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発注する会社から、共に開発する「Be a Builder」への変革
━━━ 最初にASYと仕事をされるきっかけについて教えてください。
平鍋
ASYは、ANAグループのシステムを支えるグループ企業で、エアライン業務を支えるシステム開発をしています。飛行機の運航を支える大きなシステム開発では、企画・提案・開発管理など上流工程を中心に行われていますが、ANAグループでは運航の他にもバックヤードで空港を支える多くの業務があります。そんなバックヤード業務の課題を、ITの力を使って自分たちで変えていこう、そしてより働きやすい環境を作ろうと考えたトップの方がおられました。ユーザーに寄り添いながら、自分たちの力でコードを書く開発までできる存在になろう。「Be a Builder」(作り手になる)という業務変革への取り組みが起こり、アジャイル開発を得意とするESMにもお声がけいただきました。
橋本
それが2019年で、そこからASYと一緒にシステム開発を行っています。お付き合いがはじまった当初は、ASYの方に福井に来ていただいて研修を行ったり、私たちの方から出向いてお話しさせていただいたりしながら交流を深めていきました。私たちはANAのプロジェクトのビジョンを共有し、ASYの方にはアジャイル開発について学んでいただきました。
現在は「共創・共育」としてASYのメンバーとESMのメンバーが渾然一体となって開発チームを作っていますが、はじめからそうだったわけではなく段階的に形を変えてきました。
最初はPoCや小規模な開発として、勤務管理や危険物チェックなどのアプリ開発からはじまりました。チームの形は通常の受発注の構図です。しかし開発中は受発注の壁をつくることなく、一丸となってユーザーフィードバックに対応したり、お互い困っていることを相談し合ったりと、密度の濃いコミュニケーションを取っていたと思います。そのことで受発注の関係を超えたパートナーシップを築けました。
次の段階では、ASYの方にはプロダクトオーナー代行という立場で開発チームの一員として「スクラム」のやり方を理解していただきました。その後、開発者としてもASYのメンバーに入っていただき、混成チームで開発とアジャイルの両方を学んでいただきました。それが私たちの「共創・共育」でした。
アジャイル開発の準備と実際
━━━ アジャイル開発をはじめる時には何にどれくらいの時間をかけるのか、もう少し具体的に教えていただけますか。
橋本
混成チームをはじめる際には、アジャイル研修を行いました。2日間のアジャイル基礎研修と5日間のAgile BootCampですね。アジャイル基礎研修では、アジャイル開発についての基礎知識や重要な考え方についてレクチャーしました。Agile BootCampはチームビルディングとプロジェクトの準備を行う構成となっていて、直近で開始予定となっていた プロジェクトを題材にして実施しました。
プロジェクトの準備では「インセプションデッキ」というものを作ります。これはアジャイル開発をはじめる時にメンバー全員の意識を合わせるために作成するドキュメントです。 1.われわれはなぜここにいるのか? 2.エレベーターピッチ(30秒でプロジェクトの魅力を伝える) 3.パッケージデザイン 4.やらないことリスト 5.ご近所さんをさがせ 6.技術的な解決先を描く 7.夜も眠れない問題 8.期間を見極める 9.トレードオフスライダー(重要な要素の組み合わせ) 10.何がどれだけ必要か という10の質問にみんなで答えながら、プロジェクトの意識合わせを行うものです。
そして、ユーザーの行動を時系列で洗い出して整理する「ユーザーストーリーマッピング」や、ユーザーのニーズを掘り下げるための「共感マップ」などを作成しました。後は1週間のスプリントのスケジュールの組み立て、チームの働き方を全員で合意する「ワーキングアグリーメント」の作成などでチームビルディングを進めました。その後、実際のプロジェクトをゆっくり進めることで、徐々にアジャイル開発、「スクラム」を学んでもらいました。
━━━ システム開発と「スクラム」を同時に覚えてもらうために、何か工夫されたことはありますか。
橋本
開発の経験の少ないメンバーで取り組んでみると、やはりペースが上がらずに暗礁に乗り上げた感じになりました。一人ひとりにタスクを振り分けてやっていたのですが、これだとみんなが道に迷ってしまうので、3カ月ほどして全部「モブプログラミング」(3人以上の人が1台のコンピュータで協力してプログラミングを行うこと)に変えました。
開発経験が豊富なメンバーと少ないメンバーを混ぜて3人で1つのユニットとして、ユニット単位でひとつのタスクに取り組むことを徹底しました。このやり方は、メンバー間の関係性も強くなりますし、わからないことも質問し合えるので学習のスピードが格段に上がりました。なにより一人ではないので未経験のタスクにも勇気をもって挑戦できるのがいいです。
最近ですとASYのタイガーさん(渡辺さん)やベティーさん(寳邉さん)がほとんど開発経験の無いところから参画されているのですが、そんなメンバーの育成にも効果的で、早い時期から開発に積極的に参加できているというモチベーションアップにもなっていると思います。(私たちはお互いをニックネームで呼び合っています!)
平鍋
アジャイル開発に限ったことではありませんが、新しいプロジェクトの立ち上げの時は、みんなはじめてなので話すだけでも勇気がいります。ですから気軽に話せる環境や場づくりが大切なのです。朝会などの会議のやり方やモブプログラミングなどでも、発言しやすい空気を作ることがポイントになります。ニックネームで呼び合うというのも、通常の受発注関係では難しく感じるかもしれません。全体の合意を作ってこの雰囲気を作れたのも、ASYさんの理解のおかげだと思います。
橋本
今は開発者が9人前後なので、3人×3つのユニットで仕事を進めています。この取り組みには名前を付けていまして、「アジャイル戦隊 すくすくスクレンジャー!」(笑)と呼んでいます。3人の戦士が合体して1人になるイメージですね。だからユニットのことをレンジャーと呼んでいます。レンジャーの組み合わせはスプリントごとにシャッフルしています。頻繁にシャッフルすることでノウハウが共有できますし、コミュニケーションの濃度も高くなります。
それと、「ボルガライスレンジャー」や「ずわいがにレンジャー」といったようにレンジャーごとに名前を付けています。レンジャー名を決めるためのテーマはスプリントごとに変えていて、Zoomの背景もそのレンジャー名に合わせたものに揃えて盛り上げています。スプリントごとにレンジャーが変わるので、誰が同じレンジャーなのかわからなくなってしまいますからね。私たちのチームでは業務時間中はZoomにつなぎっぱなしなので、こういう工夫でチームをわかりやすくして一体感が生まれるような雰囲気を作るようにしています。
「気軽に何でも話しましょう」と言われても、それを実行に移すのはやはり勇気がいります。こういった小さなアイデアをみんなで実行しているうちに、自然と一体感のあるチームになっていく。これが毎週のスプリントに新鮮な気持ちで取り組むために効果的な、「スクラム」のコツかもしれません。
平鍋
このような一体化されたチームになったのは、ASYさんのビジョンがまずあって、それをチームで熱く共有して頂いたこと、そして、参加メンバーの方がお客さまである現場ユーザーの方々と長い時間をかけてコミュニケーションをしていただいたこと大きかったと思います。ESMが参加してアジャイルチームが立ち上がり、「共創・共育」の形でご支援し、現場での効果も評価されて現在にまで至っています。受発注関係ではあっても、フラットなプロジェクトづくりに協力していただき、とてもよいチームに成長できたことに感謝しています。
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平鍋 健児(ひらなべ けんじ)
株式会社 永和システムマネジメント 代表取締役社長、株式会社チェンジビジョン 代表取締役CTO、Scrum Inc.Japan 取締役。1989年東京大学工学部卒業後、UMLエディタastah*の開発などを経て、現在は、アジャイル開発の場、Agile Studio にて顧客と共創の環境づくりを実践する経営者。 初代アジャイルジャパン実行委員長、著書『アジャイル開発とスクラム 第2版』(野中郁次郎、及部敬雄と共著) 他に翻訳書多数。
『アジャイル開発とスクラム 第2版』
著:平鍋健児 野中郁次郎 及部敬雄
発行:翔泳社(2021年)