今、社会や生活、ビジネスの中で大きな注目を集めている「生成AI」。さまざまな可能性の模索と実用化が同時に、かつ加速度的に進んでいるのがその現状だ。第1回は、株式会社日立製作所 GenerativeAIセンター(以下、日立Generative AIセンター)の吉田順と株式会社電通デジタル(以下、電通デジタル)の大木真吾氏の対談。お二人は10年来、ともにデータビジネスの支援や研究開発を続けるAI&データ分野の第一人者だが、両者のアプローチや発想には違いがあり、それぞれの強みを生かすことで新たなサービスを生み出しているそうだ。私たちはこの新技術とどう向き合い、どのように社会やビジネスに取り入れていくのか。
個性の異なる、両社のAI活用アプローチ
まず大木氏から電通デジタルの紹介があった。電通と聞くと広告の会社だと思われがちだが、電通デジタルでは広告のみならずデジタルを核に企業の事業変革支援を行うコンサルティング、マーケティング基盤の構築、クリエイティブ領域等の総合デジタルファームとして、両利き視点の変革支援を行っているとのことだ。そしてその中で大木氏は特にデータ利活用型ビジネスに注力している。クリエイティブやコミュニケーションを創造する電通デジタルのカルチャーをもとに、顧客志向を有しながら、テクノロジーにも切り込んだ仕事をしているとのことだ。
さっそく電通デジタルらしいAI活用のサンプルとして、新入社員の入社証が紹介された。アンケートや履歴書などの情報を生成AIに読み込ませ、一人ひとりを犬や鳥などのキャラクターにしたという。しかも、社員がキャリアアップしていくのに合わせ、このキャラクターの姿も成長していく予定だ。
吉田
「面白いですね、会社とのエンゲージメントを高める意味でもいいですよね」
大木
「はい、ありがとうございます。この入社式でのAI活用だけでなく、電通デジタルでは『∞AI(ムゲンエーアイ)』というソリューションブランドを立ち上げ、先般リリースしました。その具体的な利用事例を紹介させていただきますね。まずは広告配信クリエイティブの変革。AIにコミュニケーションの訴求軸を出してもらい、さらに画像や表現、レイアウトといったデザイン部分を自動生成する。それを元にクリエイターが最終的な表現物を仕上げると。ここまでが一般的なクリエイティブのAI変革イメージですが、さらに、そのクリエイティブがどんな効果を生むのか?を予測し、さらに改善の提案を行うまでを1セットとしています」
吉田
「PDCA(Plan/Do/Check/Act)を回すっていうのは、すごく大事だと思います。デジタルだからこそ、効果を測定しやすくて回せる」
大木
「おっしゃるとおりですね。他には、営業活動の支援策も出てきています。例えば、膨大な行動履歴データから、近い将来に成約していただけそうな方をAIで判定し、AI顧客カルテとして見える化する、そういうことを某自動車ディーラーで取り組みはじめています。AI先輩がいて、若手の営業マン向けに、商談のキーメッセージやトークスクリプトを出してくれる支援機能も実装可能です」
吉田
「ターゲットに対して魅力的な文章を書くといった仕事は、以前は人がやっていたわけですが、今はそこに生成AIが入ってきているわけですね」
大木
「そうですね。そして御社と一緒に進めているバーチャルAIコンシェルジュ。例えばホテルのフロントにモニターを置いて受付をしたり、お客さまが部屋に入ったらモニターが立ち上がり、朝食の会場やチェックアウトの時間などの案内をする。単純に人手を補う面もありますが、そこで負担が減ったぶん、人が提供する価値をより増幅させていく。そんなロボット・テクノロジーの使い方を追求しています。我々は“顧客体験設計”と呼んでいますが、生成AIを使う上ではそれがとても重要だと思います」
吉田
「では我々、日立Generative AIセンターの紹介を。まずは生成AIとはどんなものか?という例として、ChatGPTだけではつまらないので、AIアバターというのを作ってみました。これは私の上司なんですが、自由に喋らせられます。姿は本人の写真から合成、音声は2時間ぐらい本人の声をサンプリングし、文章はマイクロソフト社の生成AIサービス「Azure Open AI Service」を使っています」
大木
「やっぱり偉い方はAIにされやすいのかな、弊社の社長もAI化されてます(笑)。先日、リアル社長とAI社長が対話する試みが全社ミーティングでございました。本当にリアルで、リモートで見るとちょっと違いがわからないぐらい」
吉田
「そこにはディープフェイクの問題があるので、リスクをしっかり抑えて開発は進めていくべきですね。このような生成AIの活用拡大の動きを受けて、2023年5月に日立Generative AIセンターが設立されました。日立グループには今、従業員が3月末時点で約32万人おりまして、その中でナレッジを貯め、お客さまに対してコンサルティングや環境構築として提供しています。その中でまだ社内でのPoC段階なのですが、事例をいくつか紹介させていただきます。ひとつはソフトウェア開発の生産性向上。例えば、図書館システムに検索機能をつけたいときに、今まではさまざまなプログラミングをしなければならなかった。でも生成AIを使えば、図書館にどんな検索機能が欲しいのかを、普通に日本語で書けばいいのです。こんな入力が必要、こんなアウトプットが欲しい、UIはこんな画面イメージだと。それを生成AIに入れるとソースコードを自動生成してくれる。また、そのソースコードを開発環境にコピペしてボタンを押すだけで、検索機能ができてしまう。当然今はまだ、AIの精度問題や各種リスクがあるため、実業務への適用に向けて、徐々に知見を積み上げている状況ではあります。しかしこれが実現すれば、ソフトウェア開発の現場は本当に変わると思います」
さらにコールセンター業務の高度化、日立グループ内で利用されている顧客事例・ソリューションのチャットボット検索など、ビジネスでの実用性に直結したAI利用が紹介された。
吉田
「日立を代表するITシステム管理プロダクトにJP1というものがありまして、システムにトラブルが発生すると、このグリーンのグラフが橙色になります。そこで保守員が原因を調べるわけですが、経験の浅い方には難しかったりしますよね。そこで、あらかじめ生成AI機能を埋め込んでおくと、トラブル原因の候補を自動で示してくれます。またトラブルからの回復の際のコマンド入力も、今まではマニュアルを見ていましたが、“コマンドの打ち方を教えて”と入力すれば、それも出てくる。復旧までの時間を大幅に短縮できます。さらに、顧客への報告書も自動で用意してくれる。より効率的なビジネスが、ITの保守現場に広がるかと思います」
大木
「いや、本当に劇的に時間が短縮しますね」
ここまでの話から、電通はB2B2CやB2Cなど生活者とのコミュニケーション、日立は主にB2Bにおける業務改善という、両者のAI活用術の違いが見えてきた。そして対話は、テーマを設けたクロストークへ移っていく。
生成型AIは私たちの何を変えるのか?
大木
「従来はAIというと単純作業をロボットが代替するというイメージでした。それが今やコミュニケーションとかクリエイティブの領域にまで高度化している。さらに、もしかしたら、来年とか、再来年くらいのスピード感で、ビジネスが根底から変わるようなビッグインパクトも訪れるかもしれません。しかし先日ニュースでたまたま見たのですが、ビジネスでChatGPTを使っている日本の企業って、どれくらいだと思います?」
吉田
「意識はすごく高いんだろうけども、実際触っているのは1割ぐらいじゃないかな」
大木
「そのニュースでは7%らしいんです。一方、アメリカでは51%。この差はすごいな、と。生成AIがこれから本当に何かを覆えすようなポテンシャルを秘めているとしたら、何でもいいから触ってみることが、とても重要な気がします」
吉田
「今だと、レストランに配膳ロボットみたいなものが入ってますが、この先はそのロボットが柔軟な日本語で対話してくれるような、コミュニケーションや消費者支援のサービスへ広がりそうです」
大木
「ロボットやAIが入ることで、人は逆に料理の味付けや、お客さまへのおもてなしなどにエネルギーを注げる。そういう役割のバランスが生まれてくるのかなと」
吉田
「生成AIは、今後はマルチモーダルということで、画像も音声も組み合わせて活用できるようになる」
大木
「AIによって業務効率が圧倒的に上がることで、人は時間に余裕ができる。その分、考える時間を作れたり、より手厚い人的サービスができたり。AIか人かのどっちか、二項対立じゃない、AIと人の掛け合わせだと個人的に感じています」
吉田
「そもそも何をやるべきなのか?という打ち手を考えるほうに人間は時間を割けますよね。音声でAIと対話すれば、UIが使いにくいという問題も消える。システムと人の関係も変わっていきますよ」
どう導入するか?の前に、「どう使うか?」を考えよう。
大木
「AIの活用法をシンプルに整理すると、『従業員体験/顧客体験』という2軸があって、その中で『業務効率・質の向上/人間の思考力の拡張/顧客体験を高度化し満足度をあげる』という観点があります」
吉田
「電通デジタルさんの中で、思考力拡張にAIを利用しているケースって多いですか?」
大木
「そうですね。広告運用のスピードと質を上げることに直結する部分なので、日々、研究&実験を繰り返しています。弊社の社内でウェビナーを自主開催するときなど、広告バナーを生成AIで作ってABテストを行い、こっちの方が登録数が多い、みたいなことは行っています」
吉田
「今まで人間がやってきたコピーライティングとかクリエイティブの仕事をAIでできるようになると、専門職の人が不要になるんじゃないか?という議論もありますが、AIが人の思考を“拡張する”っていいですよね」
大木
「そこはプラスに考えていくべきだと思いますね。だからこそ、生成AIの使い方や手順をもっと体系化していく必要がある。人が物事を考える手順や目的に合わせて、上手く利用していきたい」
ここで吉田氏から面白い情報共有があった。最近、AIを励ませば精度が上がるという論文が発表されたという。そこで吉田氏たちも、生成AIをやる気にさせるフレーズとは何か?を実験したという。男性が女性を口説くフレーズ、詐欺師のフレーズなどいくつか試してみたところ、「君が必要なんだ」というフレーズが効果的という結果(精度が40%→68%へ上昇)が出た。あくまでも実験での仮説だが、AIの精度を上げるための手軽なTIPSだ。
吉田
「生成AIを使うことで、人にはどんな影響があるのか?私のまわりの若手エンジニアたちに調査してみました。彼らは毎日毎日、生成AIを使っています。すると生成AIは万能ではなく、あくまでもツールの1つだということが見えてくる。生成AIには教科書的なことを聞いて、より本質的なことや経験談は先輩から聞くなど、自分の知りたいことに合わせて使いこなしているんですね。とはいえ、生成AIは使えば使うほど、すごい速度で成長します。だからエンジニアにはどんどん使ってほしいと伝えています」
大木
「なるほど。冒頭に紹介した2軸と3つの観点をヒントに、まずは考えてみることが大事だと思います」
何から始めるべきか?
大木
「技術から入るのではなく、生成AIを使って何を解決したいのか?をしっかり考える必要があると思います。対象となるヒトモノに対する課題を把握した上で、ありたい姿を描く。この初手の整理が、実はとても大事だと思います」
吉田
「そうですね。あとは、企業の中でDXを推進しようと思うと、トップダウン・目的志向でやるのも大事だが、社員がついてくるかも非常に重要になる。だから、ボトムアップで社員の声を生かすっていうこともポイント。生成AIって誰でも参加できるオープンなものだから、アイデアを柔軟に活かせるんです。本当はこういう目的で始めたけど、ある社員の発想によって、これを足そうとか、こっちもできるねっていう発見ができる。トップダウンとボトムアップ、両輪で考えるほうがDXを回すエンジンになると思います」
大木
「技術のトレンドもすごいスピードで動いてますしね。経営の意思決定と現場の意見、どちらも活かせるように毎日ぐるぐる回すのが大事。どう始めるか、皆さんのヒントになればと思います」
生成AIの利用がやっと始まったばかりの日本。ChatGPTをはじめとする技術をどう活用し、ビジネスや社会を活性化していくか。その未来を描くためのヒントに富んだトークセッションとなった。
「第2回:驚異的な未来予測理論からのバックキャスティング」はこちら>
登録商標
・∞AI(ムゲンエーアイ)は、株式会社電通デジタルの商標または登録商標です。
・Microsoft、Azureは、米国 Microsoft Corporation の米国およびその他の国における登録商標または商標です。
・ChatGPTはOpenAI社の商標または登録商標です。
・その他記載の会社名、製品名は、各社の商標または登録商標です。
大木 真吾 氏
株式会社電通デジタル
ビジネストランスフォーメーション部門 データデザイン事業部
ディレクター
2005年に31歳で大手広告代理店グループに参加。データマーケティングやCRM領域の戦略策定・施策立案・分析支援などを担当。エグゼクティブデータマーケティングディレクターとして100を優に超える多彩なプロジェクトをけん引・参加してきた。2022年より電通デジタルに移籍。
吉田 順 氏
株式会社日立製作所
デジタルエンジニアリングビジネスユニット Data& Design 本部長
兼 Generative AI センター センター長
1998年 日立製作所 入社。銀行・保険、流通・小売、製造業、鉄道などさまざまな業種の顧客に対し、多数のAI/ビッグデータ利活用プロジェクトを推進。社内外のデータサイエンティスト育成にも関わる。データ分析のトップ人財を結集したLumada Data Science Labの共同リーダー。2023年5月に設置されたGenerative AIセンターのセンター長。