開発現場とデジタル推進──模索の出発点
近年のAIの進化に伴い、個人の経験や勘に頼ることも多かった従来の開発スタイルから、データにもとづく判断や知見の共有へと移行する動きが多くの企業に広がりつつあります。
こうしたなか、花王でも開発業務でのデータ活用の重要性が認識されており、デジタル戦略部門と開発現場は早くから情報を共有し、課題の掘り起こしを進めてきました。しかし、データ活用のアイデアや意欲はあっても、なにから着手すればよいか分からない、という実務上の障壁が次の一歩を阻んでいたのです。

花王株式会社
SCM部門 技術開発センター
生産要素技術グループ(製造制御技術)
グループリーダー
高橋 滋樹 氏
高橋氏
化粧品セグメントで製品の技術開発を担当しています。私たちが担当する化粧品の製剤化プロセス設計では、年間数千件の製品開発があり、各担当者にも年間30〜100件にのぼる新製品対応が求められます。このような多品種・短期間の対応には過去データの活用が不可欠ですが、技術情報の探索に多くの時間と労力がかかっていました。処方を考えるうえで、情報をどう検索し、どう比較すればいいのかが分かりづらく、個人の経験頼みになりがちだったのです。

花王株式会社
SCM部門 技術開発センター
生産要素技術グループ(製造制御技術)
田中 伸明 氏
田中氏
私は化粧品領域で製剤化のプロセス設計や検証を担当しています。過去の製品データが膨大で、どの情報が検討に使えるかを見極めるだけでも大変です。情報の妥当性も個々の担当者のスキルに頼らざるを得ないなかで知見が属人的なまま残る傾向も強く、ノウハウの標準化や再利用が難しい状況でした。

花王株式会社
デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター
SCM DX共創部 データインテグレーショングループ
マネジャー
田村 仁 氏
田村氏
SCM※1領域におけるデータ利活用を推進しています。高橋さんたちが直面していたような現場課題に対して、過去には私たちの部門でテーマ実行から結果判断までをすべて担おうとしたこともありました。ただ、現場の専門的な知識がなければ結果の妥当性を判断できず、確認にも大きな労力がかかっていたのです。このため、ドメイン知識※2を持った現場の方自身がデータ活用できるように育成・支援し、そのうえで一緒に推進していく体制を築く必要がありました。
※1 サプライチェーン・マネジメント
※2 特定の分野や業界に関する専門的な知識

花王株式会社
デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター
SCM DX共創部 データインテグレーショングループ
愛須 光 氏
愛須氏
私はデータサイエンスの普及を支援するために、ツール導入や解析の仕組みづくりを担当していますが、開発側にはツールの使い方に関するスキルも不足しており、それをどう実務に生かせるのかイメージしにくい状況でした。
日立との出会いが開いた難題の突破口
こうした課題の解決に向けて、花王では従来の属人的な情報管理や非効率な検討プロセスを抜本的に見直すため、デジタル戦略部門を中心に外部の専門機関との連携を模索。そうしたなか、協力パートナー候補に挙がったのが、日立でした。
田村氏
パートナー選定にあたっては社内外での打ち合わせを重ね、当社が求める支援のあり方と照らし合わせながら検討を進めました。そのなかで、さまざまな課題に対して柔軟に対応してきた日立の提案は当社の理想とするプロセスと一致しており、とても現実的で信頼できると判断しました。
自ら課題を解決できる現場主体の支援をめざして
花王では社内への段階的な浸透を意図した日立の提案をもとに、まずはマインドセットの醸成を目的に全社向けの講演、次に業務に直結する実践的なスキル習得のためのWeb講義を実施。その後、現場でのテーマ推進に伴走しながらコンサルティングを提供するという3ステップの支援構成を採用しました。これらの講演・Web講義、それに続く伴走型コンサルティングを担ったのが、日立のデータサイエンティスト高原 渉(以下、高原)です。

株式会社 日立製作所
公共システム事業部 公共基盤ソリューション本部
デジタルソリューション推進部
技師 日立認定データサイエンティスト(プラチナ)
高原 渉
高原
私は材料開発や材料開発などを対象範囲とするインフォマティクス(マテリアルズ・インフォマティクス、MI)の立ち上げに関わってきた経験があり、現在は企業向けのAI・MI教育やコンサルティングを担当しています。現場の担当者にとって、AIやMIが“Excelのように自然に使えるもの”になることを常に意識してきましたが、そのためには最初の段階で要件を丁寧に整理し、抜けや漏れのない形で全体の枠組みに落とし込むことが不可欠です。
高原は世界的なデータ解析コンペティションプラットフォーム「Kaggle」でKaggle Masterの称号準優勝の実績を持ち、MI領域での論文賞の受賞経験もあるAI・データサイエンス活用のエキスパート。加えて、材料開発やプロセス設計の現場に身を置いた経験も有しています。
田村氏
もちろんKaggleのような実績もすごいと思いましたが、実際の材料開発の現場でも苦労や経験を重ねてこられたからこそ、高原さんは現場が直面する課題に寄り添い、的確にアドバイスしてくれる。その存在がパートナー選定の決め手でした。
こうして、高原による講演・Web講義からコンサルティングによる伴走型のテーマ推進へと発展する解析エンジニア教育カリキュラムが始動。その後、ツール導入やスキル習得にとどまらず、社員がデータと向き合い、自身の業務に有効活用できる環境づくりをめざすこのプロジェクトの企図は次第に花王社内に浸透していきました。その結果、プロジェクトを自分たちのものとしてとらえる当事者意識が芽生え、参加者の姿勢は“支援を受ける側”から“共に創る主体”へと変わっていったのです。
「第2回 現場に届いた手応え──講演と講義で種をまく」はこちら>
花王株式会社「MIコンサルティング導入事例:データサイエンス人財育成プロジェクト」の記事一覧はこちら>
花王株式会社
[所在地] 東京都中央区日本橋茅場町一丁目14番10号
[創 業] 1887年6月
[従業員数] 7,861名
[事業内容] コンシューマープロダクツ事業製品、ケミカル事業製品の製造、販売を主な事業としているほか、これらに附帯するサービス業務等

高原 渉
株式会社 日立製作所
公共システム事業部 公共基盤ソリューション本部
デジタルソリューション推進部
技師 日立認定データサイエンティスト(プラチナ)
大学院では材料工学を専攻。メーカーでのMIを活用した材料開発業務を経て、日立製作所入社。 現在は、データサイエンティストとして日立の材料開発ソリューションに従事。趣味はデータ分析で、プライベートでデータ分析コンペティションに参加している。Kaggleコンペティション「Vesuvius Challenge - Ink Detection」準優勝。Nishikaコンペティション「材料の物性予測」3位入賞。Kaggle Master*。社外講演等の活動も多く、MIの普及促進を行っている。
*世界的なAIのデータ分析コンペティションプラットフォーム「Kaggle(カグル)」における称号。「日立のデータサイエンティストが、世界的なAIデータ分析コンペ「Kaggle」で準優勝し、Kaggle Masterに昇格」(2023年7月18日)
日立アカデミー主催「マテリアルズ・インフォマティクスで学ぶ製造業の現場におけるAI実践活用講座」のご案内
材料開発におけるデータ活用が本格化し、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の導入が広がっています。本コースでは、データ分析の考え方・AIフレンドリーなデータのあり方・AIプロジェクトの進め方(要件整理・タスク設計)などの基礎から、各種データ(表形式・画像・テキスト・スペクトル・時系列・材料構造、など)における機械学習モデルの構築・活用及び生成AI(LLM)+ RAGやプロジェクトにおいてしばしば直面する状況とそれに応じた対処法までを講義します。本講座では、本記事にてMIをご説明している高原が講義を行います。
開催日時:2025年9月1日(月)10時~17時
詳細・お申し込みはこちら(日立アカデミーのWebサイトへ)
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