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オンラインの可能性
━━━ コロナ禍では、ほぼオンラインで「スクラム」を回していたかと思いますが、オンラインでのチームづくりの工夫などがあれば、教えてください。
橋本
北國銀行では、全チームがその成果を発表するスプリントレビューという2週間に一度のイベントがあります。これを「フェスティバル」と独自に名付けて、各チームの成果をたたえ合うお祭りにしています。スプリントレビューという名前だと、プロダクトのレビューでフィードバックをいただくといったイメージが先行してしまいます。全員が楽しく、盛り上がれる会にしたいと以前のディスカッションで意見が出たことから、お披露目会になるように「フェスティバル」という名称になりました。
私たちは、普段からoViceというバーチャルオフィスのツールを使っているのですが、「フェスティバル」の時は、プロジェクトに関わる全員が一カ所に集まってリアクションで盛り上げたり、お祭りになるような工夫をしています。
また、デジタルホワイトボードのMiroを使って、各チームの良かったところや目には見えない成果を記載し、全員で投票し合うなどすべてのチームが出した成果が見えるよう、さまざまな工夫を積み重ねた独自のオンラインイベントを行っています。
平鍋
「フェスティバル」という名前付けがとてもいいですよね。チームが一体となって動き出している時には、オンラインでもオフラインでもプロダクトやチーム運営に関してこういった前向きな明るいアイデアが生まれます。それをみんなが受け入れることで、さらにチームが強くなるのです。
橋本
北國銀行がまさにそうで、「こうやったら面白くない?」というアイデアがいっぱい出てきます。それを、プロジェクトに関わるみなさんがとても大事にしてくれるのです。例えばツールの導入にしても、スピード感がとても速いです。oViceの導入も、「みんなが集まれるのなら、ぜひやってみよう」という感じですぐに決まりました。プロジェクトやチームのアイデアを最大限に尊重し、チームのパフォーマンスを最大限に発揮させてくれる文化がここにあると感じています。
━━━ 現在進行中のインターネットバンキングの開発において、2週間の1スプリントではどれくらいのものが出来上がるのですか。
橋本
スプリントによって差はありますが、画面にある機能を1スプリントで作り上げるとイメージしていただければいいと思います。それを私たちのチームだけでなく、各チームで繰り返している、それが北國銀行のインターネットバンキングのプロジェクトです。全体の完成はもう少し先になりますが、すでにリリースされている機能もあって、そこは実際に行員の人たちがテスト運用している段階に入っています。
平鍋
ESMは北國銀行のユーザーでもありますので、開発上のテストだけでなく、ユーザーとしての使い勝手をESMの管理部でもテストします。ここはまさにリアルユーザーになりますから、「開発のループ」と「ユーザーのループ」を2重に回して、使い勝手を含めてテストをしては次に生かすということを繰り返しています。
アジャイル開発の手ごたえ
━━━ 橋本さんの「スクラム」の取り組みに対する北國銀行の評価はいかがでしょう。
橋本
あまり直接評価をいただく機会はないので、私が聞けている範囲にはなりますが、ディスカッションのようなプロジェクト全体を巻き込んだ活動というのはこれまでなかったことなので、評価していただけていると感じています。プロダクト自体はまだ完成していないので、その評価はこれからですが、このプロジェクトチームで何かしら貢献できたと自信をもって言える部分を作っていきたいです。
平鍋
ただ、最初1チームで始まったアジャイル開発が10チームになったということは、北國銀行の中でのアジャイルに対する大きな評価ですし、北國銀行もエンジニアを採用して内製を進めたいという要望もありますから、開発しやすい環境づくりという面からも貢献はできていると思います。
僕も以前オンライン会議に参加したことがあるのですが、開発の人だけではなく営業の人も入られていて、「お客さまにはインターネットバンキングの良さを私たちが責任を持って説明に行きます。みなさんは妥協せず良いものを作ってください」と高い熱量で話されていました。行内一体となって、このプロジェクトへの期待感がいかに大きいかが伝わってきましたし、文化や働き方としてのアジャイルマインドへのシフトに注力されていることも感じています。
━━━ 橋本さんは、どんな時に今の仕事の面白さを感じますか。
橋本
チームとしては、ゴールに向けて全員が一体化して進んでいる時、それをやり切った時には大きな満足感があります。プロジェクト全体でいいますと、いろいろな個性を持った人たちと気軽にコミュニケーションがとれる今の環境というものがありがたくて、それも仕事のモチベーションになっています。
平鍋
実は彼はウォーターフォールの環境に長くいて、約2年前にアジャイルの世界に来ましたから、その文化の違いは大きかったはずです。
橋本
ウォーターフォールで開発していた頃は、上から言われたことは絶対ですし、私たちの意見は話してもほとんど反映されることがなくて、開発しているものの鮮度が落ちていくのが目に見えるようでした。自分がどこに向かって何をしているのかわからなくなる苦しさがありました。
そこからアジャイルの世界に飛び込み、実践してみると、180度世界が変わりました。意見を言えば反応が返ってくる、良いとチームが思えばすぐに実行することができます。アジャイルの世界に来て、「こういう仕事をしたい」と解き放たれた感覚がありました。自分の意見は言うべきだし、それがチームやプロジェクトを動かす力になる。そんな環境でプロジェクトが進んでいくことが、今は仕事の醍醐味になっています。
平鍋
これまでウォーターフォールが中心だった金融の開発でも、彼のように新しい働き方に転向する人が増えてきています。特に、インターネットバンキング開発でのアジャイルの採用がここ数年顕著に増えています。ESMも、これまでの基幹系の金融システムの開発で培ってきた信頼や業務知識と、これからのアジャイルの「架け橋」となるような開発支援サービスをローンチしました。もっともっと、顧客中心でエンジニアの力が活きるような開発環境づくりに貢献していきたいです。
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平鍋 健児(ひらなべ けんじ)
株式会社 永和システムマネジメント 代表取締役社長、株式会社チェンジビジョン 代表取締役CTO、Scrum Inc.Japan 取締役。1989年東京大学工学部卒業後、UMLエディタastah*の開発などを経て、現在は、アジャイル開発の場、Agile Studio にて顧客と共創の環境づくりを実践する経営者。 初代アジャイルジャパン実行委員長、著書『アジャイル開発とスクラム 第2版』(野中郁次郎、及部敬雄と共著) 他に翻訳書多数。
『アジャイル開発とスクラム 第2版』
著:平鍋健児 野中郁次郎 及部敬雄
発行:翔泳社(2021年)