経営環境が急速に変化し、ビジネスとそれを支えるITシステムには一層の変化対応力とスピードが求められている。これを受け、多くの企業でビジネスとシステムのモダナイゼーションが課題となっているが「クラウド移行」などの手段が目的化し、真の目的を達成できないことが多い。
その真因は何か。どうすれば「あるべき姿」を設計・実装できるのか。メインフレームからクラウドネイティブ領域の最新技術まで、豊富な知見を基に企業を支援してきた日立製作所(以下、日立)のドメインエキスパートとテクノロジースペシャリストに、モダナイゼーションを阻む壁と成功の要件を聞いた。
公共、金融――ドメインエキスパートが語る「クラウド移行の現状」
経営とITが一体化している中、日立における「ドメインエキスパート」は、公共、金融など特定業界に精通した立場から顧客を理解し、ともに“あるべき姿”を見極めて実装への落とし込みを支援する役割を担っている。豊富なドメイン知識と専門性を持つエキスパートは、モダナイゼーションの現状をどう見ているのか。金融業界について、末次 亮氏は次のように語る。
「業界全体の傾向でもありますが、特に生命保険では商品の市場投入の迅速化が求められています。従来1年以上かかっていた新商品開発サイクルを半年程度に短縮するため、柔軟で俊敏なシステムが不可欠となっており、クラウド移行やモダナイゼーションのニーズが高まっています」
だが一般に、金融業界では多くの企業がメインフレームを使用しており、「完全にクラウド移行した例は少ない」(末次氏)。オンプレミスやクラウドが混在することで、逆に維持管理コストの上昇や非効率を招いている。
「クラウド移行が目的化する」という状況も目立つ。末次氏によれば、銀行や保険業界の基幹システムには複雑で膨大なバッチ処理があるなど特殊な非機能要件が求められる点で、クラウドが不向きなケースも多い。また、そもそもめざす姿は「複雑なバッチ処理をなくすこと」などであり、クラウド移行ではない。しかし、いつの間にか手段が目的化して無理にクラウド移行を進めた結果、「コストが増大し非効率になった」という事態に陥る例もあるという。
公共分野はどうか。齋藤 洋氏は、公共分野のシステムは「クラウド・バイ・デフォルト原則」により、急速なモダナイゼーションが求められているが、「具体的かつ現実的なモダナイズ戦略を描くことに苦労している」と指摘する。
「デジタル庁が率先してガバメントクラウドの活用とモダナイゼーションを推進しており、われわれもCoE(センターオブエクセレンス)を組成して支援しています。モダナイゼーションは、技術の潮流を見ながら具体的かつ現実的な戦略を描き、スケジュールを確保することが重要です。しかし、『クラウド移行やマイクロサービス化がコスト削減の決め手』とする論調で手段検討が先行する一方で、システムの重要性、移行難易度や移行・刷新コストに影響する複雑性の評価、モダナイズを前提とする体制・調達形態であるか否か、といった課題を踏まえた検討が計画時に十分になされずに、実行段階で苦労する例が目立ちます」
テクノロジースペシャリストが見るレガシーシステムの現状
一方、技術者として顧客の状況を目の当たりにしているのは日立の「テクノロジースペシャリスト」だ。三木隆史氏、富田琢巳氏、早川裕志氏は、それぞれAWS Ambassadorとして選出され、クラウドアーキテクトとして自社および顧客のSI支援に従事している。
早川氏は、多くの企業に共通する課題として「さまざまなベンダーによる度重なる改修によって既存システムが複雑化している」問題を挙げる。特に基幹系システムはその傾向が顕著で、運用保守にかかるコストを増大させ、事業の俊敏性に悪影響を及ぼしている。
「今残っているレガシーシステムの多くは、クラウド移行が困難なケースが多い」と指摘するのは富田氏だ。「すでに移行が完了しているものは、比較的移行が容易なシステムであるケースが大半です。結果として、クラウド移行を検討したが一筋縄ではいかなかった“大物システム”が残っている例が多く、これがモダナイズのハードルを上げています」(富田氏)
セキュリティ面の意識変革も追い付いていない。クラウドのセキュリティはオンプレミスと比較してリスクがあると思われがちだが、「ベンダー各社のセキュリティ技術力は日々進化している」と三木氏。今後は、最新かつ高い技術力を持つパートナー企業と連携し、「各社各様のセキュリティ要件を設計・実装に落とし込むことで、お客さまの不安を解消していく必要がある」と話す。
日立のスペシャリストが説く、クラウド移行の「壁」
手段の目的化、技術的なハードルなどがあり、モダナイゼーションは想像以上に困難なことが分かる。では、より具体的に分析すると何がその実現を阻んでいるのか。5人は代表的な「壁」を次のように整理する。
「意思決定プロセス」の壁
クラウド移行の際、よく議論されるのが「オンプレミスと比較してどちらが安いか」という点だ。しかし、「ビジネス目標」によって最適なシステム構成や投資対効果の観点は変わる。早川氏は「電気代やデータセンターの設備維持費、機会損失など算出が難しいコストから目を背け、算出しやすい部分だけを比較して『オンプレミスの方が安い』と移行を迷われるケースは少なくありません。しかし、対等なコストの比較自体があまり現実的ではなく、検討に時間を要している間も機会損失は拡大していきます」と語る。
だからこそ「テクニカル」「ビジネス」両面に基づいた経営レベルの意思決定が必要だが、「リスクテイクをしながらトップダウンで推進できる人がいないケースも多く、モダナイゼーションを阻む要因となっています。ビジネス目標と、コストに対する合理的な判断に基づいてIT部門に適切、迅速に指示できる意思決定体制がプロジェクトの成否を分けるポイントです」(早川氏)
これはプロジェクトの計画変更を余儀なくされた際も不可欠となる。
「クラウド移行やモダナイゼーションを進める道筋をつけた後でも、壁にぶつかることは多々あります。技術面の課題の多くは、プロジェクトチーム内で対応できるケースも多いのですが、問題は当初の計画から大幅な見直しが必要になったときです。ゴールまでのルートを柔軟に変更できるかどうかが成功を左右するため、『そのような話は聞いていない。許容できない』とならないように日頃から経営層との連携も大切だと思います」(富田氏)
「手段先行」の壁
前述した「手段先行」(手段の目的化)もプロジェクトを迷走させる原因だ。例えば、日立は顧客から「マイクロサービス化したい」という要望を受けることが多いが、実際にはその必要がないケースも多い。
原因の一つが「クラウドジャーニーの有無」だ。自社が長年立脚してきたビジネスやシステムを一足飛びに変革するのは現実的ではない。目的起点で「あるべき姿」を見据え、段階的に変革していく道筋と、最適な手段を選択することが肝要となる。
特に、日本企業は合意形成型が大半だ。ステークホルダーの合意を得るだけで時間を消費する例も多い。末次氏によれば、「金融ではメインフレームからオープン化に移行するだけで5年、クラウド移行も視野に入れると全体で10年になることも珍しくありません。その間に異動などでステークホルダーが変わり、当初の目的や方針が見失われることもあります」。その点、グランドデザインとジャーニーを明文化して残しておけば、ステークホルダーが変わっても「To Be像」を取り間違えることもない。これは「意思決定プロセス」の壁の突破口にもなる。
ただし、プロジェクトを進めていくには、各業種の知見、各社各様の状況に基づいた現実的なジャーニーの設計が不可欠だ。齋藤氏は「公共なら、官庁や自治体に合ったジャーニーを描くことが重要」と語るが、ここがまさしくドメインエキスパートとテクノロジースペシャリスト双方の知識が求められるポイントであり、両者が連携している日立の強みでもある。
「人財」の壁
こうした取り組みを支える最大のカギが「人財」だ。
「従来、SIerのエンジニアはネットワーク、ストレージと『分業型のスペシャリスト』で構成されていました。一方で、クラウド移行やモダナイゼーションの世界ではフルスタックエンジニアが求められますが、そうした人財の育成は時間がかかります」(三木氏)
必要なのはクラウドのスキルだけではない。「既存システムのモダナイゼーション」である以上、メインフレームなどの知識やスキルも必須となる。だが、これらの知見を有する人財を持ち、適切な支援ができるSIerは限定的だ。
齋藤氏は、公共分野でもこの課題は深刻だとして「レガシーシステムを理解していなければ、クラウド移行やモダナイゼーションの難易度を正しく判断したり、適切な手段を選定したりすることはできません。クラウドが当たり前の時代だからこそ、長年業務を支えてきたレガシーシステムの経験や知識を持つ人財が必須です」と語る。
日立のモダナイゼーション支援 経験と実績に裏打ちされた「やり切る覚悟」
日立では、こうした「壁」に対して、ドメインエキスパートとテクノロジースペシャリストが連携して支援に向き合っている。特長は、顧客に寄り添う「長期的かつ現実的な伴走型アプローチ」だ。
齋藤氏は「重要なのは『現実的かつ具体的な道筋』を示すこと。私たちは、『理想的な未来像』に求められる技術の潮流を踏まえながら、実現性のある提案を心掛けています」と話し、早川氏、三木氏もテクノロジースペシャリストの視点から日立の強みを語る。
「技術トレンドを存分に盛り込んだ“華やか”な提案は世にあふれています。しかし、表面的なトレンドにとらわれず、本質的な課題を見据えて最適な手段を提案できる伴走者は多くないのでは。例えばビジネスのアジリティなどの観点から、クラウドが合理的な選択肢となる場合が多いことは確かですが、クラウドは選択肢の一つに過ぎません。多様な選択肢を提示することも含め、お客さまに対して“何ができるのか”。それを考え抜けることが日立の強みです」(早川氏)
「業務の特性や重要度、システム要件、コスト合理性などを見据えて、クラウドに移行しても問題ないか、向いていないならどうクラウドに近づけるかを総合的に判断できるのは、メインフレーム時代から今に至るまで、豊富なシステム構築実績を積む中で身に付けてきた日立ならではの“嗅覚”です」(三木氏)
モダナイゼーションの本質は、技術力とドメイン知識、そして実現可能性を重視した着実なアプローチにある。富田氏は「理想と現実の双方を照らし合わせながら最適解を導き出すため、“地味な提案”に見えることもあるかもしれません。しかしそれは、モダナイゼーションの結果、お客さまがビジネスで成功するところまで伴走するという強い覚悟があるからです」とあらためて力説する。
企業の課題や目標、業務プロセスを深く理解し、最適な方法で「逃げずに最後まで一緒にやり切る」日立のスペシャリスト。この伴走力が“ビジネスとシステムのモダナイゼーション”の実現を大きく後押しすることは間違いない。
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ITmedia 2024年12月12日掲載記事より転載
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