「【前編】グローバルで見た、生成AI活用の現在地」はこちら>
AIアバターによる自然な接客で、無人化・省力化を
吉田(日立)
ここからは、小売業への生成AIの活用事例をご紹介します。今、小売業が抱える課題の1つに店舗の従業員不足があります。そこで日立は、デジタルサイネージに表示したAIアバターに接客をさせることで人材不足を解消するソリューション「デジタルポップアップストア」を開発し、西日本鉄道株式会社と実証実験を行っています。
接客において購買客から質問される内容にはいくつかのパターンがあることから、日立は接客における会話のシナリオを作成し、さらに生成AIを組み込むことで、購買客の回答内容に応じて受け答えできるAIアバター「MediaSpaceコンシェルジュ」を開発しました。これによって、単なる一問一答にとどまらない、より自然なコミュニケーションを実現しています。さらに、英語や韓国語などの多言語にも対応することで、増え続ける外国人訪問者への接客も可能です。新たな接客の形を実現することで、店舗の無人化と従業員の省力化を図っています。
顧客と従業員のエンゲージメント向上を
藤井(マイクロソフト)
マイクロソフトは米国における小売業最大手、ウォルマートと2018年に戦略提携を結び、DXの推進に向けた協業を進めています。同社が掲げるミッション「Save Money, Live Better」の実現に向け、生成AIをはじめとするAI活用の領域で貢献しています。そのなかから、共同開発した2つのアプリケーションをご紹介します。
1つ目は、顧客エンゲージメントの向上を目的としたアプリです。今、米国で消費の中心にいる人たちはZ世代です。そこで我々は、Z世代を中心とする消費者の購買体験を向上させるために、生成AIを活用した「Shopping Assistant」という機能を組み込んだモバイルコマースを開発しました。従来のモバイルコマースでは、商品検索すると一つひとつの商品のスペックが表示されるだけでした。新開発のモバイルコマースでは、消費者が「〇〇のような雰囲気のパーティーを開きたい」といった目的を入力すると、Shopping Assistantがそれに応じた商品を提案してくれます。新たな購買体験を提供することで、顧客エンゲ―メントの向上が期待できます。
2つ目は、従業員の業務効率化と働き方改革の支援を目的としたアプリ「My Assistant」です。例えば、マーケティングキャンペーンを企画する担当者が「この商品に関するこんなマーケティングキャンペーンを考えてみたのだけれど、面白いと思う?」とMy Assistantに搭載されたAIチャットに問いかけると、アドバイスが返ってくるという仕組みです。従業員の生産性向上に寄与することで、日米を問わず小売業が抱えている人材不足の課題を解決することが狙いです。
生成AIを活用して、顧客体験や働き方を変革する。このような取り組みが、米国だけでなく日本でも始まりつつあります。
「技術ありき」と「目的志向型」、2方向のアプローチをセットで
吉田
わたしは日々、いろいろな企業と「Chat GPTとは」「OpenAI Serviceとは」というお話をさせていただいています。その際によく陥りがちなのですが、初めは生成AIを用いた課題解決について議論していたにもかかわらず、「RAG(※1)」や「ファインチューニング(※2)」といった技術ありきの議論に結局戻ってしまう――生成AIの技術検証が目的化してしまうケースを多く見てきました。
※1 Retrieval-Augmented Generation(検索拡張生成)
※2 Fine-tuning:事前学習したLLM(大規模言語モデル)を別のデータセットで再トレーニングし、新しい目的に合わせた調整を行うこと。
大切なことは、技術の良し悪しにとどまらず、生成AIを使ってどんな課題を解くかにあります。例えば「人材不足を解消するために、生成AIを活用してどうアプローチすればよいか」など、具体的な目的もセットで議論していかないと、ビジネス課題の解決に向けた生成AI活用はなかなか前に進めません。ぜひ、「技術志向」と「目的志向」のセットで検討していただきたいと思います。
藤井
同感です。生成AIの技術はものすごいスピードで進歩しているので、キャッチアップしていくのは大変です。吉田さんもおっしゃるように、大事なことは生成AI活用の目的設定です。小売業の業務や経営が抱える課題に対して、生成AIの活用がどんなインパクトをもたらすのかを、まずは見極めることが大切です。
ただし、例えばサプライチェーン領域などで日本の小売業は米国に比べると、利用可能なデータが取得・蓄積されていないケースが多くあります。長年、顧客企業と伴走されてきた日立は、システムインテグレーションで培われたノウハウや知見はもちろん、IoTをはじめとするデータ利活用の豊富な技術を包括的にお持ちです。まずは現状の悩みについて相談する相手として、日立は非常に頼もしいパートナーなのではないでしょうか。
吉田
生成AIの活用はリスクも伴いますが、マイクロソフトの「Azure OpenAI Service」のように、安全性が担保されたプラットフォームもあります。日立は今後も、マイクロソフトとの協創を重ね、お客さまの課題を地道に解いていきたいと考えています。本日はありがとうございました。
藤井
ありがとうございました。
「【前編】グローバルで見た、生成AI活用の現在地」はこちら>
藤井創一(ふじい そういち)
マイクロソフトコーポレーション(米国本社)
ワールドワイドリテイル&コンシューマグッズ 日本担当インダストリーアドバイザー
国内流通業向けSI営業及びプロジェクトマネージャーを経て、2001年日本マイクロソフトに入社。リテイルインダストリーマネージャーとして同社流通業(小売・卸・消費財製造業)向け戦略策定と市場開拓を担当、同業界向けソリューション開発及び販売・マーケティング施策活動全般に従事。また同社業界貢献活動として、2001年より流通業IT国際標準仕様の策定団体“OPOS/.NET流通システム協議会”の代表幹事、日本小売業協会CIO研究会、日本オムニチャネル協会など多数の流通業団体活動に従事。
吉田順(よしだ じゅん)
株式会社日立製作所
デジタルエンジニアリングビジネスユニット Data&Design 本部長
兼 Generative AI センター センター長
1998年、日立製作所入社。銀行・保険、流通・小売、製造業、鉄道などさまざまな業種の顧客に対し、多数のAI/ビッグデータ利活用プロジェクトを推進。社内外のデータサイエンティスト育成にも関わる。データ分析のトップ人財を結集したLumada Data Science Lab.の共同リーダー。2023年5月に設置されたGenerative AIセンターのセンター長を務めるほか、2023年12月からは、日立におけるAIを活用したトランスフォーメーションの推進責任者としてデジタルシステム&サービスセクター のChief AI Transformation Officerに就任。