:そうです。勝つというより、「皆で手を結ぶとどんな素晴らしい成果を生み出せるか」という社会イノベーションの発想に基づいているからでしょう。そこに一貫した考え方があります。
澤:日立らしいですね。僕は常々、これからのビジネスは全て「推し事」だと言っています。いかに顧客やパートナーと「推し、推される関係」を作れるかが重要になる。それこそが、Lumadaの本質だと思います。
(後編) 日立はなぜAI時代に成長できるのか―加治慶光×澤円がひも解くLumada 3.0で築く「フィジカルAI」時代と次の10年
Lumada10周年を記念し、加治慶光氏×澤円氏をゲストに迎えたPodcast番組「スナック育子のInnovation Night」の特別回も配信中!記事と併せてぜひご視聴ください。
[スナック育子] 澤円と加治慶光が語る!AI時代を生き抜くための最強のスキルとは?[Lumada10周年企画]
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![画像: [スナック育子] 澤円と加治慶光が語る!AI時代を生き抜くための最強のスキルとは?[Lumada10周年企画] youtu.be](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783596/rc/2026/06/29/9c3d517d9fd590ee77d06cb2ac50014ca85fdbc3.jpg)



