ジャパンインサイドへのシフトを
鮫嶋
さまざまな社会課題が顕在化し、AIをはじめとするデジタル技術が急速に進展する今日、企業には変革が求められています。このセッションでは、そのような時代において世界で必要とされ続けるために私たち企業がどうあるべきか、カリフォルニア大学サンディエゴ校のウリケ・シェーデ教授、NVIDIAの齋藤弘樹ストラテジックアカウント本部長、そして皆さまと一緒に考えていきます。
最初の論点は日本と日本企業の現状についてです。シェーデ教授は、それらをどのようにご覧になっていますか。
シェーデ
私はグローバルビジネスと日本の経営や経済について研究しており、近著に『再興 THE KAISHA~日本のビジネス・リインベンション』や『シン・日本の経営~悲観バイアスを排す』などがありますが、その「悲観バイアス」についてお話しします。
近年の日本については、「失われた30年」をはじめとする悲観的な意見ばかり耳にしますが、30年間停滞していながら、なぜ日本はいまだに経済大国なのでしょうか。それは、1995年頃からの30年間は「失われたもの」ではなく、日本の変革の時代、昭和から令和へのビジネスモデルの変革の時代であったからです。
ハーバード大学のHarvard Growth Lab(成長研究室)が発表している「生産的知識」の世界ランキングがあります。これは「輸出製品の複雑さ」をランキングしたもので、複雑さの定義には(1)ある国の輸出品の多様性と複雑性、(2)その国の製品の偏在性(どれだけの国で製造できるか)という2つの側面があります。例えば、Tシャツは簡単で多くの国が生産できるものだからスコアが低く、半導体の特殊素材は複雑で製造できる国が少ないから高得点、というふうに輸出製品にスコアをつけ集計したそのランキングを見ると、1995年からずっと、つまり失われた30年の間ずっと日本はナンバーワンであり続けています。
その謎を解きたいと思い、私は日本経済について研究しました。その中から見えてきた日本企業の「再興」の道は、ジャパンインサイドへのシフトです。製造業のバリューチェーンは川上から川下まで多くのステップがあり、以前の日本ではそのすべてが国内にありました。ところが、1995年頃から北東アジアの競争相手の参入でコモディティ化した製品の利益率が低下してしまい、組み立て工程においてお金を儲けられない状態になりました。
日本企業がそうした競争に打ち勝つには、川上の投入部品や素材へ、あるいは川下の小売へと、テクノロジーやビジネスをシフトすることです。例えば、優れた先頭ランナーの1社であるユニクロは、デザインと販売で利益を上げているビジネスモデルですね。そうした例に学ぶことで、他の日本企業の進むべき道が見えてくるでしょう。
日本企業は変化がスローだと言われますが、それには三つの理由があります。まず、日本の「スロー」は、戦略のために必要です。複雑性が高いものをつくっている日本企業は、ビジネスモデルの方向転換に時間がかかります。次に、「スロー」は選択です。日本の低い経済成長率は、社会の安定性とのトレードオフとしての選択であると思います。最後に、「スロー」は停滞ではありません。アメリカとはペースが違うだけなのです。
「シン・産業革命」時代、日本企業の勝ち筋は「おもてなしの心」
鮫嶋
では次の論点として、デジタル時代における日本の競争優位性やポテンシャルについて、具体的に考えていきます。齋藤さんは日本や日本企業の強みについてどうご覧になっていますか。
齋藤
現在、AI技術は生成AIの登場によって物事の学習や理解において加速度的な進化を遂げています。生成AIはテキストだけでなくイメージや音声などさまざまなものを理解できるようになり、コンテンツの生成はもちろん、自動運転、音声によるロボット操作、脳波からの言葉の作成なども可能になりつつあります。
生成AIは、多種類かつ大量のデータと大量の演算を必要とし、それを担うデータセンターには、これまでメインとしてきたデータの保持や処理・加工機能だけでなく、AIファクトリーとしての役割が求められるようになりました。高速な演算を行うGPUとInfiniBandのような高速ネットワーク技術がそれを支えています。
そして最新のAIファクトリーで日々、生成されている新しいAIモデルは、コンピューティング、ヘルスケア、交通、製造業など100兆ドル規模の産業分野に影響を与えています。この状況は「シン・産業革命」と言っても過言ではないでしょう。
データセンターのもうひとつの機能にデジタルツインがあります。NVIDIAのパートナー企業の例では、データセンターに倉庫や工場のデジタルツインを構築し、その中でロボットをトレーニングしてリアルの倉庫や工場に実装しています。
一方でAIに関しては、「ソブリンAI」と呼ぶ各国独自のAIの開発が進んでいます。自国の文化や安全保障を考慮した独自AIの開発は、その国の将来に向けて大きな強みになるでしょう。
日本は生成AIで若干出遅れているものの、ソブリンAIの開発は始まっています。これからキャッチアップしていき、少子高齢化、労働人口不足といったクリティカルな課題に対して積極的に生成AIを活用していくことが日本の競争力につながっていくはずです。
日本のモノづくりには大きく二つの強みがあります。一つは「メカトロニクス」。高度な制御技術と相まってハイレベルな日本のモノづくりを支えている技術分野で、ここにAI、デジタルツインなどを活用することにより競争力を高められます。もう一つの強みは「匠の技」で、その未来への継承にはデジタル化が鍵になります。
さらにもう一つの日本の強みは「おもてなしの心」だと思います。これを学んだAIモデルをカスタマーセンターやコールセンター、自動化店舗といったところに実装することによって付加価値が高められるでしょう。
新たな産業革命の真只中で、グローバルな競争も激化していますが、生成AIをはじめとするデジタル技術を活用することでみずからの強みをさらに強化することが日本の勝ち筋であると考えます。