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ときに上司として、ときに部下として、ビジネスパーソンはいかに同僚とのコミュニケーションを図るべきでしょうか。DXを起こせる組織づくりという観点で、西山圭太氏にお話しいただきます。

「第1回:『デジタル化』とは、何をすることか。」はこちら>
「第2回:人間とコンピュータの間を埋めてきた『レイヤー構造』。」はこちら>
「第3回:DXは『抽象化』から始まる。」はこちら>
「第4回:『モノからコトへ』に欠かせない、『プロセス』の視点。」はこちら>
「第5回:ソフトウェアの秩序が、組織を規定する。」はこちら>
「第6回:D人材とX人材」はこちら>
「第7回:『アーキテクチャ』とは何か。」はこちら>
「第8回:漱石の『文学論』と、『アーキテクチャ』の関係。」はこちら>
「第9回:楽しく働くための思考法」はこちら>

上司をあだ名で呼ぶ(心のなかで)

「社長に怒られてしまった。どうしよう……」

上司に厳しいことを言われると委縮してしまう。その結果、自分なりのやり方ではなく、上司から言われたとおりにしか仕事に取り組めなくなる。そんな方が、日本の組織には多いのではないでしょうか。

そういう悩みを抱えている方にわたしがアドバイスしているのは、上司にあだ名を付けるという方法です。もちろん口に出すことはお勧めしません。あくまでも心のなかで、上司をあだ名で呼ぶ。

仮に「ジョン」というあだ名を社長に付けたとします。もしあなたがしたことを彼から責められたら、心のなかで「ああ、ジョンはこういうことは嫌いなんだ」「ジョンにはこういうこだわりがあるらしい」と思ってください。

要するに職場の上下関係を一度リセットして、相対化する。相手の言っていることを客観的に捉える。上司を絶対的な存在として見てしまうと、盲従するか全否定するかのどちらかになってしまいます。それでは楽しく働くことができません。心のなかで「ジョンはこういう人なんだ」「こういう考え方の人もいるんだ」と捉えれば、気も楽になりますし、「社長はこうおっしゃいましたが、わたしはこうしたほうがいいと思います」という意見も言いやすくなります。

野球ではなく、サッカーの組織へ

「上司にあだ名をつける」のは、第9回でお話しした「自分で状況をコントロールする」ことと関係しています。つまり、上司の指示は指示として一旦受け止めた上で、それを自分なりの視点で組み立て直してみる、ということだからです。

もう1つコツをあげれば、「すぐに具体的な打ち手を考えずに、よく状況を観察して先を予測する」ことが大事です。

わたしが経済産業省に勤めていた当時を振り返ると、多くの場合すぐに「次にどんな新しい政策を打つべきか」という議論に入りがちでした。その方が一見、具体的で実効性のあることができそうな気がするからです。しかしそれは間違いで、その前に行うべきことがあります。それは「日本の産業の現状をどう見るか」という状況認識についてまず徹底的に議論することです。そのステップを抜かすと、どうなるか。状況は日々変わるので、新たな状況に対応できず、また別の新たな政策を考える必要に迫られます。そして、状況に追われて残業は増えるが、成果も上がらないという悪循環に陥ります。多くの日系企業でも、同じことがあるのではないでしょうか。状況認識を抜きに「次はどこに営業をかけるか」「次にどんな新製品を出すか」といった打ち手から議論していないでしょうか。

変化が速い現代においてDXを起こすためには、攻守の順番が整然としている「野球」よりも、攻守が流動的に入れ違う「サッカー」に近い仕事の仕方が必要です。サッカーでは、状況認識の能力が非常に重要です。2つのチームが常にフィールド上を入り乱れるなかで味方にパスをうまく通すには、双方のチームの陣形をその都度、瞬時にメンバー間で共有できていなければなりません。どこにボールを蹴ればよいか議論している時間などないのです。状況認識と次の展開の予測能力の高いチームが圧倒的に有利なはず。ビジネスでも同じような組織能力のある会社が強いはずです。

上司が部下に伝えるべき「未来像」

状況認識は何につながるのか。それは課題認識です。相対性理論で知られるアインシュタインは、「地球滅亡までにあと1時間しか残されておらず、あなたが地球防衛軍の責任者だったらどうしますか」と問われ、こう答えたそうです。

「55分はその課題がどういうものなのかを考え、残りの5分で解決策を考えます」

「課題を考える」とは、状況を捉えることの発展形だと思います。いきなりボールを蹴るのではなく、自分がどんな状況に直面していて、どんな課題を解かなくてはいけないのかを考える。その作業に時間をかけることが非常に大切なのです。

画像: 上司が部下に伝えるべき「未来像」

経済産業省の局長を務めていた頃わたしが部下(課長)の力を引き出すために試みたのは、わたし自身が世界をどう見ているかを彼らに伝えて議論することでした。GAFA(※)をはじめとするデジタル産業に何が起ころうとしているのか。AIをはじめとする最先端のデジタル技術は、それぞれ今どんな位置づけなのか。デジタル化の進展はおおよそどの方向へ向かおうとしているのか――。まさしく状況認識の共有です。

※ GAFA:Google、Apple、Facebook、Amazonの頭文字による呼称。

すると、細かく指示しなくても、以前よりは部下がそれぞれ自分で考え、互いに連携し、適切な打ち手を講じるようになった――あくまでも私見ですが、わたしはそう感じています。今にして思えば、わたしを含めた全員が、同じ世の中の未来像をある程度共有できていたことが要因の1つだったのかもしれません。あとは、それぞれが未来像を自分なりに解釈し、必要だと思う政策を考えればいい。

これを状況認識ではなく政策単位で調整するとどうなるか。部下一人ひとりに「次はこの政策を考えてください」「その政策はここが問題点なので、直してください」とわたしが逐一指示することになります。すると組織も命令系統も縦割りのまま、課長は局長から言われたことをやるだけ。それでは楽しく働くことができず、能力を発揮することもできません。

日本の多くの組織に属する方々は、上司の期待に応えようとある意味で真面目に仕事に取り組み過ぎた結果、思考の幅が狭まり、上司の言われたとおりに動いてしまうのではないでしょうか。厳しい言い方になりますが、その状況をリーダーが改善しない限り、部下は忙しくなる一方で組織が疲弊しかねません。リーダーこそ巨視的なものの見方を持ち、なおかつそれを部下に伝えるべきなのです。

状況認識に役立つ、2つの材料

先日、現在わたしが所属する経営共創基盤において若手のメンバーを対象に読書会を開きました。課題図書は、社会学者の大澤真幸氏が書かれた『戦後の思想空間』(ちくま新書)。わたし自身が考えを深めるのに役立ったこの本を題材に、わたしがどう世の中を捉えてきたのかを、経営コンサルタントである20代、30代のメンバーに伝えました。

現代社会はどんな構造なのか、どんな方向へ向かうのかをつかむには、何かしらの材料が必要です。そういった意味でわたしの経験上とても役立ったのが、ある程度長いスパンの歴史について書かれた本です。今、デジタル化の進展により決定的な変化が産業で起きていますが、長いレンジで俯瞰しないと変化の実相は見えてきませんし、予測もできないと思います。

哲学書も、世界の全体像をつかむのに適切した材料です。哲学が論じているのは、「〇〇とは何か?」という大上段の議論だからです。近年、歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏の『サピエンス全史」や『ホモ・デウス』(ともに河出書房新社)が多くの人々に読まれました。変化の激しい時代を生きているからこそ、多くの人々が歴史書や哲学書を通じて状況認識を図ろうとしているのです。

「第11回:どこでDXを起こすべきか。」はこちら>

画像: 西山圭太『DXの思考法』~楽しく働くヒントの見つけ方~
【第10回】DXに通じる、同僚とのコミュニケーション術。

西山圭太(にしやま けいた)

東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授
株式会社経営共創基盤 シニア・エグゼクティブ・フェロー

1963年東京都生まれ。1985年東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。1992年オックスフォード大学哲学・政治学・経済学コース修了。株式会社産業革新機構専務執行役員、東京電力経営財務調査タスクフォース事務局長、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、東京電力ホールディングス株式会社取締役、経済産業省商務情報政策局長などを歴任。日本の経済・産業システムの第一線で活躍したのち、2020年夏に退官。著書に『DXの思考法』(文藝春秋)。

DXの思考法

『DXの思考法 日本経済復活への最強戦略』

著:西山圭太
解説:冨山和彦
発行:文藝春秋(2021年)

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