「第1回:『デジタル化』とは、何をすることか。」はこちら>
「第2回:人間とコンピュータの間を埋めてきた『レイヤー構造』。」はこちら>
「第3回:DXは『抽象化』から始まる。」はこちら>
「第4回:『モノからコトへ』に欠かせない、『プロセス』の視点。」はこちら>
DXで組織はどう変わるのか
近年、「パーパス経営」や「セルフマネジメント」というテーマのビジネス書をよく目にします。会社としての大目標、すなわちパーパスを社内で共有するのが前者。社員一人ひとりが自分を律し、自分で考えて行動し、目標達成や自己実現に取り組むのが後者。これから競争を勝ち抜くうえでどちらも重要な考え方ですが、抽象的な目的だけを共有して、あとは個々が自由に行動してしまうと、組織がバラバラになってしまうのではないかという疑問も生まれます。
もしそれでもバラバラにならないとすると、その理由は何か。ここにDXが関係しているとわたしは考えています。そこで今回は「逆・コンウェイの法則」をキーワードに解説していきます。
タテ割りのコミュニケーションに潜むリスク
その前に、まずは「コンウェイの法則」から。組織が設計するシステムには、その組織のコミュニケーション構造がそのまま反映されるという考え方です。これを「コンウェイの法則」と言います。1960年代に提唱されました。
これまで日系企業は、経理、人事、営業といったように仕事内容に応じ、タテ割りで組織を構成してきました。同様に、ITシステムの構築も基本的にはタテ割りでした。経理部には経理システム、人事部には人事システムといったように、部署によって異なる業務システムが構築されてきました。部内でのコミュニケーションにはこれでも支障がないのですが、分離されたままだと、給与計算と人事評価を連動させるといったことすら簡単にはできないという問題もはらんでいました。企業が統合した後に、旧企業の制度やシステムを残置してしまうと、複雑なタテ割りが生まれ、年が経過するにつれて運営が難しくなります。前回紹介したダイセルも統合を経験した会社なので、その解決が1つの課題でした。
組織内におけるコミュニケーションが大切なことは、今も昔も一緒です。事細かな説明がなくてもすぐに意図が伝わったほうが、ビジネスはスムーズに進みます。以前は、同じオフィスで長い時間をともにして、ときには上司と部下で飲みに行くなどしてコミュニケーションの機会を持つことで、「詳しく説明してくれなくても、キミが考えていることはわかる」と言えるほどの関係性が築かれました。タテ割りの組織が機能している時代には合理的な組織文化です。
ところが、それとは裏腹に、ほかの会社に転職したら、前職では言葉足らずでも伝わったことがまったく理解されない。もっと極端な場合は、同じ社内でも部署が異なる人とコミュニケーションをとると、途端に齟齬が発生するといったことも起きていました。
「逆・コンウェイの法則」の極致、Netflix
このように、デジタル技術の利用が限定的な時代には、日本でも海外でも組織の秩序がシステムのあり方を規定してきました。ところが今や、デジタル技術の利用が全面化すると、いわば「経営がアルゴリズムで動く」状態になります。こうなると、システム側の構造――それがソフトウェアの側の秩序=レイヤー構造なのです――が、逆に組織の在り方や人間のコミュニケーションの仕方を規定する、という事態が起きます。これが「逆・コンウェイの法則」です。
例えば、コラボレーションツールを導入した企業があり、内部でのコミュニケーションが盛んになったとします。そうなると、異なる部署の間でも容易にコミュニケーションがとれますし、文字だけでなく静止画や動画を共有すれば、わざわざ居酒屋に行って話し込まなくてもかなりのことが効率的に伝わるようになります。コラボレーションツールを組織図に書き込んでいる会社はないでしょうが、部や課はコミュニケーションの効率化のためにあると考えれば、組織図にコラボレーションツール上のチャネルを書き込んでも何らおかしくはありません。それが、組織がタテ割りからヨコ割りに転換する萌芽なのだと思います。さらには、企業の枠を超えてツールを使えば、コミュニケーションは社外に広がるし、そのほうが便利になります。そうなると、その組織の中だけで通用するコミュニケーションスキルを身につけたとしても、競争力にはなりえないことになります。
「逆・コンウェイの法則」を究極に体現しているのがNetflixです。同社の人材マネジメント術が書かれた『No Rules Rules』という本のタイトルが示すとおり(※)、ルールがないのがNetflixのルールです。それでも同社が躍進を遂げた理由を、創業者のリード・ヘイスティング氏は「疎結合」と表現しました。要するに、組織に細かく固い秩序を与えない。その代わり、コンテキストを社内で共有している、と。まさに、冒頭にお話しした「パーパス経営」と「セルフマネジメント」の両方を実現しているわけです。
※ 日本語版のタイトルは『NO RULES 世界一「自由」な会社、NETFLIX』。
ただ、ヘイスティング氏の言葉だけではやや説明不足なのではないかと思います。Netflixのビジネスは、コンテンツ配信プラットフォームというソフトウェアをベースにしていて、マイクロサービスと呼ばれる技術の先駆者として知られています。マイクロサービスは、ソフトウェアの機能をモジュールごとにバラバラ(疎結合)に開発しても、全体が統合されるしくみです。各チームは一見バラバラに活動しているように見えても、全体が最適化されます。ソフトウェア自身に秩序があり、それに社員の仕事の分担が規定される。だから、敢えて会社としてルールを設ける必要がないのだと、わたしは推察します。
「曇りときどき晴れ」から、「晴れときどき曇り」へ
今後、すべての企業がNetflixのような組織になるとは思えません。米国企業のなかでもNetflixは特別視されているようです。ただ、ピラミッド型がその会社の組織構造のメインで、一部にはレイヤー構造もあるというかつての企業の姿から、基本的にはレイヤー構造の組織だけれども、ピラミッド型の組織とも連携するという変化は起こるのではないでしょうか。ピラミッド型の組織を「曇り」、レイヤー構造の組織を「晴れ」とするならば、「曇りときどき晴れ」が当たり前(なので、面倒なら「曇り」と考える)だったのが、「晴れときどき曇り」(なので、いっそのこと「晴れ」と考える)に変わるようなもの。そういった変化を企業に起こすのがDXだと思います。
西山圭太(にしやま けいた)
東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授
株式会社経営共創基盤 シニア・エグゼクティブ・フェロー
1963年東京都生まれ。1985年東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。1992年オックスフォード大学哲学・政治学・経済学コース修了。株式会社産業革新機構専務執行役員、東京電力経営財務調査タスクフォース事務局長、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、東京電力ホールディングス株式会社取締役、経済産業省商務情報政策局長などを歴任。日本の経済・産業システムの第一線で活躍したのち、2020年夏に退官。著書に『DXの思考法』(文藝春秋)。