「Society 5.0」の実現
―― 最初に、この共創プロジェクトが立ち上がった背景を教えてください。
堀川
日立製作所は、市民一人ひとりが中心となって、持続可能な社会と人々の幸せな暮らしをめざす「Society 5.0」の実現に取り組んでいます。そのためにはさまざまな社会課題を解決する必要があるのですが、現代社会は課題の一つひとつが複雑に絡み合っているために、どこか一部を解決しても社会課題が解決したことにはなりません。また、一企業だけでできることにも限りがあります。
「Society 5.0」を実現するためには、ひとつのエリアの中で複雑な課題を同時に解決していく必要があるということが、これまでの取り組みからわかってきました。その時に真っ先に浮かんだのが、日立製作所創業の地であり、110年以上共に歩んできた日立市の存在です。このエリアには、病院や教育施設、インフラなど、日立製作所が市と共に整備してきたものが多くあり、従業員やその家族、OB・OGなど関係者も多く住んでいます。さまざまな課題を乗り越えるためには、この深い関係性のある日立市がベストだということで、共創を打診させていただきました。

―― このプロジェクトが持ち上がった時、日立市役所の方々はどのように感じましたか。
小山氏
私は、大変嬉しかったです。私はこれまでずっと産業振興に携わってきましたので、日立市では日立製作所関連のさまざまな会社が事業を行っていることはよく知っていました。日立市は現在の人口が16万人ほどなので、社会実験に取り組むには最適なスケールだと思っていましたし、日立製作所の技術で何かひとつでも試していただけないかと思って、工場の方と話したりしていたのです。そこにこの話をいただきましたから、願ったりかなったりという気持ちで、新しいことにチャレンジできるという思いがわいてきました。

机を並べての共同作業
―― 実際にプロジェクトを進める現場の方々は、このプロジェクトについて最初に聞いた時、どのように感じましたか。
窪氏
今回のプロジェクトをスタートするにあたって、同じ場所で市職員と日立製作所の社員が一緒に働くということになった時、当時、異動辞令が出たばかりの担当課長の私は正直に言うと「大変なことになった」と思いました。私自身の経験として、国に2年間出向した時に、その出向先ではじめは、とても苦労した経験がありました。そこで、まずは日立製作所にならい、お互いを役職名で呼び合うのではなく、「さん」付けで会話をするとか、仕事を進める共通のツールとして市では使っていなかったMicrosoft Teamsを導入する、といったことからはじめました。

―― 日立製作所の人たちはどうでしょうか。予期していなかったことなどはありましたか。
堀川
市の方たちと会話している時に、少し納得がいっていない顔をされていて、この案はあまり乗り気ではないのかな?と思ってよく伺ってみると、内容の検討の前に、言葉の定義が違っていたとか、合意形成の手順が異なっていたりなど、単純な相違で議論が停滞していた、ということがありました。文化の違いというのはこういうことかと気づかされ、その後は、自分たちが当たり前だと思っていることも細かく丁寧にすり合わせるようになりました。
―― 今このプロジェクトは、何名ぐらいの方が関わっているのですか。
小山氏
総勢で150名ぐらいです。内訳としては日立市が47名、日立製作所は約100名の方が関わっています。そのうち市役所の部屋で共に働くのは、市役所が14名で日立製作所は7名になります。

―― 日立製作所の人たちは、デジタルに習熟している方が多いと思います。そのビジネススタイルが、市役所の方々の仕事に何か影響を与えましたか。
窪氏
私たち市役所の業務は、日立製作所と比較するとまだまだ紙ベースであったり、人的作業をしているものが多く残っていました。しかしこのプロジェクトをきっかけに、デジタルを生かして効率的に業務を改善していく、庁内DXが動き出すタイミングになりました。
日立市の抱える課題とプロジェクトの取り組み
―― プロジェクトが動き出した当初、日立市はどのような課題を抱えていたのでしょうか。
小山氏
一番大きいのは、やはり人口減少です。地方都市の多くは同じだと思いますが、日立市も1983年の約20万6,000人をピークに、4万人以上人口が減少しています。地方創生というテーマを掲げてもう3期目の計画を作っていますから、10年以上市をあげてこの課題に取り組んできたことになりますが、いまだに減少は止まっていません。
日立市は、高度経済成長の時期に急激に成長しましたから、成熟も早く、人口減少が始まったのも日本全体の平均よりも早いのです。人が減れば税収も減り、市の規模も小さくなってやりたいこともやれなくなる、十分な住民サービスもできなくなる、という悪いスパイラルに入ってしまうので、どこの地方都市も苦労していると思います。この共創プロジェクトによって、日立製作所と共に持続可能な日立市を実現し、地方創生の成功モデルを作りたいと考えています。
―― プロジェクトがスタートして1年が経ちますが、どんな取り組みを行ってきたのか教えてください。
堀川
昨年4月に「Society 5.0」を持続的に実現する社会を作るという目的でスタートした際に、根幹となる柱として「グリーン産業都市の構築」「デジタル健康・医療・介護の推進」「公共交通のスマート化」という3つのテーマが決まりました。まずは取り組む人たち全員が同じ方向を見て進めていく必要があると考え、プロジェクトのビジョンとして、「2050年の未来像」と「2031年のめざす姿」を設定することからはじめました。




その未来像とめざす姿がこちらです。例えばオンライン診療を提供していきたいとなった時に、これから数十年先の方向がきちんと見えていないと、何のためにオンライン診療をしようと思っているのかがわからなくなってしまいます。そこで、長期的な2050年の未来像と、中期的な2031年のめざす姿を、プロジェクト全体と各テーマでそれぞれ作成しました。並行して、まず直近で取り組まなければいけない課題もありますので、それをサブテーマとして各担当者に施策を検討してもらい、各テーマのグランドデザインに落とし込みました。また、そのために必要な実証を行うコストを予算化するといったことも併せて取り組みました。
市民との一体感の醸成
―― 市民の方々からの反応はいかがですか。
窪氏
プロジェクトがスタートする時に、市長と日立製作所の德永副社長(当時)にしっかりとメッセージを発信していただけたことは、すごく大きかったと思います。それは両者が本気で取り組んでいくという意志表明であり、かつてないことでしたから、市民の方々も大きな期待を持たれたと思います。
小山氏
期待が大きく注目されていますから、日立市がどう変わっていくのかをしっかりと伝えていくことで、一緒にまちづくりを行う一体感につなげていきたいです。
堀川
私たちも、このまちの課題や未来の在りたい姿を市民の方々にも自分事化して考えていただくことが大事だと思っています。そのために、昨年からワークショップを開催しており、今後も継続していきます。例えば昨年、茨城大学の都市システム工学科の学生の方々とワークショップを行いました。学生側もこれまでワークショップはいろいろ実践してきており経験豊富です。私たちも日立製作所の研究所で課題解決のアプローチを研究しているワークショップの専門チームにファシリテーションを依頼し、市民参加に資するワークショップの体現に本気で取り組みました。生成AIを使ったディスカッションやさまざまな仕掛けで工夫をこらしたこのワークショップは、学生にも新鮮なインパクトがあったようで、こういったアプローチを今後も深めていきたいと思います。
【第1回】両者が本気で取り組むまちづくり、1年を経た現在(後編)はこちら>
「日立市×日立 次世代未来都市共創プロジェクト」の記事一覧はこちら>

7/17(木)9:50-10:50
ビジネスセッション「市民参加型による未来都市の実現に向けて」
山積する社会課題の解決、そして環境・幸福・経済成長が調和する「ハーモナイズドソサエティ」の実現をめざす日立製作所は、創業の地である日立市とともに「次世代未来都市」に向けチャレンジしています。(取り組み領域は、エネルギー、交通、ヘルスケアなど。)
日立が得意なデジタルを活用した次世代社会システムの整備は有力な解決手段です。 そしてさらに、両者の「共創プロジェクト」がめざすのは、市民が自ら参加し創る未来社会。住みやすい地域や都市づくりには何が必要なのか。本セッションでは、日立市のプロジェクトリーダーである小山修氏、自治体でのアドバイザー経歴もある山口周氏、生まれ故郷の町おこしに尽力するバービー氏を迎え議論していきます。
無料参加申し込みはこちら

小山 修(こやま おさむ)
日立市
共創プロジェクト推進本部部長
1988年、日立市役所入所。1991年より産業経済部企業立地課で企業の誘致を担当。以来、商工振興課、日立地区産業支援センターなど、34年間、中小企業振興、産業振興に携わる。2021年より産業経済部長、2025年より現職。

窪 久司(くぼ ひさし)
日立市
共創プロジェクト推進本部 事務局長
1996年、日立市役所入所。企画、商工など内部管理や産業振興業務を担当。2019茨城国体開催や地域創生、脱炭素関係のプロジェクトに携わる。2023年より現職。

堀川 茉佑子(ほりかわ まゆこ)
株式会社 日立製作所
社会イノベーション事業統括本部
サステナブルソサエティ事業創生本部 サステナブルソサエティ第一部 主任技師
兼 ひたち協創プロジェクト推進本部 市役所常駐者リーダー
自治体・警察・政府向けの防災システム・危機管理ソリューションの拡販・構築に従事。東日本大震災後より東日本復興プロジェクトに携わる。内閣府戦略的イノベーション創造プログラムの社会実装責任者や、日本の技術を政府と海外に展開する業務を行う。現在はひたち協創プロジェクトを担当。