現場環境をまるごとプロトタイプに
——野宮さんの、TeamQでの取り組みの領域について教えてください。
野宮
工場や空港や物流倉庫など、現場のDXを推進する際、システム開発と同時に人の動きやモノの流れ、さらには機器のレイアウトなどの実現性を検証する必要があります。私の取り組みは、お客さまとともにさまざまな検証を効率的かつ的確に行うために現場環境のプロトタイプを制作し、DXの推進に貢献することです。まとめると「協創DXための現場環境プロトタイピング」となるでしょうか。
——サービス画面や家電製品のプロトタイプは見たことがあります。でも、現場環境のプロトタイプとは一体どのようなものですか。
野宮
これという決まった形があるわけではなく、議論が活発化しやすいようプロジェクトに応じてさまざまな技術を選択・組み合わせて対応しますが、いずれにしても目標はプロトタイプに接したお客さまに、これは分かりやすい!といった驚き、言い換えればWow!を提供することです。
例えば、空港のように、多様な施設が広大な敷地に複雑にレイアウトされているような現場のDXでは、3Dプリンターで正確な縮小モデルを制作します。縮小モデルなら全体像を俯瞰で把握できますから、人やモノの動線、移動にかかる時間などをスピーディーに検証することができます。
また縮小モデルにリアルなイメージを付加するために、衛星写真やドローンで撮影した空撮画像をプロジェクションマッピングで重ね合わせることも行っています。例えば、現場の周辺環境との関係性を検証したい時などに有効です。
——従来、こうした検証は図面を広げて行っていたのですね。
そうです。ただ図面は誰もが読めるわけではなく、同じ図面でも人によって想像できる度合いが全く異なります。一方、縮小モデルは誰もが直観的に理解できますし、例えば、空港だと飛行機や荷物運搬車、物流倉庫ではフォークリフトや物流ロボットなどの模型も制作することで、現場感がよりいっそう増します。現場を知る方は、ワークショップでこうした模型を手にすると業務や抱えている課題などの話が止まらなくなります。現場感あふれる縮小モデルは、議論の呼び水として大きな役割を果たしています。
そして縮小モデルの最大の利点は、やはり現場環境を俯瞰で把握でき、全体最適化を推進しやすいということです。空港や工場といった大規模な現場のDXでは、複数の部門がそれぞれの領域で個別の目標を持って業務を行っているため、部分最適に陥りがちです。その時に縮小モデルを使えば、各領域を横断する業務の流れをイメージしやすく、現場全体で同じ目標を共有しながらDXを推進することができます。
さらに、いまお客さまの要望で増えているのが、現場環境の3Dモデルをメタバースに構築し、XR*¹技術を使ってさまざまな検証を行うプロトタイピングです。
*1 XR:クロスリアリティ。現実世界と仮想世界を融合させ、現実にないものを知覚するための技術。「VR(仮想現実)」「AR(拡張現実)」「MR(複合現実)」などの総称。
メタバースに現場環境を構築する
野宮
メタバースに構築したプロトタイプを、XR技術を使って検証する利点として、まず、1/1スケールの現場モデルを現実かのように体験できることが挙げられます。例えば、物流倉庫に新サービスを導入する時には、新しい業務フローに合わせて倉庫レイアウトを変更します。ところが実際に運用してみると、作業に問題がある箇所や、接触などが生じやすい危険個所が表面化することがあります。その時、メタバースに1/1スケールの現場モデルを事前に構築し、内部を自在に移動しながら、動線は効率的か、この通路幅で接触しないか、など詳細に検証することで、安全で働きやすい現場を構築することができます。
また、仮説検証サイクルを高速に繰り返すことができるというのも大きな利点です。現実の物流倉庫でレイアウトに何度も変更を加えることは、ほぼ不可能ですが、デジタル空間であれば、「在庫スペースを増やしたら?」、「設備を導入したら?」といった仮説に基づいたレイアウト変更を手軽に繰り返して行えます。ビジョンに即した現場環境を高い精度で実現することが可能なのです。
——まだ見ぬ現場環境をメタバースに構築して、その中を移動する。想像しただけでWow!となりますね。
プラント施工の効率化から障害対応まで
野宮
メタバースにデジタルの現場を構築するプロトタイピングは、DX推進だけでなく、さまざまな施設の施工の効率化にも役立ちます。
例えば、敷地内の建屋配置や建屋内の設備レイアウト、さらには建設用重機をどこから入れてどのように動かすのか、といった検証をメタバースでなら容易に繰り返すことができます。また、施工準備に現地調査は不可欠ですが、大人数が移動することの非効率性が問題になっています。そこで現地を360度カメラで動画撮影し、メタバースで共有するという取り組みを進めています。関係者は現地に行かずとも360度ウォークスルーで状況を確認でき、時間とコストを削減できます。
さらに施工後のプラントにおける障害対応にも、メタバースは活用できます。現実のプラントの各所にある制御盤の点群データ*²を取って細密な3D画像をつくり、これをメタバースにあるプラントの同じ位置に貼り付けます。障害発生時、プラントからの問い合わせを受けた遠隔のエキスパートは、メタバース空間のプラントに入り、プラントの作業者と同じ制御盤を見ながら指示を出すことで、復旧作業の円滑化を図ることができます。
*2 点群データ:3次元の座標情報をもった点の集合体。レーザースキャナーでレーザーを照射することで対象物の点群データ化が可能。
——メタバース、3Dプリンター、プロジェクションマッピング、XR、点群データなど数々の新しいテクノロジーを使いこなすのは、大変ではないですか。
野宮
TeamQ のコンセプトは、「Wow!を生み出すギーク集団」です。私は、お客さまをWow!とさせたい、そして自分もWow!となりたいのです。新しいプロトタイプのアイデアが浮かんでWow!となったら、“楽しい”が先に来て、新しいテクノロジーの習得など苦になりません。
——次回は、現場環境プロトタイピングが、協創DXプロジェクトにもたらす価値について深掘りして聞いていきます。
野宮正嗣(のみや まさつぐ)
株式会社日立製作所 デジタルエンジニアリングビジネスユニット
デジタル事業開発統括本部 Data & Design Data Studio
技師
2003年、日立製作所入社。生体認証ATM、ICキャッシュカードなど金融分野での事業開発を経験した後、多業種/異業種協創による事業開発プロジェクトにおいて、AI、ビッグデータを活用した課題解決に携わる。2022年よりTeamQのメンバーとして、プロトタイピングを活用した現場のDXの推進支援に従事。データサイエンティスト、デザインシンキングの知見も生かしながら、物流、運輸、エネルギーなどさまざまな現場の課題を解決に導いている。
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