中小企業の持続可能性
―― 「グリーン産業都市の構築」というテーマに取り組むことになった背景について教えてください。
大久保
この共創プロジェクトが始まる数年前から、日立製作所は日立市に対してさまざまな提案をさせていただいてきました。例えば防災や防犯など安心安全な市民の暮らしを実現するための提案など、そのテーマはさまざまです。提案内容を具体化していくためには、日立市が策定されている「総合計画」という長期計画で定めた方向性に沿う内容であることが重要で、私たちはそれが日立市の社会課題の解決に向けて継続的に取り組む必須条件だと考えました。
日立市の「総合計画」の中では、産業力の強化や将来にわたる暮らし、活力が持続する未来などがテーマとして掲げられていました。日立製作所には、エネルギー関連の製品やソリューションがあります。それらを活用することで、日立市全体の脱炭素化という社会課題に取り組みながら地方創生を進められるのではないか。そんな背景から、「グリーン産業都市の構築」が本プロジェクトで取り組むテーマとして決まりました。

―― 日立市には、環境に関してどんな社会課題があったのでしょうか。
樫村氏
日立市は、日立製作所と共にモノづくりのまちとして成長してきましたが、それを下支えしてきた中小企業の数が年々減少しています。この地域で培われた高度なモノづくり技術、この強みが失われていく恐れがあることは、私が商工振興課にいた時からの課題でした。モノづくりのまちとして中小企業の維持や活性化を図っていくためには、将来にわたって事業を続けていける地域の環境づくりが必要だと思っていました。

関氏
これからの時代、環境や脱炭素への対応はますます厳しく求められるようになり、事業を継続する上で、避けて通れない課題となっています。しかし、これらの取り組みを中小企業が単独で進めるのは非常に難しいのが現実です。そこで、地域全体で環境と産業の両立をめざし、中小企業にとっても持続可能な成長の道筋をつくるために、企業や自治体などが力を合わせて取り組む「グリーン産業都市の構築」というテーマが生まれ、共創プロジェクトとして動き出しました。

3つの施策
―― 現在検討されている「グリーン産業都市の構築」の施策について教えてください。
大久保
現在は主に3つの施策の検討を進めています。1つ目は中小企業の脱炭素経営支援です。日立市の産業分野におけるCO2排出量の半分以上は、中小企業が占めているという現実があります。しかし中小企業の場合、経営体力の面からも、技術的な面からも、独自に脱炭素化に取り組むというのはハードルが高いのが現実です。そこで、私たちはCO2排出量の見える化や、脱炭素化を進めるためのロードマップの策定、脱炭素化に向けた機器を導入するための資金補助などにより中小企業の脱炭素化の支援を進めています。
2つ目は、再生可能エネルギーの地産地消に関する取り組みです。市内の日立製作所グループなど大規模事業所に太陽光発電を導入することで、地域内で再生可能エネルギーを多く生み出し、それを市内の中小企業や公共施設などにも融通することで、地域で生み出した再生可能エネルギーを地域で消費していく。そんな地産地消のサイクルを作り出し、地域全体の脱炭素化をめざすという取り組みです。脱炭素化だけでなく、今まで地域外の企業に支払っていたエネルギーコストを地域内で循環させることで、地域経済の活性化や地域企業の産業力強化にも貢献できる可能性があると考えています。
3つ目は、通勤で使っている自家用車のEV*化と職場充電の施策を検討しています。地域内で再生可能エネルギーを生み出して流通させていく場合、それをうまく使うためには蓄電池やEVを電力需給の調整力として活用することが重要になります。EVを地域内で普及させる手段のひとつとして、日立製作所などの大規模事業所で職場充電ができる環境を整え、従業員の通勤車両のEV化による需給バランスの調整を通して地産地消を促進する取り組みを検討しているところです。
*EV:電気自動車(Electric Vehicle)
各施策への取り組みの現状
―― これらの施策について、日立市はこれからどう取り組もうと思っていますか。まずは脱炭素経営支援から教えてください。
樫村氏
中小企業にアンケートを取った時、「脱炭素の重要性は分かるけれども、何をしたらいいのか分からない」という声が多くありました。ですから中小企業脱炭素経営支援システムは、早急に取り組みたい施策でした。具体的には、「EcoAssist-Enterprise」というCO2排出量を見える化するシステムを導入していただき、電力使用量や使用する燃料などから自分たちがどれくらいのCO2を排出しているのかをまず把握していただきます。このシステムでは、例えば設備全体を見直して照明をLEDにした場合のCO2削減量がシミュレーションできますので、今後はこういうところを見直してCO2を削減していきましょうというロードマップを作成することができます。それを実行していけば、将来どれくらいのCO2が削減できて、どれくらいエネルギーコストを削減できるかがわかるのです。
この具体的な方法を、日立市の商工振興課と、中小企業の支援機関である日立地区産業支援センターのコーディネーターが伴走でアドバイスしながら普及させていく。さらに市として、それを実施するために必要な資金を補助金制度によって支援する、といった仕組みで進めています。
―― これは現在、どれくらいの企業が導入しているのですか。
関氏
日立市には、4人以上の製造業の事業所が283(2023年経済構造実態調査)あります。このシステムを導入しているのは、製造業を中心に約90社です。まだまだ拡大させる必要がありますので、商工会議所と一緒に会員企業に広めていければと考えています。また、脱炭素経営シンポジウムを開いて、中小企業がこの取り組みで成果を上げた事例などを発信するといった活動も行っていますが、実際のところ同業者の口コミというのがやはり一番効果があるようです。「これをやったらCO2が何パーセント削減できた」「しかも1年間の電気代がこれだけ節約できた」こういった体験者の声が効果的なので、できるだけ多くの企業に取り組んでいただいて、成果を実感してもらうことが一番だと思います。
―― エネルギーの地産地消に関しては、今はどういった状況ですか。
樫村氏
昨年度、再生可能エネルギーの地産地消の事業をどう進めるかをロードマップにまとめました。その流れでハードルをひとつずつクリアしていくために、今年度は意識調査を行っていきます。再生可能エネルギーを利用いただく中小企業や公共施設などで、再生可能エネルギーはどれくらいの電力を代替することができるのか、そうした事業の可能性に関する調査を進めていきます。
大久保
現状では地域の需要に対して、日立市内で発電できる再生可能エネルギーの量が足りていませんので、まずは太陽光発電を増やしていく必要があります。例えば日立製作所の事業所の屋根に設置する場合、どれくらい時間とコストがかかり、年間どれくらいの電力を発電できるのか。需要だけでなく、そういった供給側のことも調査には含まれています。その結果を踏まえて、再生可能エネルギーを地域内で地産地消する取り組みが事業として成り立つのか、長期的に継続できる事業なのかどうかを判断したいと思っています。
【第3回】地域の脱炭素化をデジタル技術で推進する「グリーン産業都市の構築」(後編)はこちら>
「日立市×日立 次世代未来都市共創プロジェクト」の記事一覧はこちら>

アーカイブ配信中
Hitachi Social Innovation Forum 2025 JAPAN Digital Week(7/24~8/29)
ビジネスセッション「市民参加型による未来都市の実現に向けて」
山積する社会課題の解決、そして環境・幸福・経済成長が調和する「ハーモナイズドソサエティ」の実現をめざす日立製作所は、創業の地である日立市とともに「次世代未来都市」に向けチャレンジしています。(取り組み領域は、エネルギー、交通、ヘルスケアなど。)
日立が得意なデジタルを活用した次世代社会システムの整備は有力な解決手段です。 そしてさらに、両者の「共創プロジェクト」がめざすのは、市民が自ら参加し創る未来社会。住みやすい地域や都市づくりには何が必要なのか。本セッションでは、日立市のプロジェクトリーダーである小山修氏、自治体でのアドバイザー経歴もある山口周氏、生まれ故郷の町おこしに尽力するバービー氏を迎え議論していきます。
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関 充夫(せき みつお)
日立市
共創プロジェクト推進本部 課長(グリーン産業都市担当)
1998年に日立市役所(旧十王町役場)に入所。15年間都市計画や市街地開発に携わり、2025年より現職。

樫村 裕也(かしむら ゆうや)
日立市
共創プロジェクト推進本部 課長補佐
2003年に日立市役所に入所。5年目より経済産業省地方支分部局に3年間出向、商工振興課の後、2024年より現職。

大久保 亮(おおくぼ りょう)
株式会社 日立製作所
社会イノベーション事業統括本部
サステナブルソサエティ事業創生本部 サステナブルソサエティ第三部 主任技師
兼 ひたち協創プロジェクト推進本部 グリーン産業センタ 市役所常駐者
2006年に日立製作所に入社。電力会社向け業務システム開発、エネルギー関連や産業関連の設備管理システム開発、デジタルを活用した新規事業の開発、エネルギー分野における新規事業開拓に取り組む。2024年より現職。