小児科の不足という課題
―― 最初に、「デジタル健康・医療・介護の推進」というテーマに取り組むことになった背景を教えてください。
松永
日立製作所が2022年に発表した中期経営計画において、プラネタリーバウンダリー(地球を守る、社会を維持する)と、ウェルビーイング(一人ひとりが快適で活躍できる社会)という2つの大きなテーマを掲げました。このウェルビーイングという観点から、今回の共創プロジェクトでは最初から「デジタル健康・医療・介護の推進」というのは欠かせないテーマになっていました。
日立市には、日立製作所の企業立病院である日立総合病院があります。90年近くも地域の皆さまの健康を支えてきた施設が存在しているなど、このテーマに取り組む好条件が揃っている場所は他にはありませんでした。

―― 日立市では、健康・医療・介護に関して、どのような課題があるのでしょうか。
蛭田氏
少子高齢化、人口減少は地方都市が抱えている課題ですが、日立市の高齢化率は約35%で、全国平均よりも速いペースで高齢化が進んでいる状況です。また、市内には公立病院がなく、日立総合病院にはこの地域の基幹病院としての役割を担っていただいており、大きな負担がかかっていると思っています。さらには、小児科の専門医院も閉院して無くなってしまったなどの課題もありました。
また、高齢化は介護現場にも影響していまして、市の高齢化率は上昇していくにもかかわらず、介護に従事する方の高齢化も進んでおり、今後の介護人材の不足が懸念されています。高齢者自身やその家族を支える介護サービスを安定的に提供していくための介護人材の確保は重要です。

プロジェクトの進捗
―― 「デジタル健康・医療・介護の推進」プロジェクトの現在の進捗を教えてください。
松永
今進めている施策は、全て日立市の行政の羅針盤である「総合計画」に則って計画されたものです。その「総合計画」の最終年度に設定されている2031年の時点でこうなっていたい”めざす姿”を描き、その全体構想と、それを構成する取り組みとしてまとめたのが、このグランドデザインになります。

加納
現在先行して取り組んでいる施策は3つあります。
1つ目は、「地域医療のデジタル化」です。具体的には、2025年4月1日から「ひたち小児オンライン医療サービス」が先行してスタートしています。これは蛭田さんが話されていた小児科専門医院がなくなってしまったという課題への取り組みでもあり、オンライン医療相談は、中学生以下の子どもがいる世帯を対象に、オンライン診療は中学生以下の子どもを対象にしたものです。
オンライン医療相談は、チャットベースで医師に24時間365日、医療に関する相談ができるサービスです。オンライン診療は、例えば夜間の病院が閉まっている時間に子どもの具合が悪くなった時、救急外来ではなくオンラインで診療を受け、その場で医師に診断してもらい、必要であれば薬も処方してもらえるサービスです。
2つ目は、「健康データの集約・活用」です。これからスタートに向けて準備している段階ですが、ひとつは各保険者が管理している健診データやレセプトデータを、統計データとして集約・分析することで、市民の健康状態の傾向を探ろうというものです。もうひとつの取り組みは、個人データの集約・活用で、健康データを記録できる専用アプリを約300人の方にインストールしていただき、健康診断の結果からAIが5年後、10年後の疾病リスクを予測し、アドバイスを提供するほか、日々の歩数やバイタルデータなどを入力してもらい、個人の行動変容をめざす取り組みです。
3つ目は、「地域包括ケアシステムの構築」です。日立市だけではなく全国的にも、医療従事者と介護従事者などの多職種間での情報連携に皆さまが大変苦労されている、という課題があります。例えば今でも訪問介護士がケアマネジャーや病院などに患者さんの状況を報告する場合、その手段は電話かファクスといったアナログな手段がメインで、非常に労力がかかり、効率も良くありません。それをオンラインの掲示板やチャットなどのデジタルツールを活用して多職種間の情報連携を図り、コミュニケーションの効率化や患者さんへのケアの質を向上させたいと思っています。

―― グランドデザインを日立製作所と一緒にまとめ上げるという作業のなかで、市役所の方々にとって新たな気づきなどはありましたか。
桧山氏
グランドデザインも、それぞれの施策を考える時も、私たちにとっては経験したことのない体制で文化や組織の異なる方々と共に働くわけですから、最初の頃は思うようにいかないこともありました。しかしそれぞれの担当者も含めてプロジェクトの方向性や課題、これからやりたいことなど日々議論を重ね、時にはワークショップも行ってお互いにコミュニケーションを積極的に図るようにしました。そうやってめざそうとしている世界を共有することで、文化や組織の壁は乗り越えられたように思います。グランドデザインは、お互いが思いをぶつけあったその成果のひとつです。
市の職員は、目の前の課題に対応することが優先事項になってしまいがちです。そんな私たちにとって、このプロジェクトは自分たちのまちの将来を本気で考えるいい機会になりましたし、いろいろな学びになりました。

プロジェクトの現在の評価
―― 3つの施策を実際に推進して、手ごたえや実証でわかってきたことなどがあれば、教えてください。まずは「地域医療のデジタル化」からお伺いします。
蛭田氏
オンライン医療相談・診療は、対象となるお子さんがいらっしゃるご家庭に、事前の登録をお願いしています。サービス開始から約1か月半で、すでに1,000人を超える方にご登録いただきました。これは私たちの予想を上回るペースで、良い手ごたえを感じています。これからさらに市民の皆さまへの周知に力を入れていこうと思っています。
―― 次に、「健康データの集約・活用」に関してはいかがでしょうか。
松永
これはまだまだこれからになりますが、個人の健康データというのは、保管されている場所がバラバラであることがまず大きな問題です。日立グループの社員であれば日立健保(日立健康保険組合)が健康診断のデータを持っていますし、国民健康保険を利用している市民であれば国保が持っています。これを、協会けんぽや国保にご協力いただくことで、統計化された匿名情報として集約し分析するという実証を始めます。
また、本人同意のもとで提供いただいた健康診断データをAI分析することで、日立市民の健康の傾向が調べられます。さらに、「あなたの10年後の糖尿病発症率は40%です」といった個人へのアドバイスをお返しすることで、健康意識も高めていただく。そういったことを今準備中です。
―― 最後に、「地域包括ケアシステムの構築」に関してはいかがでしょうか。
松永
これまで在宅ケアのため訪問をした介護担当者は、例えば患者さんが転んでしまって足を引きずっていることがわかると、それをケアマネジャーや医師など関係者に対して電話やファクスでそれぞれに共有していました。3か所に連絡するには3回電話で話をする必要がありますし、相手が電話に出ない場合にはかけ直さなければならず、非常に手間がかかります。ファクスを送った後、見てもらえたのか確認の電話をすることもあります。現在行っているモデル事業では、これをデジタル上の掲示板に一度書き込めば、複数の関係者に一斉に情報を共有できる仕組みを用いた検証を行っています。情報を送信した側からは、誰が情報を確認したかを確認できるだけでなく、コメントも返せますから、多職種間の情報連携が効率的でスムーズになると考えています。
デジタルは多職種間の情報連携には有効である、それは今回の実証で明らかになりました。しかし同時に、課題があることもわかりました。多職種間の情報連携では、患者様の個人情報を扱うため、安心して使用してもらうためにセキュアなツールを提供し、実証後は有償で利用してもらいたいと考えていました。しかし、今はLINEに代表されるような無償のツールがいろいろと出回っており、わざわざお金をかけて情報連携ツールを使うことにはハードルがあることが改めてわかりました。
また、スマホやパソコンを支給していない会社も多くありますので、そういうツールを前提にできない場合があることもわかってきました。デジタルは効率的で便利ではありますが、デジタル化を実現するための壁も存在する。この新たな課題を今後どう乗り越えていくのか、それを検討している段階です。
【第2回】「住めば健康になるまち」へ、「デジタル健康・医療・介護の推進」分野の取り組み(後編)はこちら>
「日立市×日立 次世代未来都市共創プロジェクト」の記事一覧はこちら>

7/17(木)9:50-10:50
ビジネスセッション「市民参加型による未来都市の実現に向けて」
山積する社会課題の解決、そして環境・幸福・経済成長が調和する「ハーモナイズドソサエティ」の実現をめざす日立製作所は、創業の地である日立市とともに「次世代未来都市」に向けチャレンジしています。(取り組み領域は、エネルギー、交通、ヘルスケアなど。)
日立が得意なデジタルを活用した次世代社会システムの整備は有力な解決手段です。 そしてさらに、両者の「共創プロジェクト」がめざすのは、市民が自ら参加し創る未来社会。住みやすい地域や都市づくりには何が必要なのか。本セッションでは、日立市のプロジェクトリーダーである小山修氏、自治体でのアドバイザー経歴もある山口周氏、生まれ故郷の町おこしに尽力するバービー氏を迎え議論していきます。
無料参加申し込みはこちら

蛭田 直美(ひるた なおみ)
日立市
共創プロジェクト推進本部 課長(健康・医療・介護担当)
1990年に日立市役所に入所。窓口業務、高齢者福祉に携わった後、2025年より現職。

桧山 泰範(ひやま やすのり)
日立市
共創プロジェクト推進本部 課長補佐
2003年に日立市役所に入所。税務や福祉、地域医療などの業務に携わった後、2024年より現職。

松永 権介(まつなが けんすけ)
株式会社 日立製作所
社会イノベーション事業統括本部
ウェルビーイングソサエティ事業創生本部 ウェルビーイングソサエティ第一部 部長
兼 ひたち協創プロジェクト推進本部 デジタル医療・介護推進センタ 副センタ長
2000年日立製作所入社。産業系IT営業を担当後、2007年にグループ公募で省エネエンジニアに社内転職。社会イノベーション事業推進や新規事業開発を経て、2020年から2年間大阪万博協会に出向。2022年復職後から現職。

加納 秀弥(かのう しゅうや)
株式会社 日立製作所 社会イノベーション事業統括本部
サステナブルソサエティ事業創生本部 サステナブルソサエティ第一部
兼 ひたち協創プロジェクト推進本部 デジタル医療・介護推進センタ 市役所常駐者
2023年日立製作所入社。産業系のアカウント営業を担当。2024年より現職。