協創の「場」の温め方
志度(モデレーター)
2つめのトピックに移ります。DXを進める際に立ちはだかるのが、従来の事業部制をはじめとする「タテ割り組織」の弊害だと思います。赤司さんの自己紹介にあったデザインシンカーチームの取り組みは、まさにそれを乗り越えるためのものと思うのですが、実際のところをお聞かせください。
赤司(デザインストラテジスト)
よくある話ですが、お客さまとプロジェクトを始めたばかりの段階では、協創の「場」がまだまだ温まっていません。例えば、生産現場の方とIT部門の方の対話が少ない。その場合にはわたしたちが一種の触媒となって対話を促すということを、ワークショップのなかで行っています。
あとは、例えば社会課題の解決策を考えていくときに、エンドユーザーに経験していただきたいことの理想像――カスタマージャーニーマップを描いて、どうすればそれを実現できるのかをわたしたちがビジュアライゼーションします。そのディスカッションの場には、社会課題解決に関わる複数の企業・組織のほか、一企業のなかでも生産現場やIT部門、あるいはバックエンドのシステムを担当されている方々にもプレーヤーとしてご参加いただき、描いた理想像を実現するためにそれぞれの組織・部門の方がどう動けばよいのかを共有します。
そうするとお客さまご自身も、タテ割りの違和感に気づかれるのです。これを実現するには他部署と連携しないといけない、隣の部署はこういうことを気にしながら取り組んでいたのだ、といったことがわかってくる。その積み重ねで、だんだんと協創の場が温まっていくのです。
タテ割りを打破する「変人会」
志度(モデレーター)
先ほど西山さんも部署の壁に触れられていました。その壁を壊すためには、どういったことが必要なのでしょうか。
西山
1つは、いきなり打ち手を考えるのではなく、今自分たちが置かれている環境、つまり周りでどんなことが起こっているのかを共有することです。当たり前ですが、環境とは自分たちにとって外側ですから、タテ割りにしようがありません。ところが置かれた環境を把握せずに具体的な打ち手を考えると、「それ、どの部署がやるんですか」「それはそちらの部署でやるべきです」という声が出てくる。その時点ですでにタテ割りになってしまうのです。自分たちの組織が置かれた状況を1つの絵に描くことが、発想をヨコ割りにしていくための1つのきっかけになると思います。
東京電力の経営に関わっていた頃、タテ割りの発想を打破するために「変人会」というコミュニティを作りました。どこの大企業でもそうだと思いますが、組織のなかには正統派の方と、そうでない方がおられる。要するに組織の壁を気にしない人、「これまでの自分の職場のやり方って、本当は間違っているんじゃないか?」と考えられる人。わたしは「常識を疑う」と言っているのですが、そういう方が必ず一定の割合いるのです。そういう人が部署の壁を越えてヨコにつながっていかないと、単なる変人で終わってしまう。変人のネットワークを作り、そこに正統派の社員も巻き込んでいくしかけはあったほうがいいと思います。
もう1つの解決策は、会社=組織図という捉え方からの脱却です。ご自身が勤める会社について説明するとき、「〇〇部、△△部、□□部があって……」と組織図で説明してしまう。これをヨコ割りで捉えたときに会社をどんな絵で表現できるのか、社内のどなたかが試してほかの社員に見せて「ああ、そうかもしれない」と思わせないといけません。そういう意味で、デザインをする力が大事なのです。
結局のところ、デジタルテクノロジーはコンピュータのなかでその作業を行っているのです。「目には見えてないけれども、形やパターンがある」という判断を、実は人工知能(AI)がすでに始めています。会社=組織図という固定観念を打破するためにも、やはりデザインの力が必要です。
部署と部署をつなぐ
志度(モデレーター)
枝松さんはデジタルビジネスプロデューサーというお立場ですから、タテ割りをいかに崩すかも大きな役割だと思います。実際どういったことに留意しながら活動していますか。
枝松(デジタルビジネスプロデューサー)
プロデュースとは、アイデアを形に組成していく作業とわたしは捉えています。大事にしているのは、これまでもお話しした「問いを立てる」に加え、「問い」の答えが各部署にもたらすベネフィットを共有することです。各部署に合わせた表現で、「これに取り組むと、あなたの部署にとってこんなベネフィットがありますよ」とお伝えしています。
志度(モデレーター)
相田さんからは先ほど、オープンな場が必要だというようなお話がありましたけれども、お客さんの中にもタテ割りの弊害を認識されている方もいらっしゃると思うのです。そういう方が、「何とかしてくれませんか」と日立の営業の方にお願いしたら、どう応えてくださるのでしょうか。
相田(営業)
日立を部署間の懸け橋のようにイメージしていただければと思います。お客さま先のいくつかの部門に出入りさせていただきお話を伺うと、「この部門で伺った話しと、ほかの部門がおっしゃっていること、実は同じなのでは」と気づくことが結構あります。やはり、社内のセクションは違っていても実現したいゴールは一緒であることが多いです。
そこで我々が「ほかの部門でも似たようなお話を聞くのですが、お話しされたことありますか」と確認し、もし普段コミュニケーションをとっていない場合は、まずは対話の場を設けさせていただきます。そして、お話を伺いながらお客さまに合ったDXの進め方をご提案しています。従来のタテ割りの組織であっても、いろいろなレイヤーの方々と議論させていただきながらDXで描く将来像を皆さんと共有できるよう、活動しています。
志度(モデレーター)
ありがとうございます。小規模な会社でも、ほかの部署がやっていることや考えていることにはあまり関心がなかったり、よく伝わっていなかったりすると聞きます。部署間での知見や悩みの共有がとても大事であり、そのためにもオープンに話し合える場が必要なのだと強く感じます。
西山圭太(にしやま けいた)
東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授
株式会社経営共創基盤 シニア・エグゼクティブ・フェロー
三井住友海上火災保険株式会社 顧問
1985年東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。1992年オックスフォード大学哲学・政治学・経済学コース修了。株式会社産業革新機構専務執行役員、東京電力経営財務調査タスクフォース事務局長、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、東京電力ホールディングス株式会社取締役、経済産業省商務情報政策局長などを歴任。日本の経済・産業システムの第一線で活躍したのち、2020年夏に退官。著書に『DXの思考法』(文藝春秋)。
志度昌宏(しど まさひろ)
株式会社インプレス DIGITAL X(デジタルクロス) 編集長
1985年、慶応義塾大学理工学部を卒業後、日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社し記者活動をスタート。以来、一貫してビジネス/社会とテクノロジーの関係を取材している。2013年4月、インプレスビジネスメディア(現・インプレス)に入社。2017年10月、AIやセンサーなど先端的ITを駆使して問題解決につなげる事例を伝えるメディア『DIGITAL X』を創刊。新ビジネスや社会サービスの創造に向けたデジタル技術の活用をテーマに情報発信に取り組んでいる。著書に『DXの教養 デジタル時代に求められる実践的知識』(共著、インプレス)。
枝松利幸(えだまつ としゆき)
株式会社日立製作所 社会イノベーション事業統括本部
Lumada CoE DX協創推進部 主任技師(ビジネスコンサルタント)
2006年、日立製作所入社。社内SNSの活用やナレッジマネジメントを中心に経営コンサルタントとして活動した後、2012年にExアプローチ推進センター(現・NEXPERIENCE推進部)に加入。ロジカルシンキングとデザインシンキングを組み合わせた手法で顧客協創活動を実践。現在はインダストリーや公共、金融、社会インフラなどの分野において業務プロセス改革や協創プロジェクトを取りまとめている。
相田真季子(あいだ まきこ)
株式会社日立製作所 営業統括本部 営業企画統括本部
企画部 部長代理
2002年、日立製作所入社。情報通信部門にて金融機関のアカウント営業を担当したのち、営業企画としてパートナー販売の戦略立案やマーケティングなどに従事。2018年から2年間総合商社に出向し、社内イノベーションのしくみづくりや新規ビジネスインキュベーションを担当。その後、製造業のアカウント営業を経て、現在はコーポレート営業企画部門にて各種施策を推進している。
赤司卓也(あかし たくや)
株式会社日立製作所 社会イノベーション事業統括本部
Lumada CoE NEXPERIENCE推進部 主任デザイナー (デザインストラテジスト)
2003年、日立製作所入社。メディカルバイオ計測機器やエレベーターなどの公共機器、家電の先行デザイン開発などプロダクトデザインを担当。2007年以降、金融サービスやWebサービスをはじめとする情報デザイン、サービスデザインなどに従事。2010年、未来洞察から新事業の可能性を探索するビジョンデザイン領域を立ち上げ、ビジョン起点の顧客協創をリード。現在は日立のDX推進拠点Lumada Innovation Hub Tokyoにてデザインストラテジストとして活動し、顧客協創プロジェクトを推進している。